『分島花音の倫敦philosophy』 第七
章 自分の感性に誇りを持つ、という
こと

シンガーソングライター、チェリスト、作詞家、イラストレーターと多彩な才能を持つアーティスト、分島花音。彼女は今ロンドンに居る。ワーキングホリデーを取得して一年半の海外滞在中の分島が英国から今思うこと、感じること、伝えたいことを綴るコラム『分島花音の倫敦philosophy(哲学)』第七回目となる今回は漫画家、楠本まき氏との出会いを通じて分島が感じた「マイノリティな表現者である可能性」についてー

先日、7月22日に漫画家の楠本まき先生の新刊『赤白つるばみ・裏/火星は錆でできていて赤いのだ』が発売され、『赤白つるばみ』シリーズを全巻通して読みました。
私が先生の作品に出会ったのは中学生の時、『KISSxxxx』という作品で自分と同じ名前の登場人物が出ていることが気になって読んだのがきっかけでした。多感な時期にその独創的な世界を知ってしまった私は一瞬で先生の作品の虜になり、新刊を手に入れる度その拘り抜いた美しい装丁を指の腹で撫でながら「この世界の住人として生まれたかった」と憧憬の念を抱いたものでした。
楠本まき先生は長らくイギリスを拠点に執筆活動をされていて、漫画の他にイギリスの旅行エッセイなども多く発行されています。自分がロンドンにいる間にどうにかコンタクトを取れる機会はないものかと思っていた時、嬉しいことに共通の友人が間を取り持ってくれてリモートでお話を伺う機会に恵まれました。
今回はその時のエピソードを振り返りながら綴っていきたいと思います。
写真提供:楠本まき
『赤白つるばみ』は登場人物たちの何気ない日常の中にジェンダー、フェミニズムといったテーマが描かれていて、しかしシリアスすぎる印象はなく思わずクスッと笑ってしまう場面や心地よく前向きな考え方に気づかされるセリフやモノローグ、自分の状況とリンクして共感できるシーンも多く、読み終わった後は世界がアップデートされたような充実感を得ました。嘗ての作品は詩的で間接的な表現が多く使われていると感じていた分、今作は直接的でテーマの主張が強いメッセージとして伝わってくる作品です。
特に日本ではデリケートなテーマに対して懸念したり主義主張をすることに抵抗がある人も少なくないはず。しかしそうしたことに対する「おかしい・間違っている」という感覚を社会全体がなおざりにしていると、気づかないうちに無意識に差別的な発言や表現をしてしまう人を増やしてしまうかもしれません。直接自分には関係ないと感じる問題でも、『無知である』ことが時に誰かを否定する発言や表現に繋がるかもしれない。それは私自身も例外ではなく、知識がなければ悪意がなくともバイアスのかかった表現や発言をしてしまう可能性があります。
ジェンダーバイアスの抱える問題を理解した上で 表現の意味を意識する一つのきっかけとして、影響力のある『漫画家』という発信者だからこそ、作品を通しご自身の主張を投げかけていくことはとても有意義な行動だと感じました。
先生の作品には『KISSxxxx』の時から一貫して、個人主義に裏付けされた少女漫画のあり方が時を経ても変わらず主軸に存在しています。その世界でヒロインは能動的に行動し、旬の期限など無く、人と比べて卑屈になることもなく、常に自由で私たちに限りない可能性を抱かせてくれます。そこには「少女漫画のヒロインはこうでなければならない」という無言の圧力をすり抜け、軽やかに解き放たれた本当の理想の女の子がいました。
そんな個人主義の思想が描かれているのはヒロインだけではありません。
登場人物の中には 共感覚や色弱など一般的な人にはない独特な感覚を持つキャラクターもいて、皆どこか社会的少数者『マイノリティ』側の感性や立場で社会や人と向き合っている印象を受けます。楠本まき先生の作品自体、流行りに流されない独特な世界観が確立されていて、その感性は『マイノリティ』でありながらも、生み出す作品は沢山の人から受け入れられて多くの支持を得ています。先生ご本人もご自身がマイノリティ側にいることを自覚していらっしゃるとのことでしたが、その上で臆することなく好きなことを貫く姿勢は本当に格好良く、そんな先生の強い意志が多くのフォロワーを産んでいることにも納得します。
私も自分の表現がマジョリティでないことはデビューした早い段階から実感していましたが、それでもなんとか世の中のニーズを自分の音楽取り入れようと試行錯誤を繰り返して自分の進むべき方向に悩んだ時期もありました。だからこそ先生の自己表現を決して曲げない姿勢に憧れを感じ、それを長く継続できることがどれだけ凄いことであるかを痛感します。
そんな先生ですが、初めから今のようなスタイルを貫いていたわけではなかったと語ってくださいました。
「デビューしてすぐの頃は、自分が載っている雑誌では自分の描きたいものを描かせてもらえない、とわかっていたので、雑誌の色に合わせた中でいかに自分らしさを出すか、という感じで描いていました。まず売れて、そしたら描きたいものが描けるようになるからそれまでの辛抱だと。その期間は振り返るとわずか2年間ほどでしたが、私には果てしなく長く感じました。それである時もうこれはやっていられない、と雑誌をやめる決断をしたら担当替えがあって、新しくついた担当さんに「自分は楠本さんの漫画は面白いと思うので、やめる前に好きなものを描いてください」と言われ、そうして生まれた作品が『KISSxxxx』でした。その時担当がそう言ってくれなかったら、漫画家をやめて違うことをしていたかもしれないですね。」
先生の作品の数々が読めない世界線も存在したかと思うと、当時の担当の方には感謝しかありません。それ以降、自分の作品は一切妥協を許さず、常に本気と本心で作品を描く今のスタイルになったとのことです。
「最初の2年も、全く無駄ではなかったと思います。修業の期間だったと思えば。はっきりと、やりたいこととやりたくないこともわかりましたし。でも2年で十分でした。これじゃない、と思いながら何かを作るのは苦しい。小手先でなんとか乗り越えるより、その時点で出せるかぎりの全力出してダメなほうがいいと思っています。もちろんダメじゃない方を目指しますけど。」
私はこんな表現者に憧れて、こんな大人になりたくてアーティストを目指したんだった。好きを手放さず、周りに流されず、冷静に、時に情熱的に己の表現と向き合っていく。
テートモダン沿いのテムズ川で 撮影:Kumicom.
先生の話を伺って改めて、本気で自分の好きを貫ける表現を、音楽を作っていこうと決意しました。私はその為に今ロンドンに来て、自分が魅力的だと感じられる世界の一部になって、日々膨大な量のインスピレーションをインプットしているのだと。
自分の表現を守る為、時には戦わねばならない場面も出てくるかもしれません。しかし表現をする上で自分の好きを守り抜く以上に大切なものはなく、それはマイノリティだろうと国外だろうと関係なく、上達し継続していくパワーに繋がっていくと信じています。
楠本まき先生の作品と言葉に背中を押されるように、私はまた新たな目標や夢がキラキラと音を立てながら増えていくのを感じました。
文:分島花音

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