様々な角度からじっくり見比べたい演
劇3選/ホーム・シアトリカル・ホー
ム~自宅カンゲキ1-2-3 [vol.34] <
演劇編>

Go to travelキャンペーンの波に乗り、コロナ感染者数が加速度を上げて拡大する中、「いや、まだまだStay Homeは有効なはず」と考える向きには、もちろんネトフリやアマプラも楽しいけれど、たまには、おうちを“シアトリカル”なエンタメ空間に変容させてはいかがでしょうか。というわけで、今回も演劇ライターさんから届いた「My Favorite 舞台映像」の3選をお届けします。(SPICE編集部)

ホーム・シアトリカル・ホーム~自宅カンゲキ1-2-3[vol.34]<演劇編>
様々な角度からじっくり見比べたい演劇3選 by 久田絢子

ここ数ヶ月、劇場での観劇が叶わぬ日々の中、様々な団体が舞台映像を配信するなどして観劇ファンの心を慰めてくれている。しかし、舞台映像を見れば見るほど痛感するのは、映像で鑑賞する舞台作品と、劇場等で生で鑑賞する舞台作品は全く別物だということだ。
緊急事態宣言解除以降、生の舞台は少しづつ再開されてきた。とはいえ予断を許さない情勢ではある。以前のような完全な状態で舞台鑑賞できるようになるのは、まだ少し先のことになるだろう。それまでの間、引き続き、映像で舞台鑑賞することも楽しみたい。映像鑑賞の良いところは、画面越しというワンクッションが入ることで、程よい客観性を保ちながらじっくり見ることができるところだと思っている。
そこで今回は、同じ戯曲を2人の異なる演出家の演出で見比べたり、同じ作品を舞台版と映画版で見比べたり、元の戯曲からインスパイアされて派生した作品と見比べたりできる作品を3つ選定した。
【1】アルベール・カミュ『カリギュラ』
【2】ケラリーノ・サンドロヴィッチ『グッドバイ』(原作・太宰治「グッド・バイ」)
【3】サミュエル・ベケット『ゴドーを待ちながら』

選んだ後で気が付いたのだが、カミュの『カリギュラ』は1944年、太宰の小説「グッド・バイ」は1948年、ベケットの『ゴドー』は1952年にそれぞれ発表されており、ほぼ同時代の作品と言える。そしてカミュとベケットはノーベル文学賞受賞者でもある。時を経ても色あせることなく、時代と共に進化し続ける3つの名作をぜひじっくりと楽しんでもらいたい。
【1】『カリギュラ』
小説『異邦人』や『ペスト』で作家としての地位を確立したアルベール・カミュによる戯曲『カリギュラ』は、実在のローマ皇帝ガイウス・カエサルを題材に、狂気の暴君と化したカリギュラと彼を取り巻く人々を描いた作品だ。昨年(2019年)、栗山民也演出、菅田将暉主演により上演されたことで記憶している人も多いことだろう。高杉真宙、谷田歩、橋本淳、秋山菜津子らといった華やかさと実力を兼ね備えた共演者がそろったこともあり舞台は大盛況、菅田はこの舞台での演技が認められ、第27回読売演劇大賞・杉村春子賞を受賞した。戯曲の世界観を表現した重厚な演出の中、誰しもが大なり小なり抱える暴力性をさらけ出し、真実を求め不条理に挑み自ら破滅していくカリギュラの姿を、弱さも併せ持った等身大の青年として舞台に立ち上げた菅田の演技は必見だ。
2020/08/19発売 菅田将暉主演『カリギュラ』DVDジャケット
この作品、2007年にも蜷川幸雄演出、小栗旬主演で上演されている。小栗がその肌をあらわにした挑発的な宣伝ビジュアルなどが大きな評判を呼び、一体どんな舞台になるのかと世間の注目を浴びる中での上演となった。カリギュラが乗り移ったかのような小栗の熱量のある演技はもちろん、戯曲の中で重要な役割を果たす鏡を舞台全体を囲むように大胆に設置したり、ネオン管をあしらったサイケデリックな舞台美術も鮮烈だった。共演者には若村麻由美、横田栄司、勝地涼、長谷川博己ら強力なメンバーが揃っており、ぜひもう一度見返したい舞台作品だ。
小栗旬主演『カリギュラ』DVDジャケット
作品の中でカリギュラは「わたしがペストの代わりを務める」と発言している。平穏に暮らす人々がペスト=悪によって目を開き考えるようになる、という理屈だ。しかし、悪によって開かれた目で何かしら偉大な物が生まれたとしても、同時に引き起こされる悲惨な出来事を無視することはできない。新型コロナウィルス感染症の拡大する今、より強くこの作品から感じられるものがあるのではないだろうか。
★蜷川演出版DVDはAmazon等で購入可能。栗山演出版DVDは2020年8月19日発売予定

