菊五郎の惚気、猿之助の早替り、獅童
の歓喜『吉例顔見世大歌舞伎』11月歌
舞伎座(一部・二部・四部)観劇レポ
ート

2020年11月1日(日)から26日(木)千穐楽まで、東京・歌舞伎座で上演されている『吉例顔見世大歌舞伎』。江戸時代の芝居町では、役者と芝居小屋は一年契約を行い、毎年11月にあらたな顔ぶれが発表されていた。“顔見世”の特別な月として、現在でも、幕府公認の芝居小屋の証である櫓が、11月の歌舞伎座の玄関にあがる。櫓の正面には、歌舞伎座の座紋である鳳凰丸が、側面には「きょうげんづくし」の文字が染め抜かれ、来場者を迎える。
本稿では『吉例顔見世大歌舞伎』より第一部、第二部、第四部をレポートする。
第三部は「11月は桟敷席のチャンス! 歌舞伎座『吉例顔見世大歌舞伎』第三部『一條大蔵譚』観劇レポート」(11月10日掲載)にて桟敷席体験レポとあわせて紹介します。 /撮影:塚田史香
■第一部 『蜘蛛の絲宿直噺(くものいとおよづめばなし)』「市川猿之助五変化相勤め申し候」
幕が開くと、琳派を思わせる襖絵を背に、桐の谷(市川笑也)と八重菊(市川笑三郎)が凛とした佇まいで登場。今の時世を反映した台詞も、いかにも芝居らしく聞かせてみせ、観客を楽しませる。この2役は過去の公演にはないキャラクターだ。猿之助のリクエストにより、今回のために追加された。第一部は、コロナ後はじめて舞台に上がった笑也と笑三郎への大きな拍手ではじまった。

第一部『蜘蛛の絲宿直噺』左より、傾城薄雲=市川猿之助、源頼光=中村隼人 (c)松竹

時は平安時代。館の寝所で源頼光(中村隼人)が病に伏せている。どうやら物の怪に憑かれているのだとか……。控えの間では、家臣の坂田金時(市川猿弥)、碓井貞光(中村福之助)が寝ずの番で警護にあたる。金時の女房・八重菊、貞光の女房・桐の谷も心配をしている。そこへどこからともなく女童熨斗美(猿之助)、小姓澤瀉(猿之助)、番新八重里(猿之助)、太鼓持彦平(猿之助)、傾城薄雲(猿之助。計5役)が、入れ替わり立ち替わり現れて……。

第一部『蜘蛛の絲宿直噺』左より、金時女房八重菊=市川笑三郎、坂田金時=市川猿弥、女郎蜘蛛の精=市川猿之助、源頼光=中村隼人、碓井貞光=中村福之助、貞光女房桐の谷=市川笑也 (c)松竹

