Karin.インタビュー 高校卒業やコロ
ナ自粛下での楽曲制作――変化と壁を
越え生まれた最新作を語る

前作『君が生きる街 - ep』からわずか3カ月のインターバルで、新作が届く。いろいろな意味で不自由を余儀なくされている今の状況にあって、「今の自分にできることは曲を作ること」と語るKarin.は、様々な葛藤を抱えながらも自分の気持ちを言葉に刻み、音楽化してみせる。以前にも増して、音楽家としての自意識を明確にした彼女の今を語ってもらおう。
――前回のインタビューは『メランコリックモラトリアム』リリースのタイミングだったんですが、そこからの半年間はどんなふうに過ごしていましたか。
3月までは高校生で、卒業式には一応、ちゃんとした形で出られたんですけど、その後はいろんなことができなくなってきて、身動きが取れなくなってきて……。この春からワンマン・ツアーをやったりフェスに出たりする予定だったのが全部きれいに無くなって(苦笑)。“どうなっちゃうんだろう? 私はこのまま忘れられてしまうのかな?”という不安がすごくありました。今までの自分がふわふわした気持ちでやっていたこと、「音楽で生きていきたい」と言っていたけど、それはまだ憧れでしかなくて……。それをちゃんと自分のものにしないといけなかったのに、高校を卒業してからまだ実感があまり湧いていなくて、自粛期間中、自分の家にいる間に“自分はこんなだらしなかったんだな”とすごく思い知らされたというか、自分のダメなところを気づかされる期間でした。
――「ふわふわした気持ちでやっていた」と言われましたが、例えば前回のインタビューの頃は気持ちの中に浮ついたところがあったんでしょうか。
浮ついたというよりも、二人の自分がいて、それは学校に通っている自分と音楽の活動をしている自分で、自分のなかでは上手に使い分けているつもりだったんですけど、学校での生活がなくなることによって、“もう曲が書けなくなるんじゃないか?”という不安がすごく大きくなっていったんです。本当に“音楽で生きていきたい”と思っていたけれど、ライブが無くなっていったりもして、できることが少なくなっていって、そういう状況を自分は現実として受け入れられなくて、その時期はすごく落ち込んでしまいました。“音楽で生きていくためには何をやればいいか?”というすごく具体的な目標が全く浮かばなくなってしまって、曲も“書こう!”と意識すると書けないんです。その時期は、本当に辛かったです。
――前回のインタビューの時点までは、曲はどんどん書けると話していましたが、それが書けないという状態に陥った時に、“以前はどうしてどんどん書けていたのか?”ということについて何か思い当たることはありましたか。
最初は、ネタが尽きたと思ったんです(笑)。もう二度と曲は書けないと思ったんですけど、6月になって東京に引っ越して一人暮らしを始めて、新しい作品を作るということでみんなと会ったら、またワーッと凄まじいスピードで曲がたくさんできたんです。その時に、自分の心の中でモヤモヤしていたものが解けたというか、“私は人に会わないとダメなんだ”と思いました。
Karin. 撮影=高田梓
――人と会うと、マイナスの気持ちにさせられることもあると思うんですが、そういうことも含め、人と会うことからクリエイティブな何か生まれてくるということでしょうか。
部屋にずっと引きこもっていると、自分だけの世界のように感じてしまっていたんですけど、誰かと会って話すことによって、その人の生活だったり、自分の想像だけでは補えないような感情だったり、いろんなものが刺さってくるんですよ。やっぱり一人では生きていけないんだなあと思いました。
――部屋に引きこもって自分だけの世界で音楽を作るという状況は、Karin.純度100%の音楽を作るには理想的な状況とは言えないでしょうか。
一人で引きこもった状態でも何かを感じ取っていれば、いいんです。でも、実家にずっと引きこもっていた時期、私自身が持っているものはあまり無いなあと思ったし、初めて立ち止まってしまったなあと思って。もしコロナの自粛の期間がなかったら、私が立ち止まることなんてなかったと思うし、そのまま駆け上っていって自分がダメになってしまったかもしれないと思うと、自分自身と向き合う時間がすごく増えたので、正直ホッとしたところもあって(笑)。自分が壊れる前に立ち止まって良かったなって。これまでやってきたことを整理して、“私はどういう自分になりたいのか?”ということをすごく考えました。
