国立文楽劇場の営業再開を記念し開催
される『ザ・グレイト文楽』、人形遣
いの吉田蓑紫郎と三味線弾きの鶴澤寛
太郎が文楽の魅力を語る

大阪の地で生まれ、300年の歴史がある文楽(=人形浄瑠璃)。物語を語る太夫、音楽や効果音を奏でる三味線弾き、そして1体の人形を3人で操る人形遣いが一体となり、場面を表現する、三位一体の伝統芸能である。若い人にはあまり馴染みがないかもしれないが、リアルな感情の動きを見せる人形はまるで人間のよう。文楽が上演される国立文楽劇場も新型コロナウイルスの影響で3月から休業していたが、ようやく10月から営業を再開することになった。

それを記念して、10月21日(水)・22日(木)に関西テレビの企画で行われるのが、『ザ・グレイト文楽』だ。
戦後日本のクラシック界を牽引した作曲家・黛敏郎が作曲した、無伴奏チェロのための『BUNRAKU』を、人形遣い・桐竹勘十郎とチェリスト・宮田大が演奏する特別企画に加え、1809年(文化6年)に初演された演目『花競四季寿(はなくらべしきのことぶき)』が上演される。これは春=『万才』、夏=『海女』、秋=『関寺小町』、冬=『鷺娘』の舞踊物。今年、コロナで四季が失われてしまったことから、この演目で四季を感じて音楽と踊りを楽しんでほしいとの企画者の願いが込められている。秋の情景を描く人形浄瑠璃の名作『関寺小町』は桐竹勘十郎が初役で挑戦。また、四場通して三味線は鶴澤寛太郎がつとめ、師匠である竹澤宗助がトメに座るという、企画公演ならではの見所も。普段見ることができない席順は要注目だ。また、客席は1つ間をあけた市松模様で座ることになるが、空席には美しい反物が被せられ、花柄で埋め尽くされる。その雅な風景は、舞台から客席を見る芸人でなくとも粋な計らいに感じられるだろう。今回は『花競四季寿』に出演する人形遣い・吉田蓑紫郎と三味線弾き・鶴澤寛太郎に、文楽とは何か、という初歩的な質問から本公演の見所までを聞いた。
吉田蓑紫郎(人形遣い) 鶴澤寛太郎(三味線弾き)
●制限のある中で生々しい表現がうまれるのが文楽の魅力●
ーー初歩的な質問で恐縮なのですが、文楽とは一体何でしょうか?
蓑紫郎:元々、浄瑠璃(三味線を伴奏に太夫が詞章を語る音曲・劇場音楽)が先なんです。本(詞章)があって浄瑠璃があって、補助的に人形を足したのが人形浄瑠璃の「文楽」なんですよ。
寛太郎:見た目は歌舞伎の人形版という感じで、ストーリーも相互に交流があるんでそう思われるんですけど、成り立ちとしては逆なんです。役者を頂点にして、周りに役者をよく見せるためのものがある歌舞伎と、本を頂点にして、太夫と呼ばれるストーリーを語る役割、そこに補助として入った三味線、視覚の補助として入った人形の三本柱で成り立ってるのが文楽です。
ーーおふたりは交流はあるんですよね。
寛太郎:もちろん。文楽の公演を動かす芸人は全体で80〜90人弱ぐらいしかいなくて、ほとんどその全員で動いてるので、基本的に家族以上に一緒にいる感じです。
ーーそれぞれ三味線と人形遣いは何年ぐらいされているんですか?
寛太郎:僕は20年ですね。
蓑紫郎:僕は30年です。
ーーお2人はどういうところに魅力を感じて文楽の世界に入られたんですか?
