TCアルプの近藤隼と草光純太が自主企
画で『A WALK IN THE WOODS』を上演
~万里紗が翻訳を手がけるアメリカと
ソ連の冷戦時の物語

串田和美率いる松本市の劇団「TCアルプ」のメンバー、近藤隼と草光純太が二人芝居に挑む。アメリカの劇作家リー・ブレッシングによる『A WALK IN THE WOODS』で、1900年代中盤以降のアメリカとソ連(現ロシア)の冷戦を背景にした二人の男の物語。翻訳を『K.テンペスト』で共演している女優の万里紗が手がけた。この夏の2公演を皮切りに、全国気ままなツアーを目論んでいる。
――『A WALK IN THE WOODS』という二人芝居を上演することになった経緯を教えてください。
近藤 昔、イッセー尾形さんに憧れていて、TCアルプの公演がないときに一人芝居ができたら俳優としての幅が広がるなぁと考えてたんですよ。そのときは『海の上のピアニスト』をやりたいと思っていたんですけど、著作権がクリアできずにあきらめました。昨年、長野県の芸術監督団事業の関連で軽井沢の「信濃追分文化磁場 油や」さんでアーティスト・イン・レジデンスをさせていただく機会がありました。そのときにこの戯曲と出会ったんです。
草光 コンちゃんがレジデンスするというときに、串田さんが「あいつ一人で大丈夫かな」と僕に声をかけてくれたんです(笑)。TCアルプでは戯曲を“台本”として自分たちで膨らませていく芝居づくりをするので、久しぶりにじっくり戯曲を読み込んで、分析して、演じるということをやりたかったんです。そしたらコンちゃんが戯曲も探してきてくれて。
近藤 「面白かった」という一言の情報を頼りに(笑)。国会図書館のアーカイブで「二人芝居」をキーワードに検索したんですよ、2日くらいかけて。そうしたら1987年の演劇雑誌の二人芝居特集で、批評家の方が「最近見た面白い二人芝居」ということで紹介していたんです。ネットで調べたら英語版があったんですね。ほかにもいろんな二人芝居、天野天街さんの『くだんの件』、オーウェン・マカファーティの『モジョ ミキボー』、トム・ストッパーどの『ローゼンクランツとギルデンスターンは死んだ』をなんとか二人でできないかとかいくつか候補をあげて、軽井沢ではそれらを読み合わせたり、話し合ったりしたわけです。
――それをこの夏に上演することになったわけです。
近藤隼
近藤 シアターライツさんに入っていただいて上演許可を取っていただきました。一瞬、あやしたかったんですよ、返事がなくて。いろいろな方面からこちょこちょアクセスしているいうちに英語のまま、翻訳をしない形で上演権を売買しているサイトがあったので、万里紗にも手伝ってもらって、そこにも連絡したんだよね。
万里紗 主に私がやりました(笑)。「なんだか日本人がやりたがっている」という情報が届いたらしく。
近藤 そしたら東京の団体もやりたがっているから長野県限定だったらいいよって。それもコロナ前の話だから、東京の団体もどうなっているかもわからない。
万里紗 オリジナルのタイトルでは検索しても見つからないんですよ。
草光 もしかしたら僕らが日本初演かもしれない。
万里紗
――万里紗さんにお願いしたのはなぜ?
近藤 英語ができるから(笑)。
万里紗 TCアルプの関東支部なんです。
近藤 僕の中で、いかに自分の周りの人たちで成立させるかという小さな挑戦があって、お願いしました。アマゾンの電子版で戯曲を購入して、「ごめん、バーっと読んで、僕ら二人の議題に上がる戯曲かどうか、話し合う価値があるか教えほしい」と。ひどい話ですね。
一同 爆笑
草光純太
万里紗 そしたら戯曲が2つ送られてきたんですよ。
近藤 『モジョ ミキボー』もやっぱり内容もわからずに買ったんです。
万里紗 『モジョ ミキボー』は私の友人にお願いしてアイルランド語から英語にしてもらって、私が英語から日本語に訳しました。
近藤 同時に2作品を翻訳してもらいながら作品を決めるという。
草光 ぜいたくだよね。
万里紗 今も前半だけ日本語になった戯曲は私が持っています。
近藤 文学座の浅野雅博さんと石橋徹郎さんの芝居を観にいって、『モジョ ミキボー』をやりたいんですと相談したら、翻訳家の平川大作さんをその場で紹介してくださったんです。そしたらうれしいことに日本語版をくださって。平川さんは岐阜県出身だそうで、長野県には親しみがあるし、地方で頑張ってほしいからって。
草光 今回は『A WALK IN THE WOODS』にしましたけど、絶対にやります。
近藤 レパートリーにしたいですね。でも『A WALK IN THE WOODS』をやるということを小川絵梨子さん(新国立劇場芸術監督)に話したら「私の先生」だって(笑)。つまりアクターズスタジオの大学院の戯曲部門の先生でした。
万里紗 意外に近い関係だったんだね。それがわかったいたら、もっと早く許可が取れたかも(笑)。
――『A WALK IN THE WOODS』について紹介してください。
万里紗 私のアメリカ方の祖母が「この作品、大好きだったよ」と言ってました。祖母はアメリカとソ連の冷戦時代をまさしく体験している世代。そういう人が見たときの感覚は全然違うんじゃないかな。
草光 話を聞いてみたいですね。僕の場合もはや記憶の片隅にあるくらい。
近藤 ゴルバチョフさん(核兵器削減に道筋をつけたソ連最後の大統領)の頭のアザくらいの印象しかないです。
万里紗 アメリカとソ連の外交官、交渉人の話なんですけど、二人とも軍縮条約を結ぶために派遣された、スイスで行われた平和条約での出来事を描いているんです。冷戦状態ではあるけれども、一応、アメリカとソ連は軍縮に向けて頑張っているんですよ、世界に平和をもたらそうとしているんですよ、そういう姿勢を示すための会議。けれども、軍縮します、各国にも核を増やすのをやめましょうと言っているんだけど、実情は増えている。アメリカの若き交渉人ハニーマンは初めての大仕事。使命感に燃えて、自分が世の中に平和をもたらすことができると思ってやってきたんだけども、ソ連の交渉人ボトヴィックはどこかのらりくらりとしていて、平和が進まないのは彼のせいだと思う。ところが自分たちはただのお飾りに過ぎないんだということに気づいてしまうんですね。握手さえもしなかった二人が、決して答えが出ないものに対して、どう落としどころをつけたらいいのか、もがき続ける、そういう話ですね。
万里紗
草光 テーマは難しいんだけど、ドラマで見せるから僕らの世代でも状況がすっと入ってくる。人間関係が面白いんです。そして、いろんな真実を知れば知るほど虚しくなるんだけど、知ったうえであえてその課題に向かっていく、だんだん深いところに入っていく展開が面白いですね。
近藤 現代版の『ゴドーは待ちながら』みたいな。来るはずのない平和とか、わかり合えない関係を描いているんですけど、雰囲気はニール・サイモン風だったりする。表現はエネルギッシュな人でも成立しそうなところが好きでした。
万里紗 私は翻訳しましたけど、二人が演じた言葉を聞いて修正したり、逆に二人が言葉を生み出してくれたり。些細な、瑣末な、つまんないを意味する単語があって、私は最初「くだらない」と訳したんですけど、それは意味を限定してしまうという話し合いの中で、二人がそれを「チャラチャラ」としてくれたのが名訳だなと(笑)。アメーバーみたいなボトヴィックのキャラクターを的確に表していたから。
草光純太
草光 実際に演じてみると引っかかる言葉もあって、そのたびに万里紗に「原文はどう?」と問い合わせたり、これまたぜいたくなつくり方をさせていただいたんですよ。
万里紗 すごく勉強になりました。翻訳を本格的にやったのはこれが初めてだったんですけど、面白かったです。またやりたいです。何かありましたら、よろしくお願いします!
草光 翻訳の人と同じ立場で話し合いながらやっていくのは楽しいし、それだからできることもいっぱいある。経験のある人に教わることもあるし、同世代の人たちとやることで得るものもある。とても刺激になります。
――配役はどんなふうに?
近藤隼
近藤 最初は僕がハニーマン、純太さんがボトヴィックで試したんですけど、逆にしてみようかと。若いハニーマンがキレる瞬間があるんですけど、普段は純太さんもおとなしいんですけど、キレたときに日常で溜めに溜めたものを吐き出すような瞬間がすごくいいんです。僕らだけだからこそ、役を逆にしてみようとか、10年後にやってみようとか、臨機応変にやれるのが新しいですね。
草光 相手の気持ちを考えるのが難しくなっている世の中でしょ。両方の役を試すのは面白いし、日常にも返ってくる。

