生き抜く強さが心に沁みる、大竹しの
ぶ主演『女の一生』初日前会見&ゲネ
プロレポート

日本演劇史にその名を残す大女優・杉村春子の代表作として名高い『女の一生』が、新たに大竹しのぶを主演に得て、新橋演舞場にて上演されている(2020年11月26日(木)まで)。明治後期から第二次世界大戦終戦直後までの時代を背景に、天涯孤独のヒロイン布引けいが嫁として入った堤家を支え生き抜く姿が描かれる作品で、34歳の若さで亡くなった劇作家・森本薫の最後の作品。「誰が選んでくれたのでもない、自分で選んで歩き出した道ですもの」のセリフもあまりに有名だ。
11月2日(月)初日の前日に行なわれた初日前会見では、まずは主演の大竹しのぶが、「いよいよ明日、幕が上がります。稽古すればするほど本当にいいお芝居だなとしみじみします。昭和20年、戦時中に、どうしてもやりたいと書かれたお芝居で、杉村春子さんがヒロインを1000回近く演じた作品。初演から75年経った今も、皆様の心に深く残るように、こういう状況だからこそ、劇場っていいなと思ってもらえるよう頑張ります」とあいさつ。堤家の次男栄二役の高橋克実は、かつら姿での登場に、「わかりにくいと思いますが高橋克実です」と笑いを誘う。ちなみに今回着用するかつらは4パターンあるとか。堤家の長男伸太郎役で演出も兼ねる段田安則は、「3割打っている4番バッターの中で、2割そこそこの私がどう演出できるのか、緊張で身長も縮んでしまいました」と重ねて笑いを誘い、「そんな芝居じゃない」と大竹に突っ込まれる場面も。堤家を見守る章介叔父さん役の風間杜夫は、森本薫のすばらしい作品を、伝説の舞台女優になっていくであろう大竹しのぶが見事に演じ切ります。段田さんのデリケートな演出も評価されると思います」と期待を抱かせるコメントを。伸太郎、栄二の母しず役の銀粉蝶は、「『女の一生』を読んでみて、すぐにはおもしろいとはなかなかわからなかったのですが、戦時中に上演された話など背景を知っていくうち、実際の脚本よりも分厚いものを感じるようになってきました」と作品の魅力を語る。伸太郎、栄二の妹ふみ役の宮澤エマも、「初めて出演する和物作品で、稽古場から勉強の日々でした。この作品のもつ、どんな状況下にあってもエネルギーをもって生き抜く生き様に、演じても観ていてもものすごく活力を感じます」と重ねてその魅力を。堤家の姉妹と仲良しの野村精三役を演じる林翔太は、「こんなにすてきな作品で豪華キャストの皆さんとご一緒できて夢のよう。僕の財産になると思っています」と抱負を語った。
(左から)高橋克実、銀粉蝶、段田安則、宮澤エマ、風間杜夫
杉村春子の代表作に挑むことについて問われ、大竹は、「演じ続けたいと思われたという意味が本当によくわかる、すばらしい戯曲で、私だけでなく、皆にいいセリフがたくさんあるので、その言葉を伝えたいなと思っています。いいお芝居を伝えられるという喜びが大きいですね」と意気込みを。演出の段田も、「今回新しく大竹しのぶが布引けいを演じますが、16歳から60歳前までをしっかり演じられる人は彼女くらい」とその演技に太鼓判を押す。演出家・段田安則について、キャストは、「昨日も夜遅く、克実さんの楽屋からセリフを言っている声が聞こえてきて、段ちゃんが演技指導していて。細やかなところまで演出してもらえるのでとても楽しい」(大竹)、「ダメ出しを出された量が、自分が群を抜いて一位だった」(高橋)、「段田さんも大変難しい役を演じているのに、ご自分の芝居は完璧で、自主トレされているんでしょうね。その合間に人の演出もするわけで、ひたすら感心しております。見事に役者と演出家をやり通しました」(風間)、「鋭く繊細で細やかな演出をしていて、ひゅっという鋭い目線を感じていましたが、役上、母と息子として接するときはちょっと弱い息子のかわいらしさを感じました」(銀粉蝶)、「すごく優しくて、こちらの気持ちをいたわってくださる。と思いつつも、嘘を絶対見逃してくださらなくて、そういうときは絶対に指摘される」(宮澤)、「セリフの言い方を本当に細かく一つひとつ指導してくださって、段田さんのおかげで林翔太の野村精三ができたと思う」(林)と感想を述べていた。ヒロインけいは夫伸太郎と不仲になってしまうのだが、「夫婦仲が悪くて、愛がないけれども、その心情がすごくわかります。こうやって生きている夫婦っていっぱいいるんだろうなと思うし。夫婦であり続けること、そうやって人生を続ける意味を感じて。いい芝居ですよね。それぞれが皆、人生を抱えていて、それがすてきで。そのセリフに泣かされますね。泣かされるセリフばかりです」と、作品の奥深い魅力を語る大竹だった。