蓑紫郎:純粋に僕は人形そのものが好きで。使うよりもむしろ作りたいと思ったぐらい。そこから入って、いつのまにか自分でも使いたいと思うようになりましたね。
ーー文楽の人形って、かなり細かい細工がされていますよね。
蓑紫郎:モノによりますね。表情に仕組みがある人形は中も複雑なんですけど、顔の動きがない人形はシンプルに頷くだけの仕掛けになっていたり。僕ら人形を使っていますが、開けることがないんで、中身はあまりよくわかってないです(笑)。
ーーそうなんですね。
蓑紫郎:人形の髪を結う床山さんや、頭を塗り直したり、公演ごとに糸を変えたりしてくれる技術スタッフさんがいて、メンテナンスは全部やってくれるんです。
ーー蓑紫郎さんはご自分で人形工房を持たれているとか。
蓑紫郎:自分で寸法を測って、手とか足とか作ったりしてますね。
ーーそれを公演に使われたりは?
蓑紫郎:使っています。でもやっぱり専門の人が作ったものが使いやすいです(笑)。
ーー人形遣いから見た、文楽の魅力はどういうところにあると思いますか?
蓑紫郎:人間以上に人間らしい。人形のぎこちなさから見える健気さ。人間が演じる以上に人間らしい感情が伝わるところですかね。
ーーたとえば悲しい場面だったら、ご自分も悲しい気持ちになって動かされるのでしょうか。
蓑紫郎:そうです。その気持ちを左遣い(左手を操る人)を通して、人形に魂を込めてお客さんに伝える。分身みたいな感じでもありますね。
ーー繊細なお仕事ですね。
蓑紫郎:そうですね。クサい言い方ですけど、ロマンチックだなと思います。
鶴澤寛太郎
ーー寛太郎さんはお祖父様が師匠(人間国宝・七代目鶴澤寛治)で、幼い頃から三味線に触れてこられたんですよね。
寛太郎:子供の時は三味線がちょっと大きいので、お琴を習い事の一環としてやってたんですけど、小学校4年生の後半ぐらいに三味線の方がいいなと思って、「三味線やりたい」と言ったのがキッカケで、後に弟子入りすることにつながりました。初舞台が13歳で、その時はお琴でデビューしたんですけど(笑)。
ーーそうなんですか。
寛太郎:音感教育という意味でお琴を長らくやってて。これも今思えば祖父の洗脳活動の1つだったんですけど(笑)。お小遣いあげて、習い事させて、お琴で音感教育して、兄弟3人のうち誰か1人でもやりたいと言いだしたらいいなという流れに、まんまと引っかかったのが僕。そこからトントン拍子で話が進んで、祖父の改名襲名のタイミングでデビューさせてもらいました
ーー三味線弾きから見た文楽の魅力は?
寛太郎:ひとえに表現力だと思います。太夫も三味線も人形も、ちょっと制約の多い現代に馴染まないものだと思うんですね。太夫は男性1人で女役も子供役もやって、それを節に乗せて語るのは窮屈ですし、三味線も3弦しかなくて単音しか出ない弦楽器で、それ一丁で全部表現する。人形さんも登場人物1体に対して、3人の大人が寄ってかかるわけですよね。表現力を増すためには正しいんでしょうけど、すごく非効率的ですよね。その不自由で制約のある中から生々しいものが出てくるのがすごく良いなと思っていて。この300年間皆が必死にバトンを繋いできて、今も伝統芸能と言われ、今生きてる人間たちがやっている。面白いなと思いますね。
ーー公演の中で、人形と太夫と三味線のタイミングがピタッと合う瞬間はあったりしますか。
蓑紫郎:基本的に大きくずれることはないんですよ。でも自分たちが納得する、鳥肌が立つようなピタッと合う瞬間はあるんです。そういうのは1公演に1回ですね。
寛太郎:まずそういう感覚を共有できるメンバーが揃ってないとね。
ーーなるほど。コロナで公演がなくなってから、お2人はどう過ごされてましたか?
