FEATURE / Dominic Fike 成功と重圧
の狭間で。誰にも止められないZ世代
のスター・Dominic Fikeの素顔に迫る
ドキュメンタリーから、その背景を紐
解く

「もう2度とリリースなんてしない。逃げ出してやるんだ」

2019年、Billie Eilishは NMEのインタビュー(https://www.nme.com/blogs/nme-radar/billie-eilish-five-favourite-new-artists-right-now-2468160) で、お気に入りのアーティストを挙げた。

「Dominicは私が出会った中で一番悪いくらいに最高な人。まわりも徐々に気が付き始めているのが嬉しい。もっともっとビッグになると思う」
ここで挙げられているDominicとは、Dominic Fikeのこと。米フロリダ州ナポリ出身、現在はLAを拠点に活動しているアーティスト。1995年生まれの、Z世代を代表するひとりである。

2018年、1stシングル「3 Nights」と共に彗星の如くシーンに現れたDominic Fike。その謎めいた存在は多くのリスナーの耳目を集めた。翌2019年には〈Marc Jacobs〉とのコラボレーション・アイテムを発表するやいなや即完。同年末に公開されたバラク・オバマ前大統領によるプレイリスト『Favorite Music Of 2019』に「3 Nights」が選出。さらに、今年9月には人気バトルロイヤル・ゲーム『フォートナイト』でおよそ50分にも渡るライブ・パフォーマンスを披露。ラップを繰り出し、ギターをかき鳴らし、マイク・スタンドに向かってシャウトする姿に、世界中のファンを熱狂させた。Dominic Fikeは今、急速的にトップ・スターへの階段を駆け上がるアーティストのひとりだ。
Dominicは止まらない。誰にも止めることはできない。しかし、そんな彼のもとにプレッシャーは次々と襲い掛かってくる。今年7月、いよいよ1stアルバム『What Could Possibly Go Wrong』がリリースされようかというタイミング。これまで何度も彼をフックアップしてきたKevin Abstractが構えるカメラの前で、Dominicは落ち着かない様子を見せていた。不安と興奮が入り混じった表情を浮かべ、震える身体を落ち着かせるように深呼吸をする。時には「もう2度とリリースなんてしない。逃げ出してやるんだ」と毒づきつつ、カメラを向けられることに嫌がりながらも、その奥にいる親友にアルバムの出来を語る。
アルバム『What Could Possibly Go Wrong』はおよそ2年半もの期間をかけて作られた力作だ。トータル・タイムは35分にも満たないが、オルタナティブ・ロック、ベットルーム・ポップ、ラップ・ミュージックなど、Dominicが影響を受けてきたパーソナルなサウンドがふんだんに詰め込まれている。Dominicは様々なアーティストと作業することで作り出せるサウンドを求めつつ、同時に信頼できる少人数のチームを組んだことを語る。そこから生まれたサウンドは、特定のジャンルに回収されない不可思議な魅力と、幅広く親しまれるポップ・ミュージックとしての強度を有している。
アルバムに収録されている「Florida」では、Dominicの生まれ故郷・フロリダにオマージュを捧げる。Kenny Beatsがプロデュースしたトラックに、ピアノの優しい音色が流れる。自分の感情を曲中で語ろうとしないDominicは、アルバムのラストで自らの過去と、フロリダに暮らす家族を思う。卍を形作るように失敗(Lose)を重ねたこと、沈んだ場所から這い上がってきたことを振り返る。海面を漂うような内省的なプロダクションは、さながらFrank Oceanを思い起こさせる。後半のバースではDominicは次のように歌う。

<おれを監禁する前に裁判官に言っておくべきだったな/おれを止められるものは、この世には存在しない>
(Shoulda told the judge before they locked me up “It ain’t shit in the universe that could stop me, bruh”)

獄中で収めた成功

コロンビア・レコードとのメジャー・ディールが決まる直前、Dominicは拘置所にいた。そしていま、フロリダに住む家族は、Dominicがプレゼントした一軒家で暮らしているという。
Dominicのサウンドのシグネチャーは、ロックとラップ・ミュージックの融合にある。そのルーツはフロリダで過ごした日々に遡る。フィリピン出身とアフリカ系アメリカ人の両親のもと、兄・Sean、弟・Alex、妹・Appleの4人兄妹の次男としてDominicは生まれ育つ。早々に母子家庭となり、疎遠となった父親からはギターのコードを教えてもらい、中古のMTRを買ってもらったという。母親が運転する車のなかでは、Mariah Carey、Lil Kim、The Jackson 5などを聴いていた。しかしその母親とも離れることに。

