『分島花音の倫敦philosophy』 第十
章 分島花音と、ロンドンと、音楽

シンガーソングライター、チェリスト、作詞家、イラストレーターと多彩な才能を持つアーティスト、分島花音。彼女は今ロンドンに居る。ワーキングホリデーを取得して一年半の海外滞在中の分島が英国から今思うこと、感じること、伝えたいことを綴るコラム『分島花音の倫敦philosophy(哲学)』第十回目となる今回は新型コロナウイルスの影響で帰国した分島花音にとっての「ロンドン」。

このコラムが皆さんに届いている頃には、私はすでに日本に帰国していることと思います。
去年のハロウィンの日、期待と少しの不安の中ロンドンでの生活をスタートさせてから1年以上が過ぎました。当時は想像もしていなかったコロナウイルスの蔓延で、世界中の人々が苦しい状況を耐え抜く年になり、私もロンドンでの音楽活動を十分に行うことができませんでした。ビザ期限を前にして帰国の決断をしたのもそれが理由ですが、そんな中でもライブをしたりレコーディングをしたり、たくさんの仲間との出会いや素敵な経験をすることができました。このロンドン生活は本当にさまざまな出来事があった濃い時間でした。そしてその中で今までとは違った感覚でものを考えたり、新たな気づきがあったりと、今後の表現の糧になるものをたくさん得た気がします。
私には幼い頃からすでに音楽がありました。人生の目標や生きがい、心の拠り所として音楽は常に大きな存在でした。それは時が経つにつれて私の日常に溶け込み、音楽とともに生きることが当たり前のようになっていましたが、「自分にはこれだと」いう確信めいたものがあると言うのはとても恵まれていることなんだと改めて痛感しました。
日本にいたときは周りと比べて落ち込む癖があり、なかなか自分を認められずに苦しんだ時期もありました。理想の自分と現実の自分との差に苦悩して、才能がなければ音楽をやる資格などないのではないか、しかし自分から音楽をとったら何が残るのだろう、と本来音楽を表現することへの純粋な喜びや幸福を忘れかけてしまうことも多かったです。
ロンドンでの生活はそんな自分の頭の中を見つめ直し、複雑にもつれた思考の糸をゆっくりと少しずつ解く作業のようでした。自分自身の人生、周りがどうであれ自分は本来何を目的として生きているのか。何が自分の幸せなのか。一度シンプルに自分と世の中のあり方を考えると、今までの自分は如何様にして世界に受け入れられるか、誰かに認めてもらえるかと言うことばかりに固執して、自分の価値を自分で決められないまま他人に委ねていました。もっとナチュラルに「私は音楽が好き、私は音楽を表現したい」という思いだけに集中すれば、幸福を実感し、自分自身で自分の価値を確かなものにすることができます。簡単な考え方に思えますが、私にとっては一度今までいた環境から離れなければ見えてこなかったことでした。
以前ロンドンで出会った友達の一人が、「こんな音楽私が聴かなかったら誰が聴くの!?と思うような、一般的に受け入れられなそうな曲を探し出して聴いてる」と言っていました。その言葉を聞いたとき、「あぁこの子はアーティストを救ってるな。この発言はミュージシャンに対しての救いの言葉だなぁ」と、届ける一人一人のために音楽はさまざまな形が必要である理由を実感しました。そしてミュージシャンもまた、聞いてくれる誰かに日々救われて生きていて、私もその一人であると言うこと。そのことに感謝しながら、今後の音楽を通しての邂逅に想いを巡らせました。
ライブのキャンセルも相次ぎ後悔の残る1年間でしたが、今まで未知数だったロンドンが今ではとても身近に感じられる場所です。やり切れなかった分、「またライブをしに来よう」と未来の目標にもなりました。この前乗ったウーバーのドライバーさんも「今年みんなライブやイベント楽しめなかった分、来年のイベント事はきっとすごいことになるよ!」と言っていました。未来のことはわからないことだらけで不安ですが、今の状況から少しでも回復することを願っています。
もちろん中止になってしまった日本のライブもリベンジしたいです。たとえ「おかえり」と言ってもらえなくても、私は日本だろうと海外だろうと勝手に歌い続けるんだろうな。自分の心の中に居場所があれば、国はさほど重要ではないこともわかりました。何かを表現している限り、完全なひとりぼっちになるのはなかなか難しいです。これからも孤独と歩みながら、人の温かさに触れながら、音楽を作り続けるんだろうと思います。
ロンドンは魅力的なものがたくさんあったけど、私の中で一番はやはり音楽でした。音楽に勝るものはなかった。ずっとずっと追いかけて、囚われて、魅せられて、人生のほとんどをともに過ごしてもまだ飽き足らず、永遠に私の心を奪い続けるのは、後にも先にもきっと音楽だけなのです。そのことを、改めて実感した1年でした。音楽のない世界で幸せに生きる自分なんて恐ろしくて想像ができません。好きなことは色々あるけど、一番は揺るがない。これが知れただけでも十分価値のあるロンドン生活だったと思います。
この記憶や経験を忘れてしまう前に、音楽にして皆さんに届けられる日を楽しみにしています。また音源で、ライブで会いましょう。
素敵な思い出をたくさんくれてありがとうロンドン。また来るね。
文:分島花音

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