unratoプロデュース朗読集『ヴィヨン
』霧矢大夢&稲葉賀恵に聞く〜「太宰
治『ヴィヨンの妻』に、芥川龍之介、
谷崎潤一郎と文豪が遺した珠玉の言葉
で構成した朗読劇

このコロナ禍、オンラインを駆使した演劇公演が活況を呈している。その影に隠れてはいるが、こちらも増えているのが朗読劇。頻繁に集まれない、対面できないなどの条件が拍車をかけているのだろうが、そのことで過去の名作にスポットが当たるきっかけにもなっている。『I DO! I DO!』『受取人不明ADDRESS UNKNOWN』などバラエティに富んだ名作を手がけているunratoによる朗読集『ヴィヨン』では、太宰治の「ヴィヨンの妻」をベースに、芥川龍之介「藪の中」、谷崎潤一郎「刺青」と、文豪が遺した珠玉の言葉で構成した新たな台本をク・ナウカシアターカンパニーの司田由幸が手がけた。家の外に出て、社会に触れ、変容していく女と、彼女を取り巻く3人の男たちの姿を美しい日本語と、想像力を喚起するシーンでつづっていく。演出の文学座・稲葉賀恵、“女たち”を読む元宝塚歌劇団トップスターの霧矢大夢に聞いた。
――とても興味深い台本ができ上がりましたね。そのあたりの経緯を稲葉さん、説明していただけますか。
稲葉 まずプロデューサーさんからお声がけいただいたときに、私がどんなものに興味があるか聞いてくださったんです。コロナ禍の自粛期間中、私は版権の切れた小説などを青空文庫で読み漁るみたいなことをずっとしていて。そして「ささやかなことばの展覧会」と題し、詩の朗読を映像作品にしたり、大好きだった谷崎の「刺青」をオーディオドラマにしたりしていたんです。それを聞いていただいたのと、太宰の「ヴィヨンの妻」も好きです、芥川の「藪の中」も好きですと、すごくざっくりしたお返事をしたことがこの企画のきっかけになりました。台本を手がけてくださった司田さんとは初めてお会いしたんですけど、どれも代表作すぎる小説だから、ドラマチックに現代風にしたりといった小細工をするより、ただミックスしてみた方が面白いんじゃないかという話になったんです。
稲葉賀恵 撮影:交泰
――ある意味、贅沢な試みです!
稲葉 そうですね。そのときに、私が「昭和の文豪の女性の描き方はひどい」というようなことを言ったんですよ。そしたら司田さんが「それは面白いですね。じゃあ加害者と被害者という目線からそういうことを考えてみましょう」と提案してくださったんです。加害者というのは、朗読という台本を読まされているというルールと、男が女に強いている、女が強いられているという物語の構造とを合致させてみようということです。それをまた司田さんが見事にそれぞれの作品のいいところを取ってくださって、朗読劇の構造を新しい目線で見つめるような台本ができ上がった。めちゃくちゃ難しいですけどね(笑)。でももしかすると、すごく新しい、見たことがないものができるのではと可能性を感じています。
――霧矢さん、読んだ感想はいかがでしたか?
霧矢 「ヴィヨンの妻」を柱に、谷崎さん芥川さんの小説がうまいことミックスされているんです。さらに私が一人で読む太宰さんの「十二月八日」もある。最初は「ヴィヨンの妻」のストーリーを追って読んだから混乱しましたけど、「これ、普通の朗読劇じゃないぞ」という思いになり、より興味が湧きました。お稽古が始まってなぜこういう台本になったのかを稲葉さん、司田さんに話していただくのがすごく楽しみでした。だから逆に自分の感じたイメージで決めつけてはいけないなって。
霧矢大夢 撮影:交泰
――霧矢さんとのお仕事はいかがですか?