余談だが、イタリア・アメリカ合作映画で『カリギュラ』という1980年の作品があり、出演者は『時計じかけのオレンジ』のマルコム・マクダウェル、『アラビアのロレンス』のピーター・オトゥール、『英国万歳!』『クィーン』のヘレン・ミレンらと豪華だが、カミュの作品とは一切関係がなく、しかもなかなかの“エログロ”なので要注意。
※参照元:岩切正一郎訳『アルベール・カミュ1 カリギュラ』
【2】『グッドバイ』
太宰治の未完の遺作「グッド・バイ」を、ケラリーノ・サンドロヴィッチ(KERA)が太宰の後を引き継ぐような形で新たなドラマとして書いた舞台『グッドバイ』が、2015年にKERAの演出で上演された。太宰のユーモアあふれるテンポのよさと、KERAのセンスと太宰作品への敬意が結実したこの舞台は、第23回読売演劇大賞において最優秀作品賞、およびKERAが優秀演出家賞、永井キヌ子役の小池栄子が最優秀女優賞を受賞、さらに平成27年度芸術選奨においてKERAが文部科学大臣賞を受賞するなど、高い評価を受けた。現在はDVDで観ることができる。
【動画】KERA•MAP 舞台『グッドバイ』DVDトレーラー

そして2020年1月~2月、KERAの名作戯曲を才気溢れる演出家たちが新たに創り上げるシリーズ“KERA CROSS”の第二弾として、生瀬勝久の演出で再び上演された。主演の田島周二役は藤木直人、永井キヌ子役はソニンがそれぞれ務め、ハチャメチャだが愛すべき2人のラブコメディを展開して大いに笑わせ、温かな気持ちにさせてくれた。
さらにこの作品は成島出監督により映画化もされ、2020年2月14日に全国ロードショーされた。2020年9月にDVDが発売となる。KERA演出版と同じく小池栄子がキヌ子役を務め、田島役の大泉洋と息の合った“人生喜劇”を繰り広げている。映画版にはオリジナルのエピソードも出てくるし、終わり方も舞台版とは異なっているので、ぜひ舞台版と見比べて欲しい。
【動画】『グッドバイ~嘘からはじまる人生喜劇~』本予告

この物語は田島とキヌ子を中心に進むが、2人とも基本的には自分のことしか考えていない独善的な人物である。しかしこの2人が手を組み“珍道中”を繰り広げる中、互いのことを深く知り魅かれ合っていく様には心温まるものがある。この2人のみならず登場人物がそれぞれに魅力的で、現在の厳しい状況下、どこか殺伐とした雰囲気を感じることが少なくない日々で忘れかけていた、人を信じる気持ち、分かり合う喜び、愛すべき人間の存在を思い出させてくれる作品だ。
★ケラ演出版DVDはcubit club、イーオシバイドットコム等で購入可能。映画版Blu-ray&DVDは2020年9月2日発売予定。
【3】『ゴドーを待ちながら』
「不条理劇の最高傑作」と称される、サミュエル・ベケットの戯曲『ゴドーを待ちながら』だが、版権者の厳しさゆえか、舞台版の映像でソフト化されているものは現在ない。
しかし、1985年に「Beckett Directs Beckett」(略称BDB)というプロジェクトで、ベケットの3つの戯曲をベケットが自ら英語版で演出、それを1988年にテレビ放送用に収録、さらに翌年にはフランス語版も同様に制作された。なんと、この映像がアンオフィシャルながら英語版・仏語版共にYouTubeで見ることができるのだ。非常に貴重な映像ゆえ、下部の作品情報欄にてURLを紹介するのでぜひチェックして欲しい。
「Beckett Directs Beckett 公式ページ」の引用画像
ベケットは1989年にこの世を去っているので、このテレビ版がベケット演出の決定版とも言えるだろう。セリフのテンポや抑揚が心地よく、「音楽性」を重視したベケットらしさが顕著に表れている。俳優の動きも、「振付」という言葉を使ってバレエの要素を取り入れていたベケット演出らしく、無駄がなく流麗な立ち回りが印象的だ。ベケットはこの作品をチャーリー・チャップリンとマスター・キートンにやらせたかった、というエピソードが