歌舞伎座、ウラの感染症対策 『十月
大歌舞伎』観劇&小道具さん取材レポ
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東京・歌舞伎座で『十月大歌舞伎』が、2020年10月2日(金)~27日(火)にかけて上演され、松本白鸚、片岡仁左衛門が出演している。白鸚、仁左衛門ともに、新型コロナの影響による公演中止期間を経て、再開後はじめての歌舞伎の舞台だ。この記事では10月の4演目をレポートする。
さらに記事の後半では、歌舞伎座の感染症対策レポートの第4弾として、歌舞伎の小道具を扱う藤浪小道具株式会社の関慶人(せきけいじん)さんへのインタビューをお届けする。
「小道具方は、役者さんだけでなく、衣裳さん、床山さん、照明さんなど舞台裏のほとんど全てのセクションとつながって仕事をしています。冗談ですが、小道具は“隙間産業”と言われるほどです(笑)」
そんな小道具さんたちが、物や人との接触を絶つことが望まれる今、歌舞伎座の舞台ウラでどのように安全を保ち、お芝居を支えているのか取材した。
■『十月大歌舞伎』観劇レポート
歌舞伎座では、感染症対策の一環で、8月、9月に続き1日四部制を採用し、各部ごとに観客もスタッフも総入れ替えしている。客席数は、10月もなお50%以下におさえ、前後左右が空席となる。
第一部『銘作左小刀 京人形』
第一部『京人形』左より、左甚五郎=中村芝翫、京人形の精=中村七之助 (c)松竹
“〽祇園守で病いを鎮め 以前の賑い木挽町”と、今ならではのキーワードを盛り込んだアレンジの常磐津で幕が開く。主人公は、左甚五郎(中村芝翫)。甚五郎は、彫物の名匠として知られ、落語にも、彫った木彫りのねずみに命が宿ったという噺がのこっている。「京人形」の甚五郎は、一目惚れした花魁の小車太夫を彫り上げる。できあがった京人形(中村七之助)の懐に、太夫の鏡を忍ばせると、人形は命が宿ったように動き出し……。
甚五郎は、人形と廓遊びごっこをはじめる。芝翫の甚五郎のおおらかさ、それに付き合う女房おとく(市川門之助)のノリの良さが微笑ましい。七之助は、甚五郎の魂の宿った人形のぎこちなさと、花魁のしなやかさ、艶やかさを行き来し、観客を笑わせたかと思えば、美しさでため息を誘ったりと盛り上げる。後半は、左甚五郎の“左”という名前の由来となるエピソードが、彫り物師ならではの立廻りで披露される。常磐津、長唄、附打、そして俳優が舞台を踏み鳴らす音に観客の拍手が加わり、華やかさと賑やかさで充実した一幕だった。
第二部『双蝶々曲輪日記 角力場』
第二部『双蝶々曲輪日記 角力場』左より、放駒長吉=中村勘九郎、濡髪長五郎=松本白鸚 (c)松竹
『九月大歌舞伎』に続き『双蝶々曲輪日記』の演目が上演される。今月は、全九段のうち二段目にあたる『角力場』だ。大関の濡髪長五郎(松本白鸚)に、素人相撲の若者・放駒長吉(中村勘九郎)が大番狂わせで勝利する。放駒はよろこぶが、実は濡髪には思うところがあり、放駒にわざと勝ちを譲っていた……。
白鸚による濡髪は、角力小屋の木戸があき、その姿がみえた瞬間、客席がワッと盛り上がる存在感を示した。御贔屓の与五郎(勘九郎/二役)や放駒との対話から、真っすぐな人となりをも感じさせる。勘九郎は溌溂とした放駒と、柔らかみのある与五郎の二役を演じ分ける。対照的な二役だが、共通して愛嬌と明るさが感じられ、このお芝居を、より楽しいものにしていた。
通常の演出では、角力小屋の入口横に番台が設えられ、大勢の見物客が一斉に出入りする。今回は感染症拡大防止対策として、小屋の裏手の楽屋口という設定に変更。客が殺到することはない。その代わり、壁の向こうから聞こえてくる大きな歓声が、場内の盛り上がりを伝える。芝居の世界観を変えることなく、安全を保つ配慮を感じた。このような工夫によって、今後上演できる演目も増えるのだろう。
第三部『梶原平三誉石切 鶴ヶ岡八幡社頭の場』
第三部『梶原平三誉石切』左より、六郎太夫娘梢=片岡孝太郎、青貝師六郎太夫=中村歌六、梶原平三景時=片岡仁左衛門 (c)松竹
源平時代の鶴岡八幡宮が舞台。青貝師の六郎太夫(中村歌六)と娘の梢(片岡孝太郎)が、家宝の刀を買い取ってほしいと現れ、景時が鑑定を引き受ける。
