クリスマスイルミネーションといえば
、パイプオルガン! オルガン奏者 
冨田一樹に聞く

モーツァルトが「楽器の王様」と呼んだパイプオルガン。
コンサートホールでは、オーケストラのバックに豪華な建造物のようにホールと一体となって存在するパイプオルガンだが、その音色を聴く機会は限られており、生音を耳にした人は意外と少ないのではないか。
実際のパイプオルガンは、それ1台でオーケストラ全員分の音を奏でる事も出来、その響きは圧巻の一言! 楽器一つでホールを音の洪水のごとく、音楽で満たす事が出来るのは、やはりパイプオルガンをおいて他にはない。
2016年、日本人として初めて「バッハ国際コンクール」オルガン部門で優勝を飾った、オルガン奏者の富田一樹に、あんなコトやこんなコトを聞いてみた。
ホールと一体となって存在するザ・シンフォニーホールのパイプオルガン
―― 通常、楽器奏者というと、こだわったマイ楽器を持って移動します。その点、オルガニストの皆さまは、行った先の楽器を演奏されるんですよね。ピアノはメーカーが違っても基本的な仕様に違いはありませんが、パイプオルガンはその会場がどんな楽器が待っているか、行ってみないと分からない訳ですよね。
そうですね。ネットや事前情報でパイプやストップの数、手鍵盤が何段あるのかなどはわかっていますが、実際に楽器を触ってみてホールでどんな響きを出すのかは、現地に行かないと分りません。
オルガン奏者は身軽でいいですよ     (c)H.isojima
―― 大変ですね。不安じゃないですか。
マイ楽器を自分で管理する必要もありませんし、身軽ですよ(笑)。オルガン弾きは、与えられた楽器の特徴を読み取って、短い時間の中で設定などを施し、自分のやりたい音楽を表現する事が仕事です。演奏技術だけではなく、対応力や音響的な知識なんかも必要となります。そういう意味では、他の音楽家とは求められるスキルなど、違うかもしれませんね。
―― 日本にはパイプオルガンが1000台以上も有ると、先日もテレビでやっていました。
それだけあっても、同じ楽器は二つとありません。まだまだ弾いたことが無い楽器も沢山あります。どんな楽器に出会えるかは、不安以上に楽しみの方が大きいです。素晴らしい楽器に出会えた喜びは格別です。
―― 素晴らしい楽器と仰いましたが、同じパイプオルガンでも演奏する人によって全然違う音がします。ピアノのようなタッチやペダリングといった演奏技術ではなく、楽器の設定で大きく変わるとお聞きしました。
そうですね。レジストレーションというのですが、ストップ(音の高さや音色を変える装置)を幾通りにも組み合わせて、自分の表現したいサウンドを作りだし、楽器に備わってる記憶装置に覚えこませます。本番中はボタン一つで、覚え込ませた音色を引き出し、演奏する事が出来ます。
ストップの組み合わせで表現したいサウンドを作り出します
―― パイプオルガンの仕組みについて、もう少し教えて頂けますか。
はい。パイプオルガンは笛と同じで、風をパイプに送り込むことで音を出す楽器です。リコーダーを想像してみてください。ふいごと呼ばれる送風機で風を送り込み、風箱に溜め込みます。風箱の上に音の違うパイプを並べて、鳴らしたいパイプに下から風を送り込みます。その風を調整するためにスライダーというものがあり、スライダーが閉じていれば音は出ません。それを動かすために、ストップが存在します。複数のストップを同時に作動する事で、音色を合成する事が出来、単体のストップの音色とは違う変化を楽しめます。またピッチの違うストップを同時に鳴らすと倍音の響きが生まれます。こういった機能を使って、その曲に合ったオリジナルな響きを作りだします。また複数ある鍵盤のうち、この段の鍵盤はこの辺りのパイプから音が出る、というのがあらかじめ決まっているので、それを考慮し、ホールの響きを計算して鍵盤を使い分けています。
鍵盤楽器の様で管楽器。音が減衰しないのが特徴です
―― 鍵盤を使って音を出しますが、管楽器なのですね。ピアノとは違って音が減衰しないので、ハーモニーがピタッと合い、あの重厚で壮大なサウンドが生まれるのですか。ストップや鍵盤の使い方次第で、独自の音楽表現が出来るところもパイプオルガンの特徴なのですね。
そういったオルガンの機能特性を一定時間内でどう引き出し、どんな演奏をするのかを競うものがコンクールになります。もの凄く単純に言っていますが(笑)。「バッハ国際コンクール」では、期間中に4つの会場を廻って、それぞれ違うタイプのオルガンで競うのですが、どの楽器にも記憶装置は付いていません。自分の左右に2人ずつ用意されたアシスタントさんに指示を出して、決めておいたストップの組み合わせなどを再現し、音の変化などを作っていきます。コンクールの課題曲は限られた中から選ばなければならず、似通ったバッハのプログラムをどのように解釈し表現するか、出場者の腕の見せ所となります。このコンクール、おかげさまで2016年に優勝しましたが、想像をしていた以上にハードでした。