稲葉 私、宝塚歌劇が好きなんですよ。現役時代の霧矢さんも拝見していて、お芝居が上手な方という印象を持っていました。霧矢さんがご卒業されてからの作品は拝見できていなかったのですが、unratoさんで霧矢さんが主演された『ルル』のDVDは拝見しました。でも最初にお仕事をしたときに、わかることがいっぱいあるじゃないですか。今回ご一緒させていただいて感じたのは、すごく自然体の方だということ。何にでも変容することにまったく臆さない方なんですよね。そのことが演出者をどれだけ勇気づけることか。霧矢さんが今回のような女性の役はやったことがないとおっしゃったので、それは「シメた」と思いました。ご本人とかけ離れている役の方が面白いと思っているので、より楽しみになりました。
――稲葉さんの演出はいかがです?
霧矢 うれしいですね。稲葉さんは体力もパッションもおありで、どんどん意見も受け付けてくださるけど、やりたい方向性もしっかりお持ちになっているから、非常にクリエイティブな作業がしやすい演出家さんです。新たな出会いといいますか、言葉とか作家の思いにしっかり向き合う機会をいただけて、すごくうれしく思います。また改めて朗読ではなく普通のお芝居でお目にかかれたらいいなと、その先の可能性を期待させてくださるような方です。って、まだ終わってないんですけど(笑)。
――この台本をつくる過程には、霧矢さんのイメージはあったんですか?
稲葉 はい、司田さんは霧矢さんが“女たち”の役を読まれることをすごくイメージして書かれたと思います。「霧矢さんがやるんだよね」と何度も話していました。やっぱりご自身とのギャップというか、役としてもどう変化するかがポイントなんですよ。どこでどう変化するのか、どれだけ変化するのか。だから、先ほども申し上げましたが、そのギャップこそがより飛躍できる可能性があるということを司田さんも意識して書かれていたんじゃないかと思うんです。
稲葉賀恵 撮影:交泰
霧矢 今はひと場面、ひと場面、じっくり本読みをしてつくり上げている最中ですけど、最初に台本を読んでいたころと比べ、主人公は私が思っていたような儚い、弱い女性では全然ないなと思っています。戦前から戦後の、奥ゆかしい、貞淑な女性像を出せるかなあと心配していたのですが、一人の人間としてどんどん開花していくんですよね。そこに面白みを感じていて、だからこそ自分の勝手なイメージに当てはめないで、稲葉さんや司田さんのつくろうとされている世界に柔軟に染まれればと思っています。
――しなやかで色っぽいですよね、この若い奥さんは。
霧矢 昔の文学という言い方もどうかと思いますが、いわゆる文豪の方々は生々しく、ありありと眼に浮かぶような直接的な表現はせず、これにたとえているんだなという部分が色っぽくて、すごく素敵だなと思います。やっぱり男と女って難しいのねということも簡単で浅い表現ではないんですよね。太宰、芥川、谷崎と学校の授業に出てくるような文豪の作品は知っている気持ちになっていても、実は案外読んでいなかったりするじゃないですか。この企画に携わることになって「あれ、この作品は読んでない」と思って読んでみることで、改めてその魅力に気づいています。時を経ても残っている小説たちの素晴らしさ、底力を感じるのでお稽古の時間がすごく楽しいです。
霧矢大夢 撮影:交泰
稲葉 今回の現場はすごくいい環境をつくってくださっているんです。朗読劇となると稽古を2、3回しただけで本番を迎えることも結構あって。でもこの現場は、プロデューサーさんが新しいことを実験したいからとおっしゃってくださって、もちろん時間の制約がないわけではないけれど、俳優の皆さんと納得できる作業ができる時間をちゃんと確保してくださっている。だから、その時間をどう有意義に使えるか、難しい台本ではありますが、その頂の向こうにどんな景色が見えるか、とても楽しみですね。
霧矢 私、朗読劇は初心者なのでまだいろいろわからないこともありますが、お客様にもああなんじゃないかこうなんじゃないかという想像をしていただける、ちゃんと余白を残しておくべきものなんじゃないかと思うんです。それが私にとっても一つの挑戦です。そしてお客様には「ヴィヨンの妻」を読もうとか、「刺青」や「藪の中」を読んでみようと思っていただければいいなと。そう思っていただけるように、拙い自分の身でどれだけ表現できるのかという課題はありますけど、こうした素晴らしい文章にしっかりと向き合い、取り組めることは本当に役者冥利につきますね。
取材・文:いまいこういち

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