なきごと、新曲「ラズベリー」も披露
ーーライブハウスで再び音楽を鳴らせ
る喜びに満ちた一夜限りのライブ

なきごと1st Digital Single " 春中夢 " Release Live2020.10.24(sat) 東京 渋谷CLUB QUATTRO
なきごとがお客さんの前でライブを行なったのは実に8ヵ月ぶりだった。10月にリリースした配信シングル 「春中夢」のリリースライブ。新型コロナウィルスの影響により、今年4月から開催予定だった『「sasayaki」 Release Tour 2020』が全公演キャンセルとなったなきごとは、ライブハウスで生の音楽を届けたいという想いから、これまで配信ライブは行なってこなかった。今回、会場となった渋谷CLUB QUATTROでは、検温、消毒、ソーシャルディスタンスを確保するための人数制限など、政府のガイダンスに従った感染防止策を講じたうえで実施。ライブハウスに足を運ぶことができない全国のファンのために、後日オンラインでも配信するという形式をとり(現在は配信終了)、再び音楽を鳴らせる喜びに満ちた一夜限りのライブを繰り広げた。
まず、トップバッターを飾ったのは、なきごとの憧れの先輩であるthe quiet room。軽やかなメロディが踊る「Fressy」から幕を開けた。前田翔平(Ba)とサポートドラムのぴのり(Dr)がアイコンタクトをとりながら繰り出す軽快なリズムに合わせて、会場からはハンドクラップが湧く。斉藤弦(Gt)が奏でる雄弁なギターがダークな世界観を彩った「アイロニー」から、ゆっくりと点滅する光が美しい景色を描いたバラード曲「Cattleya」へ。ドラマチックなバンドサウンドが、菊池遼(Vo.Gt)の紡ぐ歌詞の世界観に寄り添いながら、次々に表情を変えていく。
MCでは、なきごとの新曲「春中夢」について、「なんて読むか知ってる?」と問う菊池に、「はるちゅうむ」と、あっさりと答える斉藤。「正解」(菊池)、「なんで試された(笑)!?」(斉藤)。そんな和やかなやりとりに会場からは静かに笑い声がこぼれた。「いつも(なきごとは)「憧れてます」と言ってくれるので。今日は大きな背中を見せたいと思います」と、菊池が意気込みを伝えると、9月に初の配信シングルとして発表された最新曲「グレイトエスケイプ」へ。バンドの新機軸となるクールなナンバーが穏やかにフロアを揺らした。
サビの腕振りを予行練習してから突入したご機嫌なロックンロール「Landscape」を経て、「楽しい時間はすぐに終わってしまうから。後悔がないように楽しんで帰ってください」(菊池)と、最後に届けたのは「パレードは終わりさ」。太陽の下が似合う賑やかなその楽曲には、本来ならば、客席からシンガロングが湧き起こるが、いまはない。そこに一抹の寂しさも感じつつも、菊池が真っすぐな歌声で届けた<涙止まるまで 隣にいてあげる>というメッセージはとても温かかった。the quiet roomの歌に、直接的な「がんばれ」はない。だが、ライブのあとには、いつも心にほのかな熱を残してくれる。幸せな余韻を残して、後半をなきごとに託した。
なきごと
「この日をずっと待ってました。はじまりは大切な曲を」。水上えみり(Vo.Gt)の言葉を皮切りに、岡田安未(Gt)のエレキギターが鋭く空気を切り裂き、「合鍵」から、なきごとのライブがはじまった。緩急を繰り返すアレンジのなかで紡がれる気だるげなメロディ。息つく暇もなく、岡田が煌びやかなフレーズを奏でた「セラミックナイト」、未音源化ながらライブの定番曲「さよならシャンプー」へと続く。
なきごと
なきごとのほとんどの楽曲の録音に参加しているスーパードラマー河村吉宏(Dr)を初めてライブに迎え、最近のレコーディングやライブではお馴染みの山崎英明(Ba)と共に繰り出すサウンドは、「女性ふたり組のバンド」という存在から想像させるイメージを覆す骨太なロックサウンドだ。その演奏が重く鋭く激しいほど、水上の柔らかで凛としたメロディが映える。