――今回の4曲を聴くと、これまでとは少し種類の違う、具合の悪いことが起こったらしいと感じるんですが……。
(笑)。
――「知らない言葉を愛せない」で歌われている<どんな悲しみも愛して歌に出来るようになった>ということが、その具合の悪いことの原因なのではないかなという気がしています。今から振り返ると、あの一節を書いたときの心境はどういうことだったんでしょうか。
誰かを居場所にしてしまったというか、自分の居場所から遠のいたような感じが……。自分が本当にボロボロになったときに、“ああ、こういうことも愛して歌に出来るようになったんだな”と思って。歌詞もメロディも同時進行していて、数秒前に考えていたことを歌詞にするので、作りながら目の前の景色が真っ暗になることとかいろいろ書いていったら、<どんな悲しみも愛して歌に出来るようになった>という歌詞も出てきました。
――自分がそういうふうになっていることに気づいたときに、そういう自分をOKだと思いましたか。それとも、ダメだなと思いましたか。
ダメではないですけど、汚れたというか、真っ白なところに自分で色を塗っていくようなことなのかなというふうに思いました。
――<どんな悲しみも愛して歌に出来るようになった>という一節は、「人生上手に生きられない」の<自分の口から言葉が生まれて/それを人に伝えたとしたら/大切な人を失ってしまう>という一節と響き合っているように感じたんですが、その「人生上手に生きられない」の一節も書いていくなかで自然と出てきたフレーズですか。
これは、これまでにそういうことが何回かあったなと思って。ちゃんと言葉にしたいのに、言葉にすることによって何か大切なものを失うというか、こんなにも大切な存在なのに、それを言葉に変換すると、薄情というか、残酷なことになってしまうなあって。言葉にすることが薄っぺらいわけではないんですけど、こんなにも大切なのに言葉にできてしまうということの悲しみに気づいて書いたのが、この歌詞です。
Karin. 撮影=高田梓
――自分のなかの大切なものを言葉にして吐き出すということが、Karin.さんにとっての音楽だと思うんですけど、そういうふうに音楽を鳴らすことによって自分にとって大切な何かを失っていくという成り立ちになっているということでしょうか。
『メランコリックモラトリアム』に入ってる「髪を切ったら」という曲で<わかんないよ/口にしないと/思ってることは伝わらないから>と歌ってるんですけど、それと今言ってることは真逆ですよね(笑)。あの頃は、全て言葉にすればいいと思ったんです。でも、言葉の薄情さに気づいたときに、“思ってることを全部口にしないと伝わらないなんて、人間は面倒臭いな”と思ったんですよね(笑)。半年くらいの、こんな短期間でも自分のなかで考え方が変わったことがいくつかあって、でも全てが変わってしまったわけでもないなって。この時期、今までの曲を聴き直して変わってしまったことと変わっていないことを点検してるんですけど、今回の4曲はこれまでにも増して現実的というか、自分の核の部分に今まで以上に近い感じがしていて、言葉よりも深いところにたどり着いたかなという気がしています。
――「髪を切ったら」については、前回のインタビューで「矛盾みたいなことがたくさん表れている曲」という言い方をしていましたが、つまりKarin.さんのなかでまだうまく整理されていないことが歌われているということだと思います。それが、この半年の間にいろいろ整理されて、自分の核心部分により深く入っていけたのが今作ということになりますか。
自分が本当に思っていることを『アイデンティティクライシス』から『君が生きる街 - ep』まで出してきて、それを聴いてくれた人のなかには“こんなこと、気づきたくなかった”と思ってる人がいるんじゃないかなという気がするんです。そう思い始めたら、言葉にするということはやっぱり残酷だなと思いました。自分がしてきたことというのは、自分のために歌い始めて、今も自分のために歌っているんですけど、自分のものだけじゃなくなったなって感じるんです。私の歌は誰かのものでもあるなって。というのは、その人は口にはできないことを、私が代わりに言葉にして曲にしてリリースしているっていうことなんですけど、それでもやっぱり言葉にするというのは残酷だなって。
