『Merry Andrew』の
不思議な味わい深さから
安藤裕子というアーティストの
本質を考える
その魅力はひと掴みにしづらい
…と書くと、『Merry Andrew』は何やらぼんやりとした作風と思われるだろうし、ある意味でそれはそうなのかもしれないが、楽曲によってはシャープな切れ味を見せるサウンドも言葉もあったりするから、“ぼんやり”はもちろん、“やわらか”や“たおやか”という形容も当たらない気がする。まぁ、だからと言って、ここで無理矢理、明文化する必要もないし、むしろ強引に言語化するのはダサい気もするのだが──それができる/できないはともかくとして──『Merry Andrew』の魅力を確かめる意味でも、もう一度、本作を聴きつつ、以下、楽曲の雑感を記してみようと思う。
オープニングはM1「ニラカイナリィリヒ」。パッと見て沖縄地方の民間信仰にある“ニライカナイ”に関係する言葉かと思ったが、これは彼女の造語とのこと。そうは言っても、スローテンポで途中までリズムレス、サウンドもリバーブが深めので、彼女の歌い方もコブシ(しゃくり?)とファルセットを使っていることもあって、オキナワンとはまた別の幻想感を持つ。その点では、透明感のあるヴォーカルはどこか巫女っぽく聴こえる。《失したもの 全て手の内に》とあることから、歌詞はおそらく失恋などの喪失感を綴ったものであって、“ニラカイナリィリヒ”とはそこから逃れることができる呪文といったところだろうが、《ニラカイナリィリヒ 唱えさせて》《ニラカイナリィリヒ 忘れさせて》《ニラカイナリィリヒ 叶えさせて》と、願いが移り変わっていく様子に強い情念のようなものを感じる。
M2「Green Bird Finger.」は幻想的なM1から一転…と言いたいところだが、そんなに簡単な感じでもない。確かにテンポはアップになって、名うてのミュージシャンによって繰り広げられるバンドサウンドがグイグイと迫るので、M1と印象は変わるものの、コードがどこか不安定というか不安感があるというか…なのである。よって、少なくとも閉じた感じはないけれども、パキッと開放的かと言ったらそうとも言い切れないのだ。途中から重なってくるストリングスもとてもクリアーでありつつ、サイケデリックな雰囲気が強い(アウトロはその極み)。《あなたの広い指の平 見つめていたなら/なぜだか 愛おしい気持ち 溢れ出してきて》なのだから、歌詞は相手に好意を示した内容であることは間違いないが、そうしたコード感、サウンドのテイストと相俟って、単純なラブソングには聴こえないところも不思議ではある。
多彩なサウンド、メロディを起用に歌う
M4「煙はいつもの席で吐く」は抑制の効いたバンドサウンドと緊張感あるストリングスがバックを支えるナンバー。歌モノと呼んでいいほどに主旋律がしっかりとしており、そこに乗せられた言葉をひとつひとつ丁寧に歌っている印象がある。M5「み空」はループ気味なピアノにヒップホップ的なニュアンスがありつつ(個人的にはここにニューウェイブっぽさを感じた)、サビメロが開放的に展開する様子はちょっとオルタナティブな匂いもあって、なかなか面白いロックチューンといった感じだ。また、これはM4、M5に限らないが、歌声、ヴォーカリゼーションに既存の女性シンガーの影を見出せなくもない。WEB上では今も“安藤裕子は○○に似てる”という声を散見できるし、「のうぜんかつら」がCMに使われた時は[クラムボンの原田郁子と間違われることもしばしばあった]という([]はWikipediaからの引用)。ただ、それは聴き手が勝手にそう思うのであって、もちろん彼女自身にその意識はなかろう。この辺は他者の影というよりも、安藤裕子というアーティストのポテンシャルの高さと見たほうがいいと思う。多彩なサウンド、メロディーを器用に歌う人であるのだ。
M6「あなたと私にできる事」は2ndシングルになっただけあってサビメロはしっかりキャッチーで、ヒットポテンシャルが高そうなナンバーではある(今頃そう言うのもどうか思うが…)。オルガンが若干サイケだったり、やはりここでも少しばかり不安感といったものを感じなくもないけれど、アウトロ近くでは押しの強いハイトーンヴォーカルを聴くこともできるので、《いつかあなたと確かめたい、二人の愛が「形あるもの」であると。》などの歌詞の通り、ストレートにポジティブな楽曲と受け取っていいだろう。友人の結婚がモチーフになっていたそうで、他の歌詞との明らかなトーンの違いもそのせいかと思うと妙に納得するところではある。
一方、4thシングルとなったM7「さみしがり屋の言葉達」は、M6とはタイプの異なるメロディーラインを持つ楽曲。歌詞も《雨はシトシト 風の街静かに揺らす/寂しがり屋の世界が孤独を呼んだ》と、こちらは決して前向きとは言えない内容だが、注目はサウンド。抑制を効かせつつもグルービーに仕上がったシティポップ的なバンドサウンドは、“70年代のユーミンへのオマージュか?”と思ってしまうほどに上質な仕上がりである。