――まずは初演は長野県内の軽井沢と上田での公演ですね。
犀の角
信濃追分文化磁場 油や
近藤 軽井沢の油やさんは風が通るテラスで、上田の犀の角さんは劇場ですから、全然違う印象になります。軽井沢は背景が森なので、いっそ森の中にも出てしまうかもしれない。僕が演出としたのは責任を取るというだけで、能力があるわけではないんです。二人の男の神経戦、ここで相手を説得したいというタイミングで音楽や照明を自分たちで変えるというやり方も面白いかなって。
草光 ベンチだけあればできるので、いつでも出かけて行きますよ。
近藤 街角へふらっと出かけて行って気軽にできるといいですね。シンプルだけどメチャクチャ面白い芝居だったらかっこいいよね、そういうのに憧れる。
万里紗 コロナの関係で役所の人と接する機会が増えたでしょ。給付金の窓口の人は皆さんのイライラの標的になるけど、彼らには権限があるわけではないじゃない。助けてあげたいけど、社会を変えることができない立場かもしれない。二人のリモートでの本読みを聞いていて、私たち自身と物語との距離感が近くなっている気がします。
草光 結局、誰かが世界を動かしているわけではなくて、誰も動かしていないという話。コロナという目に見えない不安に取り憑かれた今だからこそ共感を呼ぶかもしれません。
近藤 政治とか国家間のトップの争いをどうコメディとして扱っているかと。これはチャップリンの「独裁者」のようにカリカチュアするやり方もあるけれど、反りが合わないアメリカと中国、韓国と北朝鮮とか現在の社会状況はとても参考になりますね。
取材・文:いまいこういち

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