坂東玉三郎「歌舞伎俳優は何十年の世
界ですから」~『十二月大歌舞伎』取
材会レポート『日本振袖始 大蛇退治
』の見どころも

歌舞伎俳優の坂東玉三郎が、2020年12月1日(火)開幕の東京・歌舞伎座『十二月大歌舞伎』に向けて、合同取材会で思いを語った。玉三郎が出演するのは、第四部『日本振袖始 大蛇退治(にほんふりそではじめ おろちたいじ)』だ。『日本振袖始』は、近松門左衛門が書いた日本の神話に由来する物語だが、上演は一度途絶えていた。歌舞伎としては、昭和46年に六世中村歌右衛門が復活させた。
「感染者の数は増えていますが、1日四部制の楽屋での過ごし方に少し慣れてきました。劇場スタッフもお客様のご案内に慣れてきたと思います。12月は、なんとか歌舞伎らしい演目をと思い、『日本振袖始』を選びました」(玉三郎。以下、同じ)
本作の見どころ、そしてコロナ禍での思いを、玉三郎が語った。
■過ぎてしまえばあっという間
8月に歌舞伎座が再開し、玉三郎は、9月から2か月連続で歌舞伎座の舞台に立った。いずれも「映像✕舞踊特別公演」と題した公演だ。映像では、歌舞伎座の舞台裏や自身の楽屋を紹介し、『口上』も行った。
「来づらかったと思うんです。それでも来てくださったお客様に、感謝の気持ちを伝えました。ただ、感染症の話題には一切触れませんでした。皆様、劇場には現実を忘れにいらしていますから」
『舞踊』では9月に『鷺娘』、10月に『楊貴妃』を、映像とのコラボレーションで上演した。ひさしぶりの舞台は「やはり嬉しかった」と玉三郎はいう。
坂東玉三郎
「毎日夜に1回、大きな舞台があることで、日々のプログラムを組むことができ、自分のリズムができます。安心感がありますね。しかも上演時間は1時間。自粛期間中も自宅で踊っておりましたし、(体力的にも)スムーズに入ることができました。体調もとても良いです」
現在、歌舞伎座は上演中も換気を行い、各部が終わるごとに観客を入れ替え、場内を消毒している。最前列や花道の両側の席は使用せず、チケットは、前後左右に人が並ばない配置での販売だ。劇場の対策が徹底していても、持病がある方や高齢の方は慎重な判断が求められる。
「公演が再開したばかりの頃は、お客様もいらっしゃりにくかったと思います。でも9月後半から、どんどんお客様が入ってくださいました。舞台のない自粛期間はとても長く感じましたが、動きはじめてからは、あっという間でした」
舞台スタッフや俳優も、四部制にあわせて完全に入れ替わるため、楽屋にいられる時間が限られるようになった。そこで照明や衣裳などの打ち合わせは、事前に電話で済ませるようになったのだとか。打ち合わせが以前のようにはできない不便さはあるものの、「人の往来がありませんから静かです。ウイルスへの気づかいこそ要りますが、その他への気づかいが要らなくなりました」と笑顔で語り、一同を和ませた。
■『日本振袖始』退廃的な神話を歌舞伎に
9、10月は、玉三郎のみが出演する作品だった。12月の『日本振袖始』では、尾上菊之助、中村梅枝と共演する。玉三郎が勤めるのは、岩長姫(実は、八岐大蛇。やまたのおろち)。大蛇への生贄として差し出される稲田姫を梅枝が、稲田姫の恋人で大蛇退治にやってくる素戔嗚尊(すさのおのみこと)を菊之助が勤める。川の氾濫は、八岐大蛇の災いであるとする日本の神話から創作され、歌舞伎の舞台装置にも川が流れている。
『日本振袖始』岩長姫=坂東玉三郎 撮影:篠山紀信
「神話を歌舞伎にしたらどうなるか、という世界ですね。“振袖始”とあるとおり、稲田姫は振袖に剣を入れて大蛇にのみこまれ、身体の中から刺します。醜く生まれた岩長姫が、きれいな女性を人身御供にし、悪さをする人を剣で退治する。そういう話ですが、女の姫が女の姫を食べる退廃的な作風に、面白さがあるのではないでしょうか。後シテものでは珍しく、軍兵や捕手ではなく、大蛇の分身がおそいかかる点も、独特ですね」
玉三郎は、大蛇退治の前段となる物語も、あわせて上演できないか考えたことがあったという。
「調べてみると、前後は非常に不可解で複雑なんです。特に岩長姫の脚本が難しい。『京鹿子娘道成寺』や『積恋雪関扉』もですが、当時作られた話は、謎解きとドンデン返しの推理小説のよう。『大蛇退治』の段だけをお見せした方が、舞踊として神話的。音楽がどれだけよくできているかは、とても大事なのでしょうね。道成寺も墨染(積恋雪関扉)も前後はなく、曲だけが残りました。『日本振袖始』も曲として残る。曲にのれば、不条理な筋も飛びこせますから」
■演出に変更は?
