戦後75周年を迎えた現代の「戦争と平
和」恒久的課題を捉える文化の眼差し

 毎年この時期になると改めて戦争と平和について考える。15日には、終戦記念日から75周年を迎え、平和の尊さと戦争の残す大きな悲しみについて想いを新たにしたのは筆者だけではないだろう。この連載では音楽と文学の意外な関係性からカルチャーの魅力を見つめ直すとして、今回は戦争と平和をテーマに取り扱う文学と音楽を取り上げ、改めて恒久的な人類の課題について考えていきたい。【松尾模糊】

“戦前”の戦争と平和

 戦争と平和について考えるとき、一番にその名が浮かぶのは、やはりタイトルそのままの19世紀ロシアの世界的文豪レフ・トルストイによる『戦争と平和』(1869年)ではないだろうか。同作はナポレオン戦争時代のロシア貴族の興亡を描く群像劇だ。平和に見える序章からナポレオンとの戦争へと向かう不穏さ、アウステルリッツの戦い、ボロディノの戦いでの敗戦、ナポレオンを撃退するロシア遠征など戦時を経て彼らの心情や生活の変化をみずみずしく描く大作。

 トルストイは自らピアノ曲「ワルツ・ヘ長調」を作曲するほどの音楽通としても有名だ。同じく19世紀のロシアで世界的作曲家であるチャイコフスキーと交流もあった。彼の作曲した弦楽四重奏曲第1番ニ長調 作品11でも特に有名な第2楽章「アンダンテ・カンタービレ」がトルストイを特別に招待した音楽会で演奏された時、チャイコフスキーの隣でトルストイが涙を流したというエピソードもある。

 現代文学に多大な影響を及ぼしている、英女性作家のヴァージニア・ウルフによる長編小説『灯台へ』(1927年)は、スコットランドのスカイ島を訪れるラムジー一家を通して第一次世界大戦の暗い影と複雑な人間関係を描く。

 ウルフと同時代を生きた英作曲家エセル・メアリー・スマイスはウルフに惚れこみ、お互いに書簡を取り交わす仲だった。もちろん、現代でも彼女の作品は多くの文化人に愛されている。英振付師のウェイン・マクレガーが手掛けた英国ロイヤル・バレエの『ウルフ・ワークス』(2015年)は、タイトル通りウルフの『ダロウェイ夫人』『オーランドー』『波』の三作から着想を得た作品で2015年の「The National Dance Awards」など英国内の賞を数々獲得し、高く評価されている。

新たな戦争のかたち

 日本の文豪・井伏鱒二による代表作『黒い雨』(1966年、新潮社)は、広島で被爆した閑間重松とシゲ子夫妻と姪の矢須子が、被爆者として差別を受けながら闘病する姿を描く。先日、原爆投下直後に降った放射性物質を含んだとされる「黒い雨」を浴びた国の援護対象区域外の原告84人全員を被爆者と認めた広島地裁判決について広島県、広島市、政府が控訴した、いわゆる「黒い雨訴訟」で再びこの問題がクローズアップされた。

 生前の井伏と交流のあったさだまさしは、彼の詩「つくだにの小魚」を歌う同名曲を収録したアルバム『予感』を2010年6月にリリースしている。また、1993年10月に発売したコンサート・トーク集の単行本第5弾『噺歌集V』(文藝春秋)では井伏との交流についても記されている。さらに、さだは2017年8月に出版された『やばい老人になろう』(PHP研究所)というエッセイで永六輔や瀬戸内寂聴、黒柳徹子らとともに彼が感銘を受けた“やばい老人”として井伏を取り上げている。

 現代では2001年の米9.11テロ以降、大きく戦争のかたちが変化した。まさにそのテロそのものとその後の日常を描いたのが、米作家ドン・デリーロによる2009年の長編小説『堕ちてゆく男』だ。WTC(ワールド・トレード・センター)に勤務していた主人公のキースが九死に一生を得て、別居中だった妻と子の元へと戻る。しかし同じくテロを生き延びた女性との不倫、ポーカーの大会へとのめり込んでいく様子を高層ビルから落ちるパフォーマンスを続ける男、実行犯の視点など多層的な物語と絡めて描いている。

 デリーロと同じく、9.11後の世界的混乱を音楽の面で表現したのが英ロックバンド・レディオヘッドの2003年リリースのアルバム『ヘイル・トゥ・ザ・シーフ』だ。タイトルは2000年に米大統領選に勝利したジョージ・W・ブッシュの投票結果争訟によるブッシュ大統領への批判に使われたスラング“Hail to the thief(泥棒万歳)”を用いた痛烈な米主導の資本主義、中東紛争への批判を表すものだ。中でも収録曲「We Suck Young Blood.(Your Time Is Up)」は、政治家の都合で始まる戦争で戦地に赴くのは若者であるということに対する怒りが込められた歌詞が胸に刺さる。

 現在でもリビア内戦やベラルーシの大統領選をめぐる混乱など、新型コロナ禍で先行きの見えない不安な世界情勢の中で世界平和を実現させる困難さを日々実感する。そんな中でも1年に一度、この時期だけでも私たちの祖先が繋いできた命と文化のかけがえのなさを再考することは重要なことだ。同時に犠牲になった多くの方々の命の冥福を祈り、二度とあのような悲劇が起こらないことを願うばかりだ。

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