ピアニスト・大井健が贈るワイン×音
楽の“極上のマリアージュ” ~ソロ
・コンサート昼公演レポート

ピアニストの大井健が2020年8月30日(日)、eplus LIVING ROOM CAFE&DINING(東京都渋谷区)で、ソロコンサート『大井健 Presents ワインとピアノ 極上のマリアージュ』を開いた。14時過ぎに始まったマチネ公演は、会場での生ライブと、イープラス・Streaming+での配信コンサートを同時に行うもの。公演中には新しい試みとして、リアルタイムで感想などを交換できるチャット機能を導入し、会場とオンラインのファンが一体になって、大井の演奏に酔いしれた。
Streaming+は、新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、大型イベントの自粛が相次いだ今春、イープラスが立ち上げた新しい配信プラットフォーム。大井もコロナ禍を受けて25本ほどあったコンサートの予定がすべて飛んでしまい、今後の活動について模索していた時期に、Streaming+を知り、今回の企画を考案したという。「ワインから浮かんだ曲と、曲のイメージが重なるワインを一緒に味わうことができれば、まるでマリアージュのような時間を楽しめるのでは」と願い、この日を迎えた。
ワインセレクトの様子(撮影=寺坂ジョニー)

ワインセレクトの様子(撮影=寺坂ジョニー)