所作の美しさから目を離せない刀の検分、六郎太夫親子の涙を誘うドラマ、二つ胴の試し斬りや、派手やかな羽左衛門型による手水鉢の一刀両断など見どころは尽きない。その中で、今回ならではの喝采を聞いたのは、幕開きだ。通常は花道から登場する景時が、定式幕が開き、浅葱幕が落ちた瞬間そこにいる! というサプライズ。感染症対策として、上演時間の短縮や演者と客席の距離の確保への配慮なのだろう。久しぶりの舞台にたつ仁左衛門の、眩しいばかりの美しい立ち姿に拍手がおくられ、舞台と客席に一体感が生まれた。
第四部 映像✕舞踊 特別公演『口上』『楊貴妃』
第四部『口上 楊貴妃』楊貴妃=坂東玉三郎 (c)松竹
登場するのは、坂東玉三郎ひとり。前半は『九月大歌舞伎』と同様の構成で『口上』からはじまる。歌舞伎座の舞台裏のうち、先月は見られなかったエリアを玉三郎がガイドする。後半は舞踊『楊貴妃』が、映像を取り入れた演出で上演される。絶世の美女・楊貴妃は、玄宗皇帝の心を奪い、国を乱す原因をつくったとして殺される。楊貴妃への思いを断ち切れない皇帝は、方士(市川中車/映像)を、冥界の楊貴妃(玉三郎)のもとへ遣いにだすのだった……。
楊貴妃は紗幕ごしにあらわれる。玉三郎と観客の間に垂れた紗幕は、光を帯び、舞台と客席を遮るよりむしろ、その境界や現実と夢の境界を曖昧にする効果を生んでいた。玉三郎は、歌舞伎、能楽、そして京劇の技巧を取り入れ、繊細で研ぎ澄まされた舞踊を披露する。研ぎ澄まされたと言っても硬質さは一切ない。玉三郎は、非現実的なほど柔らかく、うっとりするような光を放ち観客を魅了した。
藤浪小道具株式会社 関慶人インタビュー
■「役者さんの“やりたい”に応えたい」舞台裏の小道具さんの感染症対策
ーー舞台上には、大道具と小道具があります。どこからどこまでが、歌舞伎の小道具さんのお仕事なのでしょうか。
おおまかに、舞台上に飾られているもののうち、引っ越しで持っていけるようなものは小道具。役者の手に触れるものも小道具と言われています。たとえば舞踊『京鹿子娘道成寺』の舞台には、「鐘供養」と書かれた立札があります。これは大道具です。でも『一谷嫩軍記~熊谷陣屋』で熊谷直実が引き抜く制札は、役者が触る小道具です。筆一本から、刀、身に着けるものでは、鎧は小道具。毛を結い役者さんにかけるまでは床山さんの仕事ですが、烏帽子は小道具。花魁の簪(かんざし)は通常は床山さんですが、『忠臣蔵』七段目でお軽が落としてしまう簪は、いまは小道具が用意し、床山さんに預けています。​
関慶人さん。藤浪小道具株式会社の創業は1872年(明治5年)。関東大震災や東京大空襲の戦火からも歌舞伎の小道具を守ってきた。
ーー各セクションとの連携が欠かせないお仕事ですね。8月以降の変化についてお聞かせください。
何をするにも「非接触」を心掛けています。人との接触を減らすため、四部制にあわせてスタッフは顔を合わせることなく四交替で対応し、自宅と歌舞伎座の直行直帰につとめています。以前なら開演間際まで、舞台で確認作業をしていました。今は役者さんが舞台にくる前にスタンバイを終え、小道具部屋で待機しています。
小道具部屋はちょっとした工具を借りたり、修理の相談にきたり、色々な方が多く出入りして、割とにぎやかな場所なのですが、今は入口に「入室禁止」と張り紙をしています。普段の感覚で、パッと入ってくる方はまだまだいらっしゃるので「ダメダメ!」「そうだった!」なんてやりとりをしていることもあります。
ーー複数の俳優さんが手にする小道具もありますよね。管理にご苦労されているのではないでしょうか。
はじめに悩んだのは、水分を含むアルコールを噴霧できない小道具の消毒でした。たとえば紙製の扇子や造花などです。松竹さんが医療用の滅菌装置を導入され、楽屋の一室が滅菌部屋になりました。小道具だけではなく、衣裳やかつらを並べて装置を起動し、紫外線で消毒します。起動中は室内に人が入ってはいけないということで、我々は準備したら大急ぎで部屋を出て(笑)。​
紫外線照射殺菌装置「UV-C 紫外線照射システム」。※耐性菌、結核菌等の細菌や新型コロナウイルスに対しても有効と考えられ、都内総合病院、国内の大学病院でも導入されている。
ーー各部門との細かなやりとりは、どうされていますか?
