[Alexandros]川上洋平、アカデミー賞
ノミネート作品『聖なる犯罪者』につ
いて語る【映画連載:ポップコーン、
バター多めで PART2】
周りに自分を偽って生活するっていうのは、割と古典的な映画のプロットですよね。例えば、ロビン・ウィリアムズ主演の『ミセス・ダウト』とか、エディ・マーフィー主演の『大逆転』とか。でもその2作品もそうですけど、コメディ映画の印象が強かったりする。でも、『聖なる犯罪者』はそれをシリアスに描いています。
ダニエルは聖職者になる資格すらなくて、司祭の知識もない。スマホで調べて見よう見真似で村人に対して告解をやったり、しきたりも無視して行動する。でも、神様のことを本当に信じているし、ミサがどういうことなのかも本質的に理解しているからこそ、発する言葉に説得力があった。それで、村人たちは心を動かされていくわけですよね。
ダニエルの言葉には余計なことがない分、はっとさせされるところがすごくありました。余計なことに捉われていた登場人物の方が、より彼に感銘を受けている感じがした。その周りが動かされていく感じは爽快だったし、僕自身「なるほどね」と思うところも多かったです。ダニエルのピュアなところはすごく素敵だなと思いましたね。
だからこそ、彼が人を殺して少年院に入った背景についても、もしかしたら何かしらやむにやまれぬ事情があったのかなとか思ったり。そこは映画で具体的には描かれてなかったので、気になるところではありました。
そこまで説明的な映画ではないんですよね。ダニエルが最後どうなったかもわからない。エンディングでいきなり目くらましをする感じもおもしろかったです。結構いろんな解釈があると思うので、観た人同士で話し合うのも楽しいんじゃないかなと思います。バッドエンドにもハッピーエンドにも取れる。
境遇は戻ってしまうんだけど、ダニエルの中では「自分は間違ってなかったんだ」っていうやり切れた感じがあったんじゃないかなと思いましたね。素性がばれてしまうことを恐れて、どこかに逃げれたのに逃げなかったわけですし。やり遂げたことがちゃんとあって、それによって成長できたのかなって思いました。
あともうひとつ物語の鍵となっているのが、村で起きた7人が亡くなった自動車事故で。十分な証拠がないにもかかわらず、加害者とされている運転手の飲酒運転が事故の原因だと被害者の遺族は思い込んでいる。それによって、加害者の遺灰の墓地での埋葬が拒否されていたり、その未亡人が嫌がらせをされてたりして。事情を知ったダニエルが色々と奔走したことによって、その同調圧力から抜け出す人もいて。そういう救いが描かれているところも良かったですね。
この自動車事故のエピソードは、10年くらい前にポーランドの大統領が亡くなった飛行機の墜落事故に関連づけられてるんですよね。誰に責任があるのかとか、誰が加害者で被害者なのかとか、その根拠は何だとか、いろんな議論が起こった事故で。だから、そういうポーランドの実情も知らないと、この映画をちゃんと理解したとは言えないかもしれない。
今は、保守的な意見が強い中で、若者の不満が高まっているとか聞くと、ヨーロッパの中でもそんなに洗練されてなかったり、新しい文化が入っていきづらい国なのかなと考えたりして。そういう内情を知らない日本人の僕とポーランド人がこの『聖なる犯罪者』を観るのとでは、大きく印象が違ったりするのかなとも思いました。
この映画は、ポーランドのアカデミー賞とされているORL Eagle Awardsで11部門もの賞を受賞しているそうなんですけど、ということは、ポーランド人にとっても説得力があって、ちゃんと中身が詰まってる映画なんだろうなと思います。それに加えて、アカデミー賞国際長編映画賞にノミネートされてるってことは、その映画がつくられた母国がこの作品をプッシュしたってこと。だから、これによってポーランドの内情を知ってほしいっていう思いもあるとは思うんですよね。僕もこの作品を観て、これからちゃんと知ろうかなって思ったし。でも、大筋としてはすごく普遍的でシンプルな作品だと思ったので、知識がなくて軽い気持ちで観ても楽しめるエンタメになってると思います。
監督のヤン・コマサにとってこれが3作目なんですが、2作目の『リベリオン ワルシャワ大攻防戦』がポーランドで180万人を動員するヒット作で。それもおもしろそうだし、最新作の『ヘイター』もNetflixで配信されて話題になってるので、これから色々観てみたいと思ってます。
取材・文=小松香里
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