ファンはもちろん、大井自身も待ちわびていたコンサートは、大井の自作曲「Fragments of lyric」でスタート。星の瞬きを思わせる音色は、ステージが始まる高揚感であふれていた。約1分ほどの曲を終えると、立ち上がって会場を見渡した大井。「今日は久々にコンサートホールで、お客さまと一緒に音楽を楽しむコンサートを開くことができました。お越しいただいたみなさま、本当にありがとうございました」とあいさつし、「今回はインターネット越しでも、たくさんのみなさんにご覧いただいています。今日は、なんとチャットもできますので、いくらでも盛り上がって」と呼びかけた。視聴中のファンからは、「見ています」、「8888(パチパチパチパチ)」と反応が。スマートフォンを取り出して、チャット画面などを確認した大井は、「自分が映っているのが見えるし、楽しい。面白いですね」と新しい形の交流を喜んでいた。
Streaming+より提供
2曲目に演奏したラヴェル「亡き王女へのパヴァーヌ」では、長調と短調が入り混じった懐かしい響きをていねいに編み上げていく。穏やかな調べに、静謐な時間が流れていた。音楽を学ぶため、小学6年生のときに単身で英国に渡った大井。学校の寮で暮らしていた中学1年生のときに、3歳上の先輩が寮内にあったピアノで同曲を練習していたことがきっかけで、曲を知ったという。演奏後のMCでは、「なんて美しい曲なんだろう。メロディーに乗っかるハーモニーが非常に美しい」と振り返り、「特に7度の響きが美しい。この和音だけを急に弾くと、不協和音になるけれど、この曲は7度が強調されていることによって、奥ゆかしい上品さを生んでいる」と当時の思い出を語った。
通常のコンサートではMCの際に、曲とのエピソードを語ることが多いが、この日は演奏曲と相性がいいと大井が感じたワインを味わいながらステージを楽しむ特別なもの。曲はもちろん、ワインへの思い入れについて語る場面では、素顔がのぞく瞬間もあり観客は熱心に聞き入っていた。
Streaming+より提供
マチネ公演で用意されたワインは、スパークリング1種、白・赤が各2種の全5種。公演のために用意されたフランス料理のスペシャルコースを試食した大井が、自ら合うものを国内最大手のメーカー「メルシャン」(東京都中野区)の協力を得てセレクトした。
「Fragments of lyric」には、「穏やかな酸味で始まりを迎えてもらえたら」と願いを込め、フレッシュで、繊細な香りが特徴のスパークリングワイン「ルネラフランス/ブリュット」(フランス)を選んだ。ラヴェルをイメージするワインは最後まで悩んだが、「ワインについては門外漢の私でも、シャルドネ=上品だというイメージがあり、ラヴェルにぴったり」とフランス・ブルゴーニュで生まれた「アルベール・ビショー/メイユール マコン・ヴィラージュ」を選出。人数を限定した会場では、観客に「お料理と一緒に、ワインを飲んでいますか?」と気さくに話しかけるなど、サロンのような雰囲気が広がっていた。
Streaming+より提供
スイスの時計職人と言われたこともある繊細なラヴェルの楽曲に続いて披露した、ドビュッシー「月の光」では、「自然の調和を感じる曲に合う」と、柔らかい味わいが魅力の「ドゥルト/ボー・メーヌ ブラン」(フランス)を選んだ。演奏前にはドビュッシーが、フランスの詩人であるポール・ヴェルレーヌの詩『月の光』(1869年)に着想を得て、作曲をしたという話しや、演奏をする際は詩の中に登場する『月の光にうっとりとする小鳥たち』『噴水が人間のように泣く様子』『月光』の3つをヒントにしているという秘話を公開。「どこが月の光をイメージしているのか、小鳥たちがうっとりしている場所はどこか、まるで人間のように噴水が泣く場面がどこなのか。その描写をちょっと考えながら聴いてみてください」と話し鍵盤に向かい、一呼吸。寄せては返す波を思わせる夢幻的な音色は、波紋のように広がり月の光のように聴き手を優しく包んでいった。
Streaming+より提供
至近距離で演奏を楽しむことができる会場とは一変、自宅などで視聴できるStreaming+では、グランドピアノのボディーの中に収めたカメラなどで大井の演奏を映し出していった。目を閉じた横顔、一音に魂を込める繊細な指使いのアップが重なる瞬間もあり、映画の1シーンのようなカットに、チャットからは歓喜の声が上がっていた。
メインディッシュを迎えた頃に、ワインは白から赤へ。英国留学から戻り、音楽大学に進んだ年に出会ったという、プーランク「エディット・ピアフを讃えて」には、繊細な果実味が特長の「アルベール・ビショー/ピエール&レミー・ゴーティエ ピノ・ノワール」(フランス)をセレクトした。〝小さなスズメ〟と愛されたシャンソン歌手・ピアフのためにプーランクが書き下ろした作品は、パリの小高い丘の上にある下町・ベルヴィルで生まれたピアフが、その街角やナイトクラブで歌声を響かせ、輝く未来を夢見ていた頃の憂いを感じられる曲。ピアフの哀愁ある歌声を彷彿とさせるピアノの音からは、「C'est la vie(これが人生)」と受け入れ、愛に生きたピアフの言葉が聞こえるようだった。
Streaming+より提供
フランスの作曲家、フランスのワインが続いた終盤。「ここで少しフランスとお別れして。日本人が好きな作曲家の3本の指に入るショパンを演奏していきます」と語ると、メランコリックな「ノクターン 第1番」、円熟期に作った壮大な「ノクターン 第13番」を続けて演奏。「特に13番をイメージした」という「ロバート・モンタヴィ/プライベートセレクション バーボン・バレルエイジド カベルネ・ソーヴィニヨン2017」(アメリカ)は、バーボン樽で熟成されたアイデアあふれるもの。ワインのすべてを知り尽くしたロバート・モンタヴィが世に出したユニークな逸品は、さまざまなモチーフが取り入れられた「ノクターン 第13番」と見事なマリアージュを生み出していた。8月14日(金)に37歳になったばかりの大井。まろやかな演奏は、熟成すると香りや味に変化が生まれるワインのように、歳を重ねるごとに余韻や色を変え、聴衆を更に心地よく酔わせていくことを感じさせた。
約1時間の舞台の最後を締めくくったのは、ピアノ教師だった実母が愛奏し、「子どものころから、ずっと聴いていた」と語ったショパン「ノクターン 第2番」。紡がれたメロディーは、なじんだカシミアのセーターのように柔らかく、特別な癒やしの時間だった。
拍手を送り続ける観客に、頭を下げて感謝した大井は、2020年11月23日(月)に同会場で、『大井健 Presents ワインとピアノ 極上のマリアージュ』の第二弾を行うことを発表。「冬がそこまで来ている頃。今年の秋の軌跡を回想しながら作っていきたい。新しいレパートリーもあります」とさらなる飛躍を誓った。また同年12月15日(火)には、子どもの頃に音楽批評家になりたかったという大井が、これまでのキャリアや、音楽への愛を語った書籍『Piano man ピアニスト大井健 フォトブック』(集英社)を発売することも公表。コロナ禍で外出などを自粛していた時期に打ち込んでいたといい、「マニアックな話しもしているので、ぜひ手にとっていただきたい」とPRしていた。
取材・文=Ayano Nishimura

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