「今日は声を出しちゃいけないから、いつもの愛想笑いも聞こえないんです」(水上)、「自分で愛想笑いって言うの(笑)?」(岡田)。そんなマイペースなMCを挟み、10月4日にバンド始動2周年を迎えたということで、2年前のライブでも演奏していたという「ヒロイン」を披露。
なきごと
間髪入れず突入した「忘却炉」では、ステージ上で水上と岡田がぶつかってしまい、互いに「ごめん」と顔を見合わせ笑いあう場面もあった。岡田が繰り出すエフェクティブなギターが混沌を加速させた「ユーモラル討論会」のあと、ドラム河村の前で3人が向き合った躍動感あふれる代表曲「メトロポリタン」では、<ここから連れ出して>というフレーズに、<つまらないこの世界から>と、水上は音源にはない一言を添えた。
なきごと
中盤のMCでは、この日のライブの翌日10月25日に新曲「ラズベリー」を配信リリースすることを発表。コロナの自粛期間に感じたやるせない想いを綴った最新ナンバーをいち早く届けると、ライブの終盤に向けて、さらに熱を帯びていく。大切な人への募る思いを滔々と歌い上げるバラード「癖」では、フロアのお客さんは小さく頷きながら聴き入っていた。ラスト1曲を残したところで、自粛期間中の日々について、「本当に何もない日々で。自分がバンドマンじゃないんじゃないかと思ってました」と吐露した水上。「音楽から離れてみて、改めて自分には音楽がないとダメだなと強く思いました」「今日ここでみんなの前で歌をうたうことができてよかったです」と言葉を重ねると、最後に「伝えたいことは最後の曲に込めました」と、「春中夢」へつないだ。夢と現実の境目をまどろむような浮遊感が漂うなか、日常を一変させた「あの春」の感情を、否定も肯定もせずに描いたその歌は、いまも混乱の渦中にある私たちの心に優しく寄り添うフィナーレだった。
なきごと
アンコールでは、対バンに迎えたthe quiet roomへの感謝を伝えたあと、一夜限りの東京公演の夜に捧げるように「Oyasumi Tokyo」を届けた。最後のMCでは、水上が唐突に「なきごとのファンの愛称を決めてきました。ニンゲン’ sってどう?」と発表。ざわつく会場。事前に知らされていなかった岡田が、戸惑いながら「それでいい人、手を挙げて?」とフロアに問いかけると、「え、嫌とかあるの!?」と少し不満げな表情を見せる水上。「ニンゲン’ s」とは、どこか中央線沿いの匂いがする泥臭いネーミングセンスだが、続けて水上が語った言葉に、その意味があった。
なきごと
「人間っておもしろくて。よく笑うし、よく泣くし、よく怒るし。感情をたくさん持っていますよね。喜び、悲しみ、憂い。憎悪。嫉妬。マイナスな感情が多いのも、また人間の特徴だと思います。でも、それでいいと思う。我慢して泣かない、溜め込む。それって人間らしくないなと思います」。
なきごと
さらに、「だから私は人間らしくありたいし、なきごとを聴く人にも、泣いていいんだよ、怒っていいんだよ、笑っていいんだよと、一人ひとりが君でしかないんだよと思ってもらえるように、これからもバンドを続けていきたいです」と、なきごとが「泣き言」を名乗る意味を噛みしめるように伝えると、最後を締めくくったのは「深夜2時とハイボール」だった。ポップに弾むサウンドにのせて、時には「死にたい」と弱音を吐いてもいいと、ただ「あなた」が人間であり続けるだけで尊いのだということを暗に教えてくれるラストナンバー。それは、ライブハウスという場所で、ロックバンドという存在が大きな音で伝えたときに、何か言葉では形容しがたい強さを持つメッセージだった。
取材・文=秦理絵 撮影=安藤未優

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