マーベル映画の全作品をポイント解説
、フェーズ3の後半6作は「現代問題を
重ねたヒーロー作り」【短期連載〜M
CUは全部見るからおもしろい〜Vol.4

マーベル・コミックの人気ヒーローたちを主人公にした実写映画シリーズ「マーベル・シネマティック・ユニバース」(以下、MCU)。2019年公開のシリーズ22作目『アベンジャーズ/エンドゲーム』が、『アバター』(2009年)を抜いて世界歴代興行収入第1位を記録するなど、映画史に残るビッグヒットとなった。さらに大阪・大丸梅田店では現在、日本初上陸の体感型イベント『マーベル・スタジオ/ヒーローたちの世界へ』が開催されており好評を集めている。今後も2021年4月29日公開予定『ブラック・ウィドウ』など多数のシリーズ作品が控えているが、今から観始めても追いつけるように、映画評論家・田辺ユウキがMCU全作品をポイント解説。物語に繋がりがあるフェーズ(シーズン)ごとに短期連載する。
★今回のポイント……超大作『エンドゲーム』とその前後で描かれた、それぞれの正義
フェーズ3の全11作のなかで、2018年、2019年に公開された6作品を今回は紹介。過去のスーパーヒーロー映画が向き合ってこなかった現代社会の問題点と向き合い、「映画としてどのように表現するか」にチャレンジしながら、歴史的大ヒットを記録した『アベンジャーズ/エンドゲーム』へとたどり着いたその流れは絶賛に値する。
【フェーズ3・後編】
『ブラック・パンサー』(2018年公開)
MCUはアメリカ社会や歴史を反映してきた作品を数多く発表してきたが、『ブラックパンサー』はその真骨頂だ。何がスーパーヒーロー映画として画期的か、それは「白人男性が主人公ではない」というところ。同作の主演をつとめたチャドウィック・ボーズマンらキャスト、監督のライアン・クーグラー(前作は2015年『クリード チャンプを継ぐ男』)をはじめとするこの作品に関わる多くのスタッフがアフリカ系である。そして物語の舞台となるのも、アフリカの秘境の小国・ワカンダ。強大な力を持つ鉱石を世界と共有するべきか、それとも保守するべきか。歴代の王が守り続けてきたその鉱石だが、ワカンダの若き王ティ・チャラは時代の流れを伺いながら判断に迫られる。いわずもがな、トランプ大統領とアメリカに対する意思を示した作品だが、台詞としてもティ・チャラは「国境に壁を作るのではない、開放するのだ」と明確に宣言。パブリック・エナミーの『It Takes a Nation of Millions to Hold Us Back』のポスターが映り込むなど背景にもメッセージが散りばめられていて、見逃せない。主演のチャドウィック・ボーズマンは2020年に大腸癌で亡くなった。享年43歳。闘病しながらこの映画の撮影に挑んでいたという。
『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』(2018年公開)
過去のMCUの主要キャラクターのほとんどが揃った『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』。そのすべてにきっちり見せ場を作ったのは、脚本家であるクリストファー・マルクス、スティーヴン・マクフィーリーによる好腕の大勝利。ただ、この作品の本質的な主人公は、ヴィラン(悪役)であるサノスだ。サノスはかつて平和主義者だったが、闇深い生い立ちや見た目に対する周囲の非情なリアクションもあって、心境が変化してしまう。そんなサノスの野望は「宇宙の人口の半減」。『ブラック・パンサー』でも映し出されていたが、貴重な資源をめぐる略奪は後を絶たず、戦争も各地で起きている。環境破壊も深刻だ。弱者の被害をなくすためには、どうすれば良いか。そこで思いついたのが生命体を半分にすること。ホロコーストを彷彿とさせるサノスの虐殺は、彼なりの幸福論。ただし『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』などでも論じられたように、ヒーロー側の正義は、必ずしも全人類にとっての正義とは限らない。この映画をサノス視点で見ると、独善的ではあるが、確かに世界の救済を目指している。MCUのヒーローたちがこれまで「正義」の名のもとに行動してきたもの、すべての根幹を揺るがす。サノスの勝利は、皮肉にもその一つの証明になってしまった。
『アントマン&ワスプ』(2018年公開)
『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』は、サノスという最強のヴィランの出現と、スーパーヒーローの敗北を描いたかなりハードボイルドな内容になった。そんな作品の次作となると、かなりプレッシャーがかかるものだが、体長1.5センチの小さなヒーロー、アントマンにとっては文字通り「小さな問題」に過ぎなかった。『インフィニティ・ウォー』にアントマンは出てこないのだが、その理由も、『アベンジャーズ/シビル・ウォー』での出来事がキッカケで2年間の自宅軟禁処分を課せられていたから……というもの。『インフィニティ・ウォー』のショックが冷めやらぬなかにあって、『アントマン』シリーズが醸し出すお気楽さは良い意味で異質。フェーズ3のここまでの流れにホッと一息つかせるノリだ。相棒となるのは、新型スーツを装着したヒロイン、ワスプ。だが彼女は、ダメオヤジなアントマンに呆れっぱなし。バディムービーだけど、本質的にはアントマンのひとりよがりであり、ワスプの能力の高さが強調されるところがまたおもしろい。また物語の舞台がメキシコ移民が多く暮らすサンフランシスコであり、トランプ大統領の移民政策を反映するように、メキシコ系の人たちが心の支えとしたミュージシャンのモリッシーのことをストーリーに織り込み、劇中で「First of the Gang to Die」を使用している点は意味深い。ラストの展開も含めて、軽妙さのなかにも歯ごたえあるポイントを混じらせている。