10歳になると、Jack Johnson、blink-182などを愛聴し、ギターを始める。やがてRed Hot Chili PeppersEminemに夢中に。中学時代になると、不安定な家庭環境から逃げるように兄・Seanと共に、地元のスケーター仲間、ミュージシャンたちとの交流を深めていく。高校時代は友人が所有していたゲスト・ハウスへ頻繁に出入りするようになり、友人らとフリースタイルを楽しむように。そしてゲスト・ハウスは彼らの制作拠点へと変化する。そのゲスト・ハウスの名前を引用したラップ・コレクティブ〈Backhouse〉を立ち上げ、ラップ・グループ、Lame Boys ENTを結成することに。地元シーンで評判を集め、他のアーティストとのコネクションも生まれていき、大学を3日でドロップアウトしたDominicは、音楽活動を次第に加速させていく。
SoundCloudに楽曲を数多くアップロードするなか、警察官への暴行罪でおよそ2ヶ月の自宅軟禁を課せられていたDominicは、デモ音源『Don’t Forget About Me, Demos 』を制作する。その後、2017年末に完成されたデモ音源は、拘置所で過ごすことになったDominicに代わり当時のマネージャーがアップロード。すると1つの楽曲に大きな注目が集まり、Dominicの運命を変える。後のメジャー・デビュー・シングル「3 Nights」だ。複数のレーベルによる激しい入札競争を経て、2018年4月コロムビア・レコードとの契約が決定。Dominicは新人アーティストの契約金にしては破格の約400万ドルを手にし、大きな注目を集めた。

ビッグ・ネームからのフックアップ。さらなるステージへ

Dominicは、TwitterもInstagramもあまり更新しない。一日中スマホから離れ苦手だというインターネットとは常に距離を取る。各所で飛び交う“industry plant”(業界のゴリ押し)と評する憶測や噂を他所に、Dominicは曲を作り続ける。2018年10月、EP『Don’t Forget About Me, Demos』がコロムビア・レコードからオフィシャル・リリースされた日、Dominicは母親を刑務所に送っていく車の中にいた。レーベルから受け取った契約金の最初の使い道は、母親のために雇った弁護士の支払いに充てられた。
2019年、BROCKHAMPTONのYouTubeチャンネルに公開されたビデオ「This is Dominic Fike」を境に、様々なコラボ楽曲が生まれていく。Kevin Abstractがリリースした楽曲「Crumble」「Peach」にフィーチャーされ、同時期に公開された「3 Nights」のMVは、Kevin Abstractがディレクションを担当。その後もKenny Beatsプロデュースによる「Phone Numbers」、Omar Apolloを迎えたコラボ・シングル「Hit Me Up」が続く。今年に入るとHalseyとの「Dominic’s Interlude」も発表。錚々たるアーティストからのフックアップは、Dominicをさらなるステージへと引き上げていく。
2020年、コロナ禍が世界中に広がる中、5月下旬に米ミネソタ州ミネアポリスでジョージ・フロイド殺害事件が起こる。「Black Lives Matter」の運動が再燃する最中、DominicはSNSを通じて、1stアルバムのリリース延期を決めるとともに、BLMへの連帯を示した。Dominicは自分の目の前で警察官からの不当暴力を受ける母親の姿を目撃した過去を、ステートメントのなかで初めて語った。その後、Anderson .Paakがリリースしたプロテスト・ソング「Lockdown」のMVに出演する。Dominicはカメラの奥をまっすぐ見据えて、静かに右手を挙げた。
アルバムに収録されている「Cancel Me」では、SNSで頻発するキャンセル・カルチャー(著名人の一部の発言を糾弾し、キャリアを否定する行為)を逆手に取る。<みんながおれをキャンセルしてくれたらいいのに、そうすれば家族と一緒に過ごせるんだ>。LAでの多忙な生活にうんざりするかのようにDominicは歌う。MVには故郷で暮らす妹・Appleとビーチで遊ぶ、リラックスした様子が映し出され、名声への皮肉を込めるように、フロリダにいる何者でもない自分を見せる。右頬に彫られたAppleのタトゥーは妹に、額に彫られた「レ乃モ」は「Lame Boys ENT」の頭文字「LBE」へオマージュを捧げている。自らの成功を家族の幸せと故郷への思いに重ね合わせているのだ。
Post Maloneが<まるでロックスターの気分だ>(「Rockstar feat. 21 savage」)と歌った2017年、Dominicは拘置所のシンクを打ち鳴らしていた。スケールを確かめ、音を見つけて曲を作り続けていく。3年後、『フォートナイト』のステージに立ったDominicは、吐き捨てるようにラップする。John Fruscianteの肖像が彫られた右手で、ギター・ソロを奏で、ライブの中盤には「Florida」が歌われた。

<おれを監禁する前に裁判官に言っておくべきだったな /おれを止められるものは、この世には存在しない>
(Shoulda told the judge before they locked me up “It ain’t shit in the universe that could stop me, bruh”)

ロック・スターにもラップ・スターにも収まらないDominicは、独自のサウンドを作り、シーンの最先端を走り続ける。きっとその先には、ポップ・ミュージックの新たな方向が示されることだろう。
Text by Takato Ishikawa


【リリース情報】

Dominic Fike 『What Could Possibly Go Wrong』

Release Date:2020.07.31 (Fri.)
Label:
Tracklist:
1. Come Here
2. Double Negative (Skeleton Milkshake)
3. Cancel Me
4. 10x Stronger
5. Good Game
6. Why
7. Chicken Tenders
8. Whats For Dinner?
9. Vampire
10. Superstar Sh*t
11. Politics & Violence
12. Joe Blazey
13. Wurli
14. Florida

■ Dominic Fike 日本オフィシャル・サイト(https://www.sonymusic.co.jp/artist/dominicfike/)

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