BBHF ひとりの人間の生き方を丹念に
描いた『BBHF1 -南下する青年- 』に
新たな命を吹き込む、アルバム再現ラ
イブをレポート

BBHF LIVE STREAMING -YOUNG MAN GOES SOUTH-

2020.10.25
音楽に「温度」はない。だが、BBHFが10月25日に開催した配信ライブ『YOUNG MAN GOES SOUTH-』は、たしかに温度を感じられるようなライブだった。
9月2日にリリースした2ndフルアルバム『BBHF1 -南下する青年- 』の完全再現ライブだ。アルバムは、主人公である“青年くん”が、北から南へと向かう大きなストーリーが描かれる。小説をイメージしたというその2枚組のアルバムはDisc1・Disc2を<上・下>と呼び、全17曲が収録されているが、この日のライブではその全曲を収録曲順に披露した。バンドの故郷である北海道の札幌芸術の森アートホールというバンド史上最大のアリーナ会場を舞台に、映像監督には前身バンド・Galileo Galileiの元メンバー・岩井郁人も参加。俳優やダンサー、ゲストミュージシャンも迎えた豪華布陣で作り上げたライブは、この状況下に開催が難しかったアルバムツアーに替わるものとして、一回限りの配信ライブだからこそ実現した形と言っていいだろう。それは、ひとりの人間の生き方を丹念に描いた『BBHF1 -南下する青年- 』という作品に、新たな命を吹き込む再現ライブだった。
開演15分前。会場の設営の様子を定点カメラで捉えた映像が流れはじめた。時間が経つと、また違う映像が加わっていく。海を見つめる青年、躍動するダンサー、ぴったりと寄り添い合う女性たち、作業に没頭するデザイナー。10分前からカウントダウンがはじまった。いよいよライブが幕を開ける、そんな予感に胸が高まるなか、映像は会場へ切り替わった。
井上嵩之
様々な機械に電源が入り、尾崎雄貴(Vo)の第一声で1曲目「流氷」がはじまった。重々しいバンドサウンド。暗めに落とした照明。広いアリーナ空間の中央にドラム台を置いた尾崎和樹(Dr)を囲み、雄貴、DAIKI(Gt)、佐孝仁司(Ba)が立っていた。足元は六角形のステージだ。ふっと画面が暗転すると、次の瞬間佐孝がウッドベースを奏でた「月の靴」へ。幾重にも声を重ねたコーラスワークが深遠な雰囲気を作り上げるなか、井上嵩之が演じる本作の主人公である青年くんがぽつんと佇んでいた。サックスプレイヤーの高橋茅里を迎え、ダンサーの大渕水緒が身体でその歌詞を代弁するように踊った「Siva」では、和樹が叩くボンゴのリズムと柔らかなシンセが美しく溶け合った。電子音と生楽器、クラシックとトレンド、洋楽っぽさと邦楽っぽさ。BBHFが鳴らすバンドサウンドはジャンルで括ることはできない。だが、ひとつ言えるのは、彼らは音楽史のなかに現れた突然変異体ではないということだ。無邪気で自由なリスペクトと継承の果てに成熟させた自分たちだけの音楽。それは、この『BBHF1 -南下する青年- 』という作品で、ひとつの到達点に達していた。

BBHF・尾崎雄貴
BBHF・DAIKI

序盤のハイライトは「N30E17」だろう。居場所を見つけられない不安定な心を投影するような寂しげな音像。大きく刻んだリズムに合わせて、会場の照明がゆっくりと点灯した。やがて躍動感あふれるサウンドへと展開していき、青年の「南を目指す意思」が力強く歌われる。
“すべての負債を 後ろに乗せて 南へ下る 南へ下る 生きるために”
それは逃避行か、新たな旅立ちか。激しく明滅する光のなか、物語は大きく動き出した。DAIKIのエレキギターがメロディと戯れるように弾んだ「リテイク」、ピンク、イエロー、水色といった光がクラブライクな空間を作り上げた「とけない魔法」、疾走する和樹のドラムが煌めくバンドサウンドをリードした「1988」。楽曲ごとに、雄貴、和樹、DAIKIの3人がシンセやサンプリングパットなど、楽器を目まぐるしく変えながらライブは進んだ。同時に、アルバムのテーマも浮き彫りになっていく。変わらされること、変えたくないこと、変わらずに続いていくこと。一貫して曖昧模糊とした感情が歌われていく。そんな前編を締めくくったのは、夜明けを彷彿とさせるSEにのせて、青年くんが朗読する「南下する青年」だった。落ち着いた声のトーン。感情に訴えるのではなく、淡々と口にした“続けるんだ”という言葉を結びに、物語は後半へ向かう。
BBHF
緑の光が会場を包み込んだ。野性的なリズムによって密林に迷い込んだような「鳥と熊と野兎と魚」からは、音の「湿度」がぐっと上がった。女性コーラス・Furui Rihoを迎えて、雄貴のボーカルとクールに絡み合った「僕らの生活」や「疲れてく」へ。そのサウンドが徐々に温かみを帯びていくと、南下する青年の物語も佳境だ。歌われるのは、“君”との関係のなかで感じた気づき、あるいは、変化させられる自分自身。歌のなかの“君”とは、大切な人をさすのかもしれないし、バンドにとっての音楽かもしれない。聴き手によっては、夢や誇り、生きがいなども当てはめられると思う。青年の物語は、あらゆる想像の余地を残して、ただひたすら「南」を目指していた。
BBHF・佐孝仁司
BBHF・尾崎和樹
トロピカルなサウンドが南国気分を感じさせる「フリントストーン」は、音源とは異なるノンストップなアレンジで「YoHoHiHo」へとつないだ。海賊たちの歌を思わせる陽気なポップナンバーのあと、最後に辿り着いたのは「太陽」だ。抑圧と開放を繰り返す力強いロックナンバーに導かれるように、青年くんが再び佇んでいた。ただ、見た目は同じ青年くんだが、最初とは違う意図をもって存在しているのではないかと思った。そこにいるのは、変えさせられたこと、変わりたくないこと、それを積み重ねた日々を経て、ここまで生き抜き、答えを導きだした青年くんだからだ。最後は、ミラーボールが無数の光を放つ美しい光景に包まれて、ライブは幕を閉じた。画面が暗転し、再び会場が映し出されたとき、もうそこにメンバーはいなかった。
高橋茅里

BBHF

コロナ禍という状況のなかで、BBHFが無観客の配信ライブを行なったのは今回で2回目になる。演出の細部にまでこだわり、いましかできないやり方を追求したこの日は、最高に素晴らしいライブだったと思う。だが、もし、これをお客さんと共に作り上げていたら、とも想像してしまう。「月の靴」の美しさに息を呑み、「クレヨンミサイル」や「僕らの生活」で客席が優しく揺れ、「疲れてく」ではハンドクラップが湧いたかもしれない。「太陽」の美しいクライマックスに大きな喝采が贈られただろう。正直、そういうライブも見たかった。そのライブが素晴らしければ、素晴らしいほど、またいつか、BBHFの音楽が再び大勢のお客さんのなかで鳴る日がくることも願わずにはいられないのだ。

文=秦理絵

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