寛太郎:僕は暇にしていました(笑)。普段だったら平日の昼間、マンションで音を出しても良いかと思っていたんですけど、皆さんリモートになったじゃないですか。だから音を出しにくくなっちゃって。三味線は湿気とか環境にあまり強くないので、例えば川辺で弾くこともやりにくいので、本当に何もできなくて。音出さない稽古をする以外は、主婦みたいな生活してましたね。
ーーお料理したり。
寛太郎:はい。自分のために料理して、洗い物して、自分のためにコーヒー淹れて、また洗い物して、ぼーっとテレビとかNetflix見てたらまた夜になって、夜ご飯自分のために作り、買い物に行ってとか、そんな生活でした。中止になった4月から1ヶ月ぐらい楽器を全く触らなかったんですよ。なんかちょっと気持ちが折れて、もうええわと思ってやめたんです。でも1ヶ月も休んでると、手のタコが小さくなってきた気がして、やばいなと焦って、そこから音を出さない稽古をするようにしてましたね。
ーー蓑紫郎さんは?
蓑紫郎:僕は深夜の倉庫で体力づくりでバイトをしてたんです。
ーー出荷みたいなことですか?
蓑紫郎:出荷前の集荷ですね。冷凍・冷蔵の食材をリスト通りに集めて台車で運んだり。夜の9時半くらいから朝5時、6時ぐらいまでずっとやっていました。
ーー普段は人形の練習などされていますか?
蓑紫郎:人形が手元にないので出来なくて。所蔵は基本的に国立劇場なんです。僕らもタコがなくなると、公演再開した時にほんまに持てるかなと不安になってくるんですよ。だからたまに自前の人形を握ったりしてました。
●優れた人たちが一堂に会する貴重な公演●
吉田蓑紫郎
ーー今回の『花競四季寿』では、蓑紫郎さんが『海女』と『鷺娘』。寛太郎さんは4場全てに出演されます。これも初歩的な質問ですが、「寛太郎さんがシンをつとめ、竹澤宗助師匠がトメに座る」というのは、どういうことですか?
寛太郎:(チラシの裏を見ながら)僕の名前が三味線弾きの真ん中に書いてあるんですけど、左にいくにつれて、シン〜2枚目〜3枚目〜4枚目〜スソと呼ぶんですよ。普通は先輩がシンに座って、2枚目、3枚目、スソとなるにつれて後輩になっていくんですね。で、現代において、こういう大きい演目で僕がシンを務めることはまずないんです。それはメンバーの層の厚さもありますし、キャリアや経験値的な意味もある。今回は2枚目の鶴澤清志郎が僕の先輩で、スソの竹澤宗助は師匠なんですね。スソに実力者が座る時は「トメ」と表現して、未熟な者たちの支えになるポジションとして、また、実力は評価されてるけど本来ここに座るべき人じゃないので、重しになってくださいねという意味で、敬意も込めて呼んでいます。これは礼儀もありますし、特殊なポジションの名前でもあるんです。
ーーそうなんですね。
寛太郎:本来は僕、師匠にシンに座って欲しくてオファーしていたんですよ。だから2枚目も先輩で、僕は3枚目に座るはずだったんです。だけど、「君が主軸となるんだったら、シンやりなよ。清志郎くんが2枚目に座るんだったら、僕はスソでいい」と言っていただいたんで、ちょっと特殊な並びになっています。
ーーシンをつとめるのは初めてですか。
寛太郎:そうです。
ーーずっと出ずっぱりなんですね。
寛太郎:そうですね。50分ぐらいあると思うんですけど。大体1景10分ちょっとから15分ですかね。
ーー『花競四季寿』はどういうお話なんですか?
寛太郎:話はありません。ストーリーとかではなく、舞踊物なんですけど、季節も厳密に春夏秋冬を表現してるわけじゃなくて。
蓑紫郎:そうそう(笑)。
寛太郎:便宜的に四季をあてていて。春の『万才』はお祝いの場面なんで、賑やかだから春ということなんですかね。
蓑紫郎:そうですね。新年を祝いながら鼓で歩いて回るところを表現する。夏の『海女』は海女さんが恋に悩んでる表現をしながら、浜辺で踊る。秋は『関寺小町』。小野小町が若く美しかった頃を思い出しながら踊る。冬は『鷺娘』。雪の場面で、春を待ちながら華やかに鷺の踊りを踊る。本当にストーリーはないんですよ。難しいこと考えずに、単純に四季を味わってくださいという感じです。
ーーいつもの公演とはまた違うタイプですか?