タイトルにもあるとおり、猿之助は、5役を早替りで勤め、それぞれの役を舞踊で演じ分ける。観る側は「お弟子さんが出てきた。そろそろ小姓に早替りだ。体を幕で隠してる。着替え中だ」と察しがつく。にも関わらず、猿之助が幕の裏に一瞬体を沈め、女童から小姓となり姿を現した瞬間、金時や貞光の「そなたは?!」と(心の中で)声を揃えて驚き、迷いなく大きな拍手をおくっていた。猿之助はもちろん、共演者や後見を勤める全員が作る芝居の力だと感じさせられた。早替りの面白さはもちろん、劇中で「澤瀉屋の顔見世舞踊」と洒落ていた数々の舞踊に、花道の七三での立廻り、舞台を覆う蜘蛛の糸など、幕切れまで目が離せない一幕だった。
■第二部 新古演劇十種の内『身替座禅(みがわりざぜん)』
新古演劇十種とは、五世菊五郎が撰定した9種に、六世菊五郎が『身替座禅』を加えて10種にした、尾上菊五郎家の「家の芸」だ。松羽目の舞台で、恐妻家の山蔭右京(尾上菊五郎)と、奥方である玉の井(市川左團次)の「外出を許す許さない」の愉快な攻防が繰り広げられる。
第二部『身替座禅』左より、奥方玉の井=市川左團次、山蔭右京=尾上菊五郎 (c)松竹
都暮らしの大名・右京は、玉の井が「恐妻」になるのも納得の浮気者。遠方で暮らす恋人の花子が上洛していると知り、なんとか玉の井の目を盗み、会いにいけないものかと画策する。どうにかこうにか「一晩こもって座禅をする」という嘘を押し通すことに成功し、実際の座禅は太郎冠者(河原崎権十郎)に押しつけて、ホクホク顔で逢瀬に向かうのだった……。
第二部『身替座禅』左より、山蔭右京=尾上菊五郎、奥方玉の井=市川左團次 (c)松竹
玉の井の目線になったら、ひどい話だ。しかし現実と切り離された華やかさと軽やかさが、腹が立つのも忘れさせる。夢見心地をひきずり帰宅し幸せいっぱいに惚気る菊五郎の右京を見たら、余程たのしい時を過ごしたに違いない! と想像しニヤニヤしてしまう。身替りとなった権十郎の太郎冠者は、困り顔にも愛嬌があり、客席の笑いをさらう。左團次の堂々たる玉の井はさすがの風格。甲斐甲斐しさも憤怒の形相も爆笑に変える。右近と米吉は、個性は異なりつつも美しく楚々とした腰元を演じ、目と耳を楽しませ、常磐津と長唄が華を添えた。
■第四部 『義経千本桜(よしつねせんぼんざくら)川連法眼館』「四の切」
タイトルに「義経」とあるが、この段の主人公は、中村獅童が勤める狐忠信。意外にも、獅童が歌舞伎座で古典の主役を勤めるのは、今回が初めてだという。『四の切』の狐忠信は十八世勘三郎から教わった役であり、「思い入れがある」と事前取材で語っていた。
舞台は、兄の頼朝に追われた源義経(市川染五郎)が、身を寄せている川連法眼の館。家臣の佐藤忠信(中村獅童)が、義経を訪ねてくる。義経は、忠信に警護するよう命じた静御前(中村莟玉)の様子を尋ねるが、忠信は静御前を預かった記憶はないという。これを聞いた義経は、忠信が寝返り、頼朝と通じているのではと疑う。駿河次郎(市川團子)と亀井六郎(澤村國矢)に詮議するよう命じたところに、静御前が忠信を伴い到着したと知らせがはいる。2人目の忠信の登場に、一同は困惑し……。

第四部『義経千本桜 川連法眼館』左より、亀井六郎=澤村國矢、佐藤忠信=中村獅童、駿河次郎=市川團子 (c)松竹

莟玉は義経の恋人として納得の、愛くるしさとの品の良さ。狐忠信と対峙する場面では、芯の強さも見せた。獅童以外、全員初役という新鮮な顔ぶれ。染五郎は、怒りや哀れみなど感情が発露する場面において、今だからこその本物の若さと役の位の高さを両立させる。團子が腰を深く落とし両腕を広げると、これからの世代ならではの美しさと迫力があった。「超歌舞伎」を獅童とともに盛り立ててきた國矢が抜擢に応え、脇を固める。花道の引っ込みで踏み鳴らす音の大きさに今公演への気合を感じさせた。

第四部『義経千本桜 川連法眼館』左より、源九郎狐=中村獅童、静御前=中村莟玉、源義経=市川染五郎 (c)松竹

獅童は、人に化けた狐ならではの台詞まわしや所作は愛らしく、親への思いを訴える場面では熱く演じる。純白の衣裳からはフリンジのように白い糸の束が垂らされ、ケモノ的な微細な動きも観客に伝える。ラストの躍動感とスピード感は、喜びに溢れていた。久しぶりに歌舞伎座の舞台に、この役で立つことが叶った獅童本人の喜びと重なって見えた。
■桟敷席も視野に入れて、観劇プランを
桟敷席(西)からの眺め。 撮影:塚田史香
現在、歌舞伎座は、一等席と同じ料金で、桟敷席を販売している。従来のように座席でゆっくりお食事を……とはいかないものの、感染症対策により通常ひとつのボックスに対して2名で入るところ、1名のみでの利用できる。ソーシャルディスタンスが気になる方、ちょっと贅沢な気分を味わいたい方はもちろん、これまで「観劇は一人で行きたい。
でも知らない人と、靴を脱いで相席はきつい……」と思っていた方や、「観劇に向いているか心配」という方々にも、お試しのチャンス。新しい生活様式に配慮しつつ、体や心の調子と相談しつつ、『吉例顔見世大歌舞伎』を楽しんでほしい。
第三部『一條大蔵譚』観劇レポートはこちら(https://spice.eplus.jp/articles/278071

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