コンクール受賞後は国内・海外問わず演奏機会が増えました
―― 日本人がバッハの名を冠した国際コンクールを制覇したニュースは、日本はもとより海外でも、とても大きく報道されました。やはり反響は大きかったですか。
おかげさまで国内はもちろん、海外でも演奏する機会が増えました。色々な楽器を演奏させていただき、気に入った楽器も増えていきましたが、再びその楽器を演奏出来るチャンスは限られています。さまざまな楽器との出会いを大切に、一つ一つのコンサートを誠心誠意、演奏させて頂いています。
―― お忙しい冨田さんですが、この後も色々と違った趣向のコンサートが控えています。いちばん直近は、大阪フィルとサン=サーンスの交響曲第3番「オルガン付」を演奏されます。
大好きな曲です。サン=サーンス自身が「作曲技法のすべてをつぎ込んで作った」と言っている通り、大変な力作です。普段バッハを演奏していることもあり、ポリフォニックな音楽は大好きです。ロマン派の作曲家でありながら、印象派的な和声も入っています。またフーガが色んな所に出てきますが、展開のさせ方がさすがだなぁと思います。そのフーガも古いフーガではなく、フーガ風に見せているアイデアが面白いですし、演奏効果と伝統的な芸術のバランスが素晴らしいと思います。
サン=サーンスのの交響曲第3番「オルガン付き」は大好きです     (c)H.isojima
―― コンサートの会場はザ・シンフォニーホールですが、このホールで「オルガン付き」をやられたことはありますか。
日本センチュリー交響楽団と大阪音大の定期演奏会でやっています。元々、オーケストラは大好きで、頼まれてアマチュアオーケストラを指揮する事もあります。オーケストラでオルガンの交響曲としては、サン=サーンス以外はあまり演奏されませんが、オーケストラの中にパイプオルガンが入った曲としては、レスピーギの「ローマ三部作」やホルストの「惑星」、リヒャルト・シュトラウスの「アルペン交響曲」などがあります。ただ、なかなかそういった曲を弾くチャンスはありません。
―― 冨田さんにオケ中のオルガンを弾いて欲しいとは、オーケストラの事務局も言えないと思いますよ(笑)。
いやいや、ソロで弾くのとは違う楽しさが有るので、機会が有ればやってみたいです。
―― スケジュール順で言えば、その次は宝塚ベガ・ホールのリサイタルです。こちらは入場料無料の事前申し込み制になっています。
兵庫県域における音楽活動を評価して頂き、令和元年度「坂井時忠音楽賞」を受賞しました。コチラはそれを記念したリサイタルです。
―― ベガ・ホールのパイプオルガンの魅力を教えてください。手元のデータでは、パイプの数1468本、ストップの数24となっています。
スイスのクーン社製です。決して大きくはありませんが、ホールの大きさにマッチし、クリアな良い音がします。私が最初に触れたパイプオルガンでもあり、大好きな楽器です。このコンサートでは、バッハを中心としたプログラムをお届けします。大好きなベガ・ホールのパイプオルガンのサウンドをお聴きください。
生まれて最初に触れた、大好きなベガ・ホールのパイプオルガン
―― 12月に入るとすぐに、ザ・シンフォニーホールの「クリスマスオルガンコンサート」が開催されます。大阪でパイプオルガンというと、このホールを思い浮かべる方も多いと思います。パイプの数は3732本、ストップは54。ここのオルガンはどんなところが魅力でしょうか。
こちらもベガ・ホールと同じ、スイスのクーン社製の三段鍵盤を持った見事な楽器です。ホールの響きが豊かで、パイプオルガンが心地良く聴こえると思います。「クリスマスオルガンコンサート」は2017年にやらせて頂きました。これまでにも何度か演奏する機会も有ったので、コチラの楽器は随分手に馴染んでいます。音を補強するアイデアなんかを試して来たこともあり、弾いていて楽しいです。今年のプログラムは、クリスマスらしい華やかな作品を並べてみました。3種類の「アヴェ・マリア」やバッハ「G線上のアリア」、クラークの「トランペット・ヴォランタリー」といったお馴染みの曲や、讃美歌を編曲したものに加え、ぜひこの楽器で皆さまにお聴きいただきたい、バッハの「前奏曲とフーガ ハ長調」も取り上げます。パイプオルガンの魅力を十分感じて頂けるコンサートになると思います。
大阪を代表するザ・シンフォニーホールのパイプオルガン
―― 12月12日には岐阜のサラマンカホールでコンサートがあります。YouTubeでカウンターテナーの村松稔之さんと一緒に演奏されていた映像を拝見しました。このホールのパイプオルガンはパイプが2997本、ストップの数が45、三段鍵盤だそうですね。楽器の魅力と、コンサートの聴き所を教えてください。