『キャプテン・マーベル』(2019年公開)
『ブラック・パンサー』でアフリカ大陸生まれの主人公を配し、『アントマン&ワスプ』ではタイトルロールも含めて女性主人公を描くなど、世の中でいまもっとも大事に考えるべき問題を取り入れてきたMCU。フェーズ3に突入してから、MCUはスーパーヒーロー映画として成すべき変化について取り組んでいる。『キャプテン・マーベル』もその象徴的な一本で、MCUにとって初の単独女性ヒーローとなった。振り返れば2017年、DCコミックスの映画『ワンダーウーマン』が世界的に大ヒットを記録。女性ヒーローが活躍し、物語内容が多くの支持を集めた。『キャプテン・マーベル』はその一つのアンサー。のちにキャプテン・マーベルとなる主人公・ヴァースはかつて、女性ということで不当な扱いを受けてきた。スポーツや遊びで男性から遅れをとると「女だから」とあしらわれていた。女性たちは個々の能力や特性を評価される機会が少なく、男性たちは性別的立場で物を言って中心になりたがる。映画『トゥルー・ライズ』(1994年)のアーノルド・シュワルツェネガーの看板を撃ち落とすシーンがあるが、かつてアメリカ映画はシュワちゃん、シルヴェスタ・スタローンら男性アクション俳優ばかりが主演を飾り、国や国民のために戦い、また守ってきた。ただ、それらの闘いは当然ながら男性だけのものではない。『キャプテン・マーベル』ではそういったかつての時代の風潮に対して「もう一度考え直していこう」という、決して批判や皮肉ではなく、前向きな心構えで訴えているように思える。
『アベンジャーズ/エンドゲーム』(2019年公開)
『アバター』(2009年)、『タイタニック』(1997年)らを抑えて全世界の歴代興行収入第1位に君臨する歴史的ヒット作。『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』で圧倒的強さを見せたサノスは、シリーズの重要アイテムである強大な力を持つインフィニティ・ストーンをすべて集め、全宇宙の生命体半減の目的を達成。ところが『アベンジャーズ/エンドゲーム』では序盤、サノスは「やることはやった」と農場で隠遁生活。しかもアベンジャーズの生き残りにあっけなく処刑されてしまう。意表をついた展開にア然! 一方「果たしてこれで良いのか」という観客の戸惑いは当然ながらアベンジャーズの面々にもあり、仲間たちを含めて失われた生命体を元に戻すことを真の目標にする。これは『ドクター・ストレンジ』で破壊されたものを元に戻すという設定であったり、『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:リミックス』における崩れた家族関係の修復だったり、フェーズ3で何度となく語られてきたテーマの集大成である。サノスの暴力的独善によって築かれた世界はその後、荒廃の道をたどった。一つ言えることは、誰かの未来が失われることは、世界の損失として決して小さくないということだ。誰にだって正義はある、しかしそれは暴力によって訴えられるものではないことがはっきり示される。スーパーヒーローの立場であってもそれは言え、壊したら元どおりにしなければならない、それが正義として当然のあり方であることを提唱する。
『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』(2019年公開)
『アベンジャーズ/エンドゲーム』という大きな戦いを終え、その壮絶な結末にそれぞれが向き合い、そしてその続編的世界に生きる人々の姿を描いたのが『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』だ。もともとスパイダーマンは、憧れのトニー・スタークから勧誘を受けてアベンジャーズ入りを果たした。そういう意味で、同作を『エンドゲーム』の次作にもってきたのは、すなわち意思の継承であると考えたい。『インフィニティ・ウォー』、『エンドゲーム』でサノスによって揺さぶられた正義の意味。『ファー・フロム・ホーム』では「人は信じたいものを信じる」という言葉が登場するが、それはサノスが示したものであり、一方で実際の社会に置き換えて考えており、SNS、陰謀論、つい先ごろでのアメリカ大統領選に関する虚偽入り乱れる話など、いろいろと砕けた時代になってしまった。そんな時代のなかでヒーローをつとめることは、果たしてできるのだろうか。これはMCU全体にも関わる大きな課題だ。その問題点を突きつけられたのが、若輩なスパイダーマン=ピーター・パーカーであるところが興味深い。MCUの未来を占う分岐点の作品となっている。
マーベルは、今もっとも注目すべき監督らを世界中から捜し集めて起用する。アメリカ社会を反映したような作品が多いからこそ、アメリカを内側、外側の両方から多様に目線を向けることができる作り手が必要なのだ。社会的なメッセージをきっちりと交わらせながらも、娯楽大作として誰もが楽しめる。深くて幅広いクリエイティビティの集大成が『アベンジャーズ/エンドゲーム』の世界歴代ナンバーワンヒットにつながった。私たちは「映画史」でも重要な機会を現在、リアルタイムで目撃しているのだ! 大阪・大丸梅田店で現在開催中の、日本初上陸の体感型イベント『マーベル・スタジオ/ヒーローたちの世界へ』が12月14日(月)までとなっている。当日券は13日(日)18時まで販売しているので、マーベルの世界を堪能しよう。
文=田辺ユウキ

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