花道での立廻りは、従来どおりに行う予定。現在見直されているのは、演奏家たちの位置だ。8月の再開から現在まで、歌舞伎座に出演した演奏家たちは、顔の下半分を黒い布でマスクのように覆い演奏してきたが、玉三郎はこのスタイルに、舞台人として抵抗を感じたという。
坂東玉三郎
「舞台装置を少し変え、上手にいる演奏家の位置を従来より奥側に。私の位置を中央より少し上手に。そして演奏家の前には紗幕を下ろすことを考えています。当然、対策は大切にしたいです。お客様に不安を与えることは一番よくありません。劇場に入ったら、現実を忘れていただきたいですから」
紗幕を下ろすことで安全を確保しつつ、幕の透過性を活かした演出で表現の幅を広げる構想だ。専門家とも相談し、準備したいと語っていた。
■歌舞伎は何十年の世界だから
人が集まることのできない今、稽古は各々で行っている。
「以前にやらせていただいた形を踏襲して、個別に稽古し、舞台でドッキングさせます。出演者は3人ですが、意外と絡みは少ないんです。菊之助さんは私と大蛇の立廻り。梅枝さんは私との関係だけ。菊之助さんも梅枝さんも勉強家ですから大丈夫です。一生懸命に聞いてこられるのですが、私は『いいから勝手にやって』と言いました(笑)。それでもちゃんと勉強されるお二人です」
直接顔を合わせられない状況が、続く今、芸の継承に影響が出るのではないだろうか。それを心配する声に対し、玉三郎は穏やかに答える。
「1年ぐらい、どうということもないように思います。歌舞伎俳優は何十年の世界ですから(笑)。直接会えないならば、会えないなりに自習の仕方があります。今は資料もたくさんある時代です。資料のどこをどう見るか、映像でもただ液晶を見ているのかその向こう側を見ているのか。その違いは大きいですね」
芸の継承よりも気になったことがあると玉三郎。下の世代とオンラインで対話をした時のことだった。
坂東玉三郎
「2世代ほど下の方々とお話しました。彼らは、同世代同士の芸術上の交流はあまりないというんです。少し驚きました。私たち世代が若かった頃は、同世代だけでなく、明治・大正生まれの先輩方とも、表向きの建前はありつつ、2人きりになれば『で、あなた本当はどう思うの?』という世界でした。若い方々が悪いという話ではなく、社会全体がそうなのでしょうね。人間の、魂の触れ合いが希薄になっている。希薄な魂では、芝居はできなくなってしまいます」
■一人ひとりで考えること
取材会では、しばしばコロナ禍の影響による苦労や不安を問われる場面があった。玉三郎は「コロナへの恐怖感は、ありませんでした。PCR検査を受けていましたし、周りのスタッフの方たちも、公共の交通機関はほとんど使わず、車で移動していました。その点は安心して過ごすことができました」と率直なコメントをした。そして舞台人が舞台に立てないこと以上に、医療従事者やご本人、ご家族など大変な思いをされている方がいることに思いを寄せたうえで、舞台人として持論を語った。
「私自身が舞台に立てないことに対し、バタバタはしませんでした。静観しなくてはと思いました。いま新橋演舞場で『女の一生』をやっているというので、先日、杉村春子さんの映像をみたんです。その後のインタビュー映像も。すると杉村さんが戦時中のお話をされていました」
1945年4月、『女の一生』は太平洋戦争のさなかに上演された。舞台初日を前に、築地小劇場が空襲で焼け、その後、有志が提供してくれた劇場で1か月遅れの初日を迎えた。お芝居は、空襲警報によりたびたび中断した。警報が解除されると、一度は防空壕や軒下に避難した観客が劇場に戻ってきて、またお芝居が続けられたという。
「中断するせいで、1日2回公演の予定が、半分もできなかったり、1日1.5回公演になったりしたそうです。そのような時代を越えた方々がいると思うと、今の自分たちだけが特別ひどい目にあったという個人的な被害の意識は、感じませんでした。幸か不幸か、不幸中の幸いか。今、日本では劇場を開けることができています。事態の収束が約束されているわけではありませんが、きっと2年もすれば事態は落ち着くのではないでしょうか。それまでに今何をするか、どうやるかは、一人ひとりが自分で考えることだと思っています」
そして「でも……色々なことが露呈しましたね」と玉三郎は続ける。
坂東玉三郎
「演劇活動ができない時、舞台人としてどう過ごすか。たとえばコロナで太ってしまったという方もいますし(笑)。劇場再開後、本当に大変な時に、お客様がきてくださるのかどうか、それをどう見て、どう生きていくか……ですよね。私はいただいたものを誠実にやるだけです。できることを誠実にやり、何かあれば慌てずに、中止する。それしかありません」​
■夜のひとときを歌舞伎座で
『十二月大歌舞伎』は、12月1日(火)より26日(土)まで。以前は昼夜二部制(11時~と16時30分~)だった歌舞伎公演が、8月以降12月までのところ、四部制で上演されている。玉三郎が出演する第四部は、19時30分の開演だ。
「二部制だったものが、このような事態でこんなこと(四部制)にもなるんですから。でもヨーロッパでは、夜にはじまり23時終演なんていう劇場公演もよくあります。日本にも、あっていいと思っていました。これを機に“夜開演だから歌舞伎にこられるようになった”というお客様の層が増えることが、大事なのかもしれません。今は一幕60分ですが、状況が落ち着いたら、もう少し長くやってもいいですね。これまでにない19時半からという時間帯でも、お客様が歌舞伎座に来てくださるよう、私は心を込めてやらせていただきます」
取材・文=塚田 史香

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