北ドイツのバロック様式にスペイン様式を組み込んだ珍しいタイプの美しい楽器です。スペインのサラマンカ大聖堂のオルガンを修復した辻宏さんのアイデアが活かされた楽器で、バロック的な音色を作りやすいように工夫されています。6月にYouTubeの収録で初めてホールを訪れましたが、本当に美しいホールですし、ここの楽器はとても気に入っています。コンサートでは、クリスマスを意識したオール・バッハプログラムをお届けします。この時期に歌われる讃美歌を編曲したものや、グノーの「アヴェ・マリア」、バッハの「G線上のアリア」、幻想曲とフーガト短調「大フーガ」など、パイプオルガンの醍醐味を味わって頂けるはずです。
北ドイツのバロック様式にスペイン様式を組み込んだ岐阜サラマンカホールのパイプオルガン
―― そして、12月19日にはミューザ―川崎でコンサートをされます。私も何度か行ったことがありますが、こちらのパイプオルガンも大層立派ですね。パイプの数は5248、ストップは71、手鍵盤は4段あり、スイスのクーン社製。これは日本でも有数の大きさでしょうか。
そうですね、バロックから現代まで、あらゆる音楽に対応可能な見事な楽器です。このコンサートでは、バッハの華やかな名曲からクリスマスにちなんだコラールまでをお聴きいただくだけではなく、バロック楽器による弦楽アンサンブルやバロックオーボエと共に、バッハやマルチェッロのオーボエ協奏曲なども演奏します。
実はバッハのオーボエ協奏曲は、第1楽章の9小節目までしか現存していません。第1楽章と第3楽章は似通ったカンタータが有って、それを置き換える事で復元が可能ですが、第2楽章は復元が出来ないと言われています。そこで今回、第2楽章はこんな感じだったのではと、私がゆったりとしたテーマを元に、バッハ風の曲を作曲したものを演奏します。以前、一度だけ演奏したことがありますが、その時は大変評判が良かったです(笑)。オーボエ協奏曲では、ステージ上で小さなポジティフオルガンを演奏します。大、小パイプオルガンの聴き比べも楽しいと思います。
日本有数の大きさを誇るミューザ川崎のパイプオルガン
―― チラシにはバッハのオーボエ協奏曲(冨田一樹による補筆版)と表記されています。これは聴き逃せませんね。日本にはココ以外にも、サントリーホールや京都コンサートホール、東京芸術劇場など、大きなパイプオルガンを擁するホールがありますが、冨田さんがお気に入りのパイプオルガンと言うと何処になるでしょうか。
それは難しい質問ですね(笑)。最初にも言いましたが、パイプオルガンは同じものは二つとありません。それぞれに魅力があり、これは得意だけどこれは出来ないなどといった風に、特徴が違うので、比べる事は難しいです。しかし、そんな事を踏まえて、神戸松蔭女子学院大学のチャペルに有る楽器は、バロック志向で出来ているのですが、調律がミーントーン(中全音律)という平均律ではない古典調律になっていて、凄く素敵です。どちらかと言うとバッハよりも、もう少し古い作曲家の作品に合うと思います。過去に2度演奏させていただき、その宣伝のためにYouTube用に撮影もしましたが、弾いていて幸せを感じました。またぜひ弾かせて頂きたい楽器です。
パイプオルガンの出会いは人の出会いと同じ、一期一会
―― 冨田さんはコンサートにはよく行かれますか?
勉強のためにたまに行くことはありますが、あまり行きませんね。音楽はCDで聴くことの方が多いです。すみません、自慢になって嫌な奴みたいで恐縮ですが、オルガン曲は自分の演奏が一番だなって思っておりまして(笑)行く必要は無いかなと…。なんて傲慢なって声が聞こえてきそうですが、ただ、それくらいの自信を持っていないと、人に自分の音楽なんか提供してはいけないと思っています。それくらいの思いで音楽に取り組んでいるという姿勢も大事だと思います。
プロである以上「オルガン演奏では自分が一番!」と自信を持つ事は大切です     (c)H.isojima
―― プロフェッショナルとしては当然だと思います。冨田さんは現在おいくつですか。この後、どうなりたいと思われているのでしょうか。
32歳です。やはりオルガニストとしてやっていこうとは思っていますが、教える事にも力を入れていければと思っています。また、現在でも時々やっていますが、BGMとして映像に音楽を付けるような作曲の仕事もしていきたいですね。あと、室内楽や古楽を常時演奏できるように、古楽の団体を立ち上げる事も考えています。
現在32歳。色々な事に挑戦していきたいですね
―― 最後に「SPICE」の読者にメッセージをお願いします。
街のイルミネーションが素敵に輝く時期、クリスマスにぴったりな音楽は、まさにパイプオルガンの響きでしょう。冬の寒さに負けない暖かい音色や、祝祭的で華やかな音色をたっぷりとお楽しみ頂けます。プログラムは厳選した名曲揃いですから、きっと気に入る作品も見つけられるはず!皆さまのご来場、心よりお待ちしております。
これからもよろしくお願いします!
―― 冨田さん、長時間ありがとうございました。今後のご活躍を祈っております。
取材・文=磯島浩彰

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