ゲネプロでは、休憩前までの第一幕(戯曲上は第三幕まで)が公開された。――昭和20(1945)年10月。焼跡で久々再会するけい(大竹しのぶ)と栄二(高橋克実)。そこから時間は明治38(1905)年へと巻き戻る。町が旅順陥落に湧く中、母しず(銀粉蝶)の誕生日を祝う堤家に、天涯孤独のけい16歳が迷い込んでくる。行き場のない彼女に同情を寄せる堤家の人々。けいは堤家に身を寄せることとなり、快活さと働き者ぶりとで一家に欠かせない存在となっていく。けいと次男栄二はひそかに思いを寄せ合っていたが、長男伸太郎(段田安則)の跡取りとしての不甲斐なさを案じたしずによって、けいは伸太郎の嫁となることに。持ち前の才覚で家業を切り盛りするようになったけいだが、夫との間に次第にすきま風が吹くようになり――。
(左から)高橋克実、大竹しのぶ
おぼこいおさげ髪の16歳、娘らしくはつらつとした魅力を開花させる20歳、そして一家の女主人としてたおやかかつ堂々たる存在感を発揮する26歳と、女の一生のそれぞれのフェーズを演じ分ける大竹しのぶがすばらしい。「子供が女になるというのは毛虫が蝶々になるようなものだ」と劇中のセリフにあるが、その言葉を見事裏打ちするようなあざやかな変化を見せる。けいは、拾われたことに対する恩義から、堤家に一心に尽くすのだが、そんな彼女の献身は夫伸太郎との間に隔たりを生んでしまう。その隔たりを視覚化した戯曲上第三幕の演出が印象的である。明るく照らされた座敷の中央にけいがいて、人々の間で華やかさを振りまく一方で、伸太郎は座敷の外の暗い縁側に一人うなだれて座っている。段田安則演じる伸太郎は、けいに心ひかれつつも、自信のなさもあって、どこか歩み寄れない男の弱さ、せつなさを表現してみせる。光と影、その陰影が象徴的に示されたこの場面から、この幕ラストを飾るかの名セリフ、「誰が選んでくれたのでもない、自分で歩き出した道ですもの。間違いと知ったら自分で間違いでないようにしなくちゃ」へと進んでいく。
(左から)大竹しのぶ、段田安則
堤家を見守り続ける章介叔父さんを演じる風間杜夫の存在も大いに効いている。章介の発する言葉には、人の心を見透かしているようなシニカルさがあり、その鋭さにときにドキッとさせられる。白いスーツをダンディに着こなした彼は、女性として、人間として、布引けいという存在、その才覚を認めている。一筋縄では決して行かないけいの人生の旅路にあって、章介がけいに寄せる温かな眼差しと理解とは救いとなる。
大竹しのぶ
生きていく上でまったく迷いのない人間などいないだろう。そんな人間が、自分の人生を「間違いでないように」きっちり生き抜きながらも、他者の人生をもきっちり尊重して生きること、その難しさと大切さとが、珠玉のセリフのうちに描かれたこの作品。劇作家・森本薫の、心に響く言葉の数々を、今、大竹しのぶをはじめとするキャストの肉体を通して受け止められることの喜びを味わい尽くしたい舞台である。
(前列左から)風間杜夫、高橋克実、大竹しのぶ、段田安則(後列左から)林翔太、銀粉蝶、宮澤エマ
取材・文=藤本真由(舞台評論家)

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