Karin. 撮影=高田梓
――自分自身と向き合う時間が増えたという話がありましたが、自分との距離感については何か変化はありましたか。
今までは遠かったわけではないんですけど、これからの自分というものを全く想像していなくて、今を生きるだけで精一杯で、周りも全然見えていなかったのが、一度立ち止まってみると、自分との距離がすごく遠ざかって、自分が嫌になって。自分から目を背けるようになった時期がありました。でもそこから、これまでとは違う方向からまた距離を縮めていったというか。曲を作ることが私の全てじゃないと感じてからは、自分との距離もすごく近くなったような気がします。人に頼ることを今までしてきていなかったんですけど、バンドのメンバーの方に「今はライブもできていないし、曲もうまく作れていない」とか話したりして、人に頼るということを知ってから、自分のコントロールの仕方を学べたというか。急に近くなったわけではなくて、一度すごく離れていってから、そこで失ったものや得たものを整理して、もう一度自分と向き合うということができたんですけど、それが重要な距離感なのかなって。
――自分との距離感ということで言えば?
そうですね。近過ぎず、遠過ぎずというのが大切だなって。
――メンバーにどんなことを頼るんですか。
「曲をうまく作れないんです」と話したら、「Karin.ちゃんもできないんだ!?」って。今まで、すごい勢いでたくさん作ってたから。でも、「これが終わりというわけじゃなくて、またレコーディングとか始まったら変わるかもしれないし」って。「大丈夫?」みたいな励ましではなくて、「人生はそんなに早く終わらないから」みたいな(笑)。これまでは全く音楽の話をすることがなかったんですけど、すごく音楽の話をするようになりました。「知らない言葉を愛せない」という曲では、メンバーに頼るというか、ギターはない形でこの曲をどう仕上げていけばいいかということをすごく話し合って作っていったんです。
――「知らない言葉を愛せない」は、言われたようにギターが入っていないアレンジですが、ああいうアンサンブルになるまでにはどういうやりとりがあったんですか。
あの曲のピアノと歌は、私がデモを録音したそのままで、そこにベースと打ち込みのようなドラムの音を入れて。今までの音が「3種類のドレッシングからお好みを選んでどうぞ」みたいな感じだったとすると、これは「どうしても塩で食べてほしくて」みたいな(笑)。そのままの自分で勝負するというか、この曲にすごく賭けてて。この曲は、自分のなかで自分と一番向き合えた曲で……ギターが鳴ってないのも初めてだし、ドラムが打ち込みっぽい曲もこれまでなかったので、これまでの私の曲を聴いてくれていた方がどう思うか全然想像ができないんですけど。今までで一番苦しい歌なんですけど、そのまま何も加工せずに音源にしました!みたいな。
――ということは、この4つしか音が鳴っていないアンサンブルは、Karin.さんが強く望んだ音なんですね。
一度ギターを入れて検証してみたんですけど、やっぱりこの4つの音だけで勝負したいと思ったので。
Karin. 撮影=高田梓
――1回目のインタビューで、高校に入ったらバンドをやろうと思っていて、実際に人に集まってもらってやってみたら“違うな”と思ったので一人でやることにしたという話を聞きました。で、前回のインタビューでは、ソロのシンガーソングライターとしてデビューしたけれど、バンドでやってみたらすごく楽しくて、その形をもう失うことはないだろうと思ったという話がありましたが、今回またそのバンド・サウンドからギターを抜いたアンサンブルで勝負するというところに至るまでの気持ちの流れを今から振り返ると、どんなふうに思いますか。
