キタニタツヤが先行きの見えない現在
に描く、勝ち目のない「かくれんぼ」
【SPICE×SONAR TRAXコラム vol.13】

2020年6月に公開されたキタニタツヤのミュージックビデオ「ハイドアンドシーク」が、本稿執筆時点で今にも130万回再生に届くところまで来ている。ドラマ仕立てのダークな内容が、ファンの間でも話題になったビデオだ。
映像は、砂まみれのキタニ本人が砂漠をふらふらと彷徨うシーンから始まり、次の瞬間にはテープで口を塞がれた状態で、巨大なトラックの荷台で目覚めるシーンへと移り変わる。彼の傍らには人形が転がっており、それを信仰の対象であるかのように手にとってうずくまるのだが、そこに鬼のような恐ろしい姿をした者たちが現れ、キタニの首に何かを印を付けたり、暴行を加えたりする。どうやら、その恐ろしい状況は幾度となくループしているらしい。逃亡を試みては隠れ場所のない砂漠で鬼たちに捕えられ、激しく殴打されたかと思えば、またトラックの荷台で目を覚ます。口を塞ぐテープに記された数字(ループした回数か)を目の当たりにすると、キタニはショックを受け、気を失うのだった。まるで、無限地獄のようだ。
何とも奇妙な上に、息の詰まるような恐怖が描かれたミュージックビデオだが、「ハイドアンドシーク」とは所謂「かくれんぼ」のことなので、鬼に見つかり、捕われ、また逃げるというゲームを痛ましいまでのリアリティと共に描いているのだろうか。しかし、話はそう単純ではない。詩的に綴られた「ハイドアンドシーク」の歌詞もまたミステリアスではあるが、「逃げ切れなくなって僕ら/騙されていく 騙されていく/見せかけの太陽に皆/喰われちまって 壊れちまって/正しさはもうどこにもないんだ」という絶望寸前の切迫したトーンで歌われている。彼はゲームを描いているのではなく、絶望的な逃避を繰り返している現実のことを歌っているのだ。
「ハイドアンドシーク」は、キタニタツヤが8月26日にリリースするコンセプトアルバム『DEMAGOG』に収録されるが、このアルバムに収められた7曲はすべて今年の3月以降、つまり日本でのコロナ禍が本格化して以降に生み出された楽曲だという。息の詰まるような閉塞感、先行きの見えない不安と恐怖、疲弊しきって何かにすがるように救済を求め、あるいは積もり積もった苛立ちの捌け口を探し始める。ただウイルスに命を脅かされるだけではなく、人間社会の闇が大きく顎門を開く時代だ。「ハイドアンドシーク」の楽曲とビデオは、そんな暗澹とした現実と符合している。
また、アルバムタイトルの『DEMAGOG』とは、古代ギリシャの煽動的指導者・政治家のことで、民衆の恐怖心や偏見を駆り立てて衆愚政治を行う者のことだ。疲弊した社会は、このような状況に陥りやすい。キタニタツヤはこのアルバムの中で、警鐘を慣らすように猜疑心や不条理、追い詰められた精神を次々に描き、自らギターやベース、プログラミングなどを奏でる。周到に仕掛けられた多重コーラスのデザインも素晴らしく、彼らしい表現スタイル(ピアノやドラムスなど一部のパートにはサポートミュージシャンが参加)で、ダークかつアグレッシブな作風を完成させている。
自身のバンド活動やボカロ・プロデューサー、他アーティストへの楽曲提供やベーシストとしてのサポート演奏など、多彩な表現活動を経てきた彼だが、過酷な現実と向き合う自我を描き切った『DEMAGOG』は、キタニタツヤの決定的な作品となるのではないだろうか。リリース当日の8月26日夜には、オフィシャルYouTubeチャンネルにて「DEMAGOG 全曲再現スタジオライブ “煽動”」がプレミア公開される。アーカイブの残らない一発勝負の配信ということなので、視聴可能な方はぜひチェックして欲しい。
文=小池宏和
キタニタツヤ「ハイドアンドシーク」MV

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