手渡しにならないよう、楽屋口に小道具受け渡し用の箱を置き、人のいない時間に物を置き、我々がいないタイミングでお弟子さんなどが受け取りにこられます。たとえば9月の第三部『双蝶々曲輪日記 引窓』に出演された菊之助さんは、10月に名古屋の御園座で『連獅子』に出演されています。『連獅子』を演じる役者さんは皆さん必ず、前の月のうちに、手にもつ獅子や、しころ(手獅子の後ろについている、マフラーのように長い布)の具合を確認されます。今回は、まず手獅子を、受け渡しの箱に入れて引き渡し、確認いただいて電話やメールで調整の内容を連絡いただき、箱に戻ってきた獅子を縫製して……と。苦労はありますが、役者さんたちも現状を理解され、積極的にご協力くださいます。
小道具のスタッフ同士のやり取りも、対面では行いません。図面だけでなく実際の現場を写真に撮り、メールなどで共有しています。
小道具の位置を図面をもとにスタンバイする。
『八月花形歌舞伎』『与話情浮名横櫛 源氏店』のお富の座り位置。実際の写真を残し、スタッフ間で情報を共有。
ーー8月の『与話情浮名横櫛 源氏店』では、お富のお化粧道具が、ソーシャルディスタンス仕様になっていたことが話題になりました。
片岡亀蔵さんのアイデアで、距離をとるために化粧の筆の柄を伸ばしたいと。亀蔵さんとはコクーン歌舞伎や平成中村座などでご一緒していますからおっしゃる意味は分かるんですが、古典の演目でやったことがないことでしたので……戸惑いました(笑)。​
『八月花形歌舞伎』『与話情浮名横櫛 源氏店』左から、片岡亀蔵、中村児太郎。筆の柄が長い!劇中では舶来品という設定に。 (c)松竹
令和2年『八月花形歌舞伎』『与話情浮名横櫛 源氏店』左から、片岡亀蔵、中村児太郎。距離を保ちながら、おなじみの展開へ。 (c)松竹
ーー最終的にはどのようなご判断で実現されたのですか?
与三郎役の幸四郎さん、お富役の児太郎さんも、このコロナ禍だからこその演出になると了解してくださったことで実現しました。今のような時期であっても、役者さんの“やりたい”にはお応えしたいですよね。今に限らず「できない」と言わないことが、小道具の使命だと思っていますから。​
伸びる!劇中では「舶来品」という設定になっていた。
特別にもってきてくださった「源氏店」のお富専用鏡台。100年以上、歴代のお富が使ってきた。他の演目には使わないのだそう。
<歌舞伎座の新型コロナウイルス対策 関連記事>
歌舞伎座のコロナ対策取材レポート『八月花形歌舞伎』四部制で守る3つのもの(2020年8月21日)https://spice.eplus.jp/articles/274190
松本幸四郎に聞く、歌舞伎座再開2か月の思いと、舞台裏の新型コロナウイルス対策(2020年9月17日)
https://spice.eplus.jp/articles/275215
歌舞伎座のオモテで支える感染症対策『九月大歌舞伎』取材レポート(2020年9月24日)
https://spice.eplus.jp/articles/275214
『十月大歌舞伎』関連記事
松本 白鸚「先は考えず舞台に命を」 『十月大歌舞伎』取材会レポート
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片岡 仁左衛門「やっと舞台に立てる」 2月以来の公演への思いを語る『十月大歌舞伎』合同取材会レポート(https://spice.eplus.jp/articles/275602
中村 七之助「歌舞伎座の雰囲気を楽しんでいただきたい」 出演中の『十月大歌舞伎』への思い語る
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