最初、同い年の人でバンドを組もうと思ってスタジオに入って、“あれっ?違うな”と思ったのは悪い意味ではなくて、“やるんだったら私の100%がいい”と思ったということなんです。私のギターと声だけでやっていけるって。今回の「知らない言葉を愛せない」も似たような感覚なんです。最初のときは価値観が合わなかったとか、そういう話ではなくて、私の音がいいという感覚というか、私の音をしっかり支えてくれていて、それでいいんだと思ってくれてる今のメンバーたちと出会えたということだと思います。そういうメンバーと出会って、やりたかったのにそれまではできなかったこともできるようになって、でもそうすると自分の曲なのに自分からちょっと離れてしまった感じもちょっとあって……。というか、いろんな人がアレンジのアイデアを出してくれてすごく良くなったんだけど、自分の濃度が薄くなった気がして。でも、この「知らない言葉を愛せない」は、自分がバーッと作ったまま、コードも何も全部変わらないままベースとリズムが入って出来た時に、“あっ、1周して帰ってきたな”というか(笑)。最初のときに感じたような、やるんだったら自分の音の濃度が、高ければ高いほどいいと感じていた、ここにまた戻ってきたなって。常に新しいことを体験しているわけじゃなくて、環境が違ってきても同じところに戻ってくるのは、すごく不思議だなあと思いました。
――同じところに戻ってくるというよりは、Karin.さんのなかで大事なものが変わっていないということだと思いますが、今のバンドのメンバーと音を鳴らすことについて、もう少し聞かせてください。「世界線」という曲に<歩幅を合わせ今を生きる>というフレーズがありますが、今のバンドのメンバーはうまく歩幅が合う人たちが集まったということでしょうか。それとも、歩幅を合わすということを考えなくても楽しくものを作れるということがあるんだということでしょうか。
『アイデンティティクライシス』を出してから『メランコリックモラトリアム』を制作している間、バンドで活動することの楽しさに気づいて、“私はこのままバンドになりたい”という話をしたんです。シンガーソングライターじゃなくて、バンドとしてもっとやっていきたいと思っている、と。そしたら、「Karin.というバンドいいじゃん」って言われて(笑)。Karin.という人の中に4人いるようなことでいいじゃないと言われたときに、歩幅が別に合わなくてもやっていけるというか。<歩幅を合わせ今を生きる>ということをやっていたのは、学生時代に周りと違うということが嫌だなというか怖いと思っていたからで、高校を卒業してからも歩幅を合わせなきゃいけない、周りを見なきゃいけないと自分をすごく追い詰めていたような気がするんですけど、そんなに深く考えなくてもやっていけるんだなと思って。ただ「世界線」は、すごく規模の大きな曲じゃないですか。今まで自分のことを歌ってたのに、いきなり世界のことを歌って。19歳でこういう曲を出しちゃっても大丈夫なのかな。19歳で世界を語るなと思う人もいるかもしれないじゃないですか。それでも、この今の状況だからこそ聴いてほしい曲に仕上がったなと思っています。
――ところで、今回のジャケットをこれまでの3作品のジャケットと並べたときに最初に思うのは、初めて顔がちゃんと見えるということですよね。
(笑)。そうですね。
――このカットを選んだのはKarin.さんですか。
みんなで選びました。髪型も、今まではずっと同じだったんですけど、今回初めてちょっと違う髪型にしたんです。新しい自分に出会えた気がすごくして。このジャケットはすごく気に入っています。
――初めて顔がはっきり見えるジャケットになったのは、この作品で初めて音楽家としてのKarin.さんの目鼻立ちがはっきりしたということを象徴的に伝えているように思いました。
そうですね。今までは「どういう人になりたいですか」という質問にうまく答えられなくて、“誰になったら、いいんだろう?”とすごく考えていたんですけど、この『知らない言葉を愛せない - ep』を作るにあたって、なりたい自分が初めて見えた気がしたんです。こういう自分になりたいと思って、でもなれなくて、そういう葛藤とか悩みをこの作品に全部詰め込んだので。今までの自分に区切りをつけて、ちゃんと顔が見える作品になったのかなという気がしています。

取材・文=兼田達矢 撮影=高田梓
Karin. 撮影=高田梓

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