[Alexandros]川上洋平、アカデミー賞
ノミネート作品『聖なる犯罪者』につ
いて語る【映画連載:ポップコーン、
バター多めで PART2】

大の映画好きとして知られる[Alexandros]のボーカル&ギター川上洋平の映画連載「ポップコーン、バター多めで PART2」。今回は、第92回アカデミー賞国際長編映画賞にノミネートされたポーランド映画『聖なる犯罪者』について語ります。
『聖なる犯罪者』
殺人罪で少年院に入っていた二十歳のダニエルっていう青年が仮釈放されて、身分を隠して聖職者になって、人の心を動かしていくっていう話で。誰が悪いのかとか、差別って何なのかとか、いろんな問題提起がされている映画でもあるんですが、僕としては表面的なストーリーの流れのまま単純に楽しめた映画でした。
周りに自分を偽って生活するっていうのは、割と古典的な映画のプロットですよね。例えば、ロビン・ウィリアムズ主演の『ミセス・ダウト』とか、エディ・マーフィー主演の『大逆転』とか。でもその2作品もそうですけど、コメディ映画の印象が強かったりする。でも、『聖なる犯罪者』はそれをシリアスに描いています。
『聖なる犯罪者』より
■主人公の言葉には余計なことがない分、はっとさせられた
ダニエルは熱心なカトリック教徒で、少年院で定期的に行われているミサに参加する中で、「神父になりたい」って気持ちを抱き始める。でも前科者は神父になれないっていう決まりがあるんですよね。それでも仮釈放後、どこからか司祭服を手に入れたことがきっかけで「自分は司祭だ」っていう嘘をついて、小さな村の教会で司祭として生活し始める。
ダニエルは聖職者になる資格すらなくて、司祭の知識もない。スマホで調べて見よう見真似で村人に対して告解をやったり、しきたりも無視して行動する。でも、神様のことを本当に信じているし、ミサがどういうことなのかも本質的に理解しているからこそ、発する言葉に説得力があった。それで、村人たちは心を動かされていくわけですよね。
ダニエルの言葉には余計なことがない分、はっとさせされるところがすごくありました。余計なことに捉われていた登場人物の方が、より彼に感銘を受けている感じがした。その周りが動かされていく感じは爽快だったし、僕自身「なるほどね」と思うところも多かったです。ダニエルのピュアなところはすごく素敵だなと思いましたね。
『聖なる犯罪者』より
■エンディングで目くらましをする感じもおもしろかった
そもそもダニエルが少年院で尊敬していた神父さんが、ダニエルにミサのまとめ役を任したりしてかわいがってる感じがあったのも、「この子は人を殺したけど、信仰ってものをちゃんとわかってる」と思っていたからだと思いますし。それもあって、のちのちダニエルが司祭だって偽っていることを知っても、周りには知られないようにしたんじゃないかなって。素性を周囲にばらすぞってダニエルを脅した少年院で一緒だった青年も、ダニエルの言葉の力は認めていたわけですしね。
だからこそ、彼が人を殺して少年院に入った背景についても、もしかしたら何かしらやむにやまれぬ事情があったのかなとか思ったり。そこは映画で具体的には描かれてなかったので、気になるところではありました。
そこまで説明的な映画ではないんですよね。ダニエルが最後どうなったかもわからない。エンディングでいきなり目くらましをする感じもおもしろかったです。結構いろんな解釈があると思うので、観た人同士で話し合うのも楽しいんじゃないかなと思います。バッドエンドにもハッピーエンドにも取れる。
境遇は戻ってしまうんだけど、ダニエルの中では「自分は間違ってなかったんだ」っていうやり切れた感じがあったんじゃないかなと思いましたね。素性がばれてしまうことを恐れて、どこかに逃げれたのに逃げなかったわけですし。やり遂げたことがちゃんとあって、それによって成長できたのかなって思いました。
『聖なる犯罪者』より
■ポーランドの実情を知らないと、ちゃんと理解したとは言えないかもしれない
脚本は、実際にポーランドで神父の振りをして生活していた少年の事件から着想を得たらしいんですけど、身分を偽って司祭になるっていう出来事はポーランドでは珍しくないみたいですね。信仰が強いと逆に騙されちゃうんだっていう。
あともうひとつ物語の鍵となっているのが、村で起きた7人が亡くなった自動車事故で。十分な証拠がないにもかかわらず、加害者とされている運転手の飲酒運転が事故の原因だと被害者の遺族は思い込んでいる。それによって、加害者の遺灰の墓地での埋葬が拒否されていたり、その未亡人が嫌がらせをされてたりして。事情を知ったダニエルが色々と奔走したことによって、その同調圧力から抜け出す人もいて。そういう救いが描かれているところも良かったですね。
この自動車事故のエピソードは、10年くらい前にポーランドの大統領が亡くなった飛行機の墜落事故に関連づけられてるんですよね。誰に責任があるのかとか、誰が加害者で被害者なのかとか、その根拠は何だとか、いろんな議論が起こった事故で。だから、そういうポーランドの実情も知らないと、この映画をちゃんと理解したとは言えないかもしれない。
『聖なる犯罪者』より
■大筋としてはすごく普遍的でシンプル
僕は、中東から日本に帰国する直前の中2の頃にポーランドに行ったことがあるんですけど、第二次世界大戦の傷跡が深く残ってる印象がありましたね。第二次世界大戦はドイツ軍がポーランドに侵攻したところから始まってるわけだし。すごく素敵な国だとも思ったけど、そういうところから来る暗さも感じました。
今は、保守的な意見が強い中で、若者の不満が高まっているとか聞くと、ヨーロッパの中でもそんなに洗練されてなかったり、新しい文化が入っていきづらい国なのかなと考えたりして。そういう内情を知らない日本人の僕とポーランド人がこの『聖なる犯罪者』を観るのとでは、大きく印象が違ったりするのかなとも思いました。
この映画は、ポーランドのアカデミー賞とされているORL Eagle Awardsで11部門もの賞を受賞しているそうなんですけど、ということは、ポーランド人にとっても説得力があって、ちゃんと中身が詰まってる映画なんだろうなと思います。それに加えて、アカデミー賞国際長編映画賞にノミネートされてるってことは、その映画がつくられた母国がこの作品をプッシュしたってこと。だから、これによってポーランドの内情を知ってほしいっていう思いもあるとは思うんですよね。僕もこの作品を観て、これからちゃんと知ろうかなって思ったし。でも、大筋としてはすごく普遍的でシンプルな作品だと思ったので、知識がなくて軽い気持ちで観ても楽しめるエンタメになってると思います。
監督のヤン・コマサにとってこれが3作目なんですが、2作目の『リベリオン ワルシャワ大攻防戦』がポーランドで180万人を動員するヒット作で。それもおもしろそうだし、最新作の『ヘイター』もNetflixで配信されて話題になってるので、これから色々観てみたいと思ってます。

取材・文=小松香里

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