蓑紫郎:文楽にはジャンルが主に3つあって、武将の出てくる戦国時代の話が時代物。若い男女の心中や、町人の話を取り扱ったのが世話物。あともう1つが景事物。これに踊り物が分類されますね。
ーー時代物と景事物では、やはり動きが変わるんですか?
蓑紫郎:踊りのお師匠さんから教わったものが伝わってるものもありますし、お芝居ではないような振りもありますね。
ーー蓑紫郎さんは主遣いで、お顔を出しているんですよね。見所はありますか?
蓑紫郎:それぞれ見所はあります。それはご覧になる方が先入観なしに見て感じてもらうのが1番かなと思います。
ーー三味線の聞き所は?
寛太郎:この公演としては、僕がどんな感じで周りの先輩にケツ持ってもらってるか楽しんで頂けるのが1番いいかなと思うんですよね(笑)。自分より下に先輩がついてて師匠がトメにいて。太夫さんもめちゃめちゃ先輩なんで、そういう人たちが自分の相方になっていてくれる。さらにそこにしっかりした後輩たちがついてくれるという機会はあまりないですよね。こんな優れた人たちが集まってくれてる真ん中にいれることがすごくラッキーなんで、個人的にはこの機会を活かしたいですし、しっかりした土台の上でいかに自由に踊れるかだと思うんですけど、多分踊るよりパニックになってると思うので、その辺を楽しんでいただけるといいと思います。
ーーハハハ(笑)。
寛太郎:基本的にこういう大きい曲は、ある程度キャリアのある人とかがやらないと、形にはならないんですよ。なので最初は「僕らじゃちょっとな〜」と言ってたんですけど、結果的にはそれぞれ良い役をやることになったので、「きちんと形になっているのか」というのも含めて見ていただけると嬉しいです。
蓑紫郎:人形も全員初役なんですよ。兄弟子の桐竹勘十郎自身も『関寺小町』が初めて。『関寺小町』は本当に簡単にまとまる演目じゃないんです。太夫も三味線もそれぞれが全部ちょっと重いというか、結構上の人がやる役なので、そこも新鮮なので楽しんでいただけたらいいかなと思います。
吉田蓑紫郎(人形遣い) 鶴澤寛太郎(三味線弾き)
ーーお2人自身も楽しみにされつつも、多少のプレッシャーは感じておられると。
寛太郎:多少じゃないです。めちゃくちゃ感じてます。
ーーハハハ(笑)。
寛太郎:特に『関寺小町』なんか、ちょっとコンテンポラリーっぽいんですよね。曲としても間のせめぎあいで、地味なんですが1番難しいです。しかも演奏者はシンと2枚目だけ。『関寺小町』でたっぷりきっちりやった後に『鷺娘』でパッと出来ないと人形さんが踊れないので。ここはもうほんとに僕らにかかっています。
ーーあと『BUNRAKU』にはチェロが入るということで、公演を観られるお客様に見所をお願いします。
寛太郎:『BUNRAKU』は黛敏郎さんがちゃんと文楽を観にいらして、色々勉強されて作曲されてるんですよ。スタートに“おくり”という節が使われてるんですけど、僕らが実際演奏を始める時と同じメロディーで始まるんです。それを指ではじいて演奏されてるんですよ。太棹のドシッとした音と、アタック音、余韻がきっちりあるのを表現されてると思うんですね。確かに文楽だなと思える曲ですし、チェロは共演したことがあるんですけど、洋楽器の中では文楽とも三味線とも親和性のある楽器かなと思います。
取材・文=ERI KUBOTA 撮影=田浦ボン

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