NBAバレエ団らしさあふれる夏公演「
Grace & Speed」、新制作・コボー版
『シンデレラ』クラウドファンディン
グも実施中

久保綋一芸術監督
NBAバレエ団では2020年8月23日、コロナ禍後の復活公演「NBA Ballet Grace & Speed ―ブルッフ ヴァイオリン協奏曲第一番/ケルツ―」を行う。いずれも久保綋一芸術監督がアメリカでの現役時代に踊り、自らそれを団員に指導するという、このバレエ団ならではの伝統ともいえる作品だ。世界中を襲った新型コロナウィルスによる、未だ出口の見えない状況の中で、バレエ団ではオンラインを使ったリハーサルを実施しながら約半年ぶりとなる公演に挑む。
さらにNBAでは2021年2月に、英国ロイヤルバレエ団の元プリンシパル、ヨハン・コボー振付による新制作『シンデレラ』上演に向け、新たな試みとして2020年8月2日から衣装代を募るクラウドファンディングを開始した。今回は久保芸術監督に、次回夏の公演のみどころとコボー版『シンデレラ』のクラウドファンディングなど、コロナ禍後の展望について話を聞いた。(文章中敬称略)

■ブルッフ作品は「全員がソリスト」、オンラインリハーサルも実施
2020年8月の公演で上演されるのは『ブルッフ ヴァイオリン協奏曲第一番』と『ケルツ』の2作品。バレエ団のレパートリーに取り入れたきっかけは……。
「いずれも僕自身がアメリカのバレエ団に在籍していた時に踊った作品で、非常に楽しかった。そうした作品ならお客様にもその楽しさを伝えることができるだろうと思った」
『ブルッフ ヴァイオリン協奏曲第一番』はドイツの作曲家、マックス・ブルッフ(1838-1920)が作曲した同名の曲に、元アメリカン・バレエ・シアター(ABT)のプリンシパルであったクラーク・ティペット(1954-1992)が振り付けたものだ。ブラームスと同時代の作曲家にして友人でもあったというブルッフのこの曲は、ロマンティックな旋律で、とても耳触りのいい華やかなテイストが魅力のひとつである。久保監督は次のように語る。
「そこにアクア、レッド、ブルー、ピンクの、全く個性が違う4組のカップルが登場して、ロマンティックな、時には躍動感あふれる踊りなど、様々な踊りを繰り広げるところが見どころです。僕は現役時代にピンクを踊りましたが、小柄で機敏な動きを求められるパートでした。
でもこのバレエは主要4組以外の、いわゆるコールドバレエのパートも、リフトやパートナリングなどがとても難しい。指導のデヴィッド・リチャードソンさんは『このバレエにはコールドバレエは存在しない。全員ソリストだ』と仰いますね」
『ブルッフ ヴァイオリン協奏曲第一番』 撮影:吉川幸次郎
リハーサルに際し、バレエ団ではインターネットを利用したオンラインリハーサルを初めて実施した。本来であれば来日して指導を受けるところを、それが叶わないための策である。
「広角カメラでスタジオの様子を映し、モニターを通して見てもらうのですが、意外と上手く行っています。こちらとしては宿泊費もかからない(笑)……というのはさておき、この演目はNBAとしてはもう幾度となく上演しているものなので、ダンサーは振付が身体に染みつき経験が蓄積されている。公演前の最後の手直しだからこそ、オンラインでもできるというところはあります」
実際にオンラインリハーサルを見せてもらった。日本の昼間はアメリカの深夜となるにもかかわらず、リチャードソンは通訳の須谷まきこ(ソリスト)を介しながら腕の角度、ポーズ、動きの速度など細かいところを指示する。「1人だけ着地後のポーズがずれている」「全体的にもっとフラワーショップのような、花であふれるような雰囲気を」など、モニター越しでありながらも、細部にわたって注視している様子がうかがえた。
オンラインリハーサル。モニター前に集まり指導に耳を傾ける

■リズミカルな『ケルツ』、踊り続け積み重ねた味わいも感じたい
もう一つの作品『ケルツ』はアイルランド民謡の音楽に乗せて踊られる、アイリッシュダンスをベースとした作品だ。
「こちらも先のブルッフ同様、役名が色彩で、グリーンマン、レッドカップル、ブラウンカップルとなっています。僕は現役時代にグリーンマンを踊りましたが、この公演の時は手術後だったこともあり、ダンサーとしてはちょっとしんどかった思い出があります。でも観客として見た時にこの作品はすごく楽しい。振付のライラ・ヨークさんは結構無茶振りというのか(笑)、難しい振りも入っていますし、男性6人の踊りも見応えがあります」
『ケルツ』 撮影:吉川幸次郎
「先の『ブルッフ』もそうですが、初めてこの作品を取り入れた時、ダンサーたちはとても喜んでいましたね。古典は古典として、300年以上の歴史のある素晴らしい芸術ですが、やはり新しい表現に触れることは大切で、とても刺激になる。『ブルッフ』も『ケルツ』もNBAでは幾度となく、数えきれないほど踊り続けている演目で、今ではダンサーの世代交代を通して、例えて言うなら継ぎ足しを重ねて深い味わいになる、料亭の"秘伝のタレ"のような作品になってきていると思います(笑)」。
『ケルツ』 撮影:吉川幸次郎

■NBAが世界初演するコボー版『シンデレラ』、クラウドファンディングはさらに継続
この夏の公演後、12月には今年5月に上演予定だった久保綋一版新訳『白鳥の湖』を、そして2021年2月には世界初演となるコボー版『シンデレラ』を、ゲストに英国ロイヤルバレエ団のプリンシパル、フランチェスカ・ヘイワードを迎えての上演が予定されている。『シンデレラ』は衣装から舞台セットなど、すべてがゼロからの制作となることから、衣裳の制作費用を捻出するため、8月2日からクラウドファンディングを開始した。苦しい台所事情を次のように語った。
「文化庁からの事業資金も新作を作るうえでは不足があり、何より2月の公演を最後に5月、7月、8月の公演や、NBAの屋台骨の一つであるコンクール事業などができず、収入がない。さらに最大の問題の一つが使用可能座席数。これも先が見えない現状では50%で考えざるを得ず、そうすると収益も50%でしか見込めないわけです」
しかしクラウドファンディングは必要経費600万円に対し300万円を設定し発表したところ、10日ほどで目標額をクリア。
「非常に驚きました。予定より早く、改めて身が引き締まる思いです。寄付をしてくださった方々には感謝でいっぱいです。公開終了の9月25日まで、引き続き皆様のご支援をよろしくお願い申し上げます」
新型コロナウィルスによる自粛期間中はどうしていたか。
「オンラインクラスをやっているとはいえ、バレエ団メンバーがバラバラになっていく感じがあり、それが心配だった。毎日顔を見て集まっている時の距離感――つまり心の距離は身体の距離に比例するのかもしれない。でもこうしてまた集まることができ、公演が行えることで団員らのモチベーションはまた高まっている感じがする。このクラウドファンディングの方法や、やり方などもスタッフやダンサーらがいろいろとリサーチして情報を持ってきてくれました。僕一人ですべてはできませんし、こういう時だからこそ、協力して何かやろうという思いが、みんなにあったんでしょう。だからよりよい公演にしなければならないと、改めて思っています」
コボー版『シンデレラ』衣裳のデザイン画
なお、このコボー版『シンデレラ』は現在ロンドンのコボーとオンラインミーティングを重ねながら仔細を練っているところだ。
「ヨハン(・コボー)の頭の中ではだいぶイメージがクリアになっているようだ。彼とは以前NBA公演でゲストに迎えたアリーナ・コジョカルを介して知り合ったが、僕と年齢も同じことからとてもとても話が合う」
「ストーリーはバレリーナを目指す少女が主人公で、四季の精などはスタジオに貼られているポスターから飛び出してくるらしい。シンデレラはたくさんある衣裳の中から一つを自分で選んで舞踏会に行くなど、彼ならではのアイデアはいろいろあるようです」
「自ら衣裳を選ぶシンデレラ」は現代的な解釈がうかがえ、興味がわくところだ。クリエイションはコボーのこだわりが強く、イメージ画像もリテイクの連続だというが……。
「手応えは感じている。素晴らしい舞台にしますので、引き続きご協力をお願いします」

■芸術の力を発信しバレエも道を探り続ける、withコロナ時代
これからの時代に向けた抱負も聞いた。
「バレエもwithコロナとして、コロナを言い訳にせず、道を探りながら山の頂を目指していかなければならない。芸術の力は無限大。人間の想像力・創造力の豊かさは無限だと気付かせてくれるその素晴らしさを、我々はバレエを通して発信し続けなければならないと思っています。そしてこれはバレエ団の課題の一つですが、所沢のバレエ団として、地域により根付き、認知度を上げていきたいと思っています。やることはたくさんある」
NBAバレエ団の魅力は「明るく楽しく、個々の個性を尊重するところ」と久保監督。改めて語ることではないかもしれないが、それでもこのマスクをして歩いているだけで酸欠になりそうな暑さの中で、マスクをしてリハーサルを重ねるダンサー達には本当に頭が下がる。「みんな好きだから、情熱があるからできるんです」と監督も語る通り、自粛明けの舞台にかけるダンサー達の思いはいかばかりかと思うと、この公演が成功することを願ってやまない。
最後に、公演に向けて次のように締めくくった。
「『ブルッフ』『ケルツ』とも、現在日本ではNBAバレエ団でしか見ることのできない素晴らしい作品です。ぜひともこの機会に、コロナ禍のなかでがんばっているダンサーたちの姿を見て、みなさんも元気になっていただければと思います」
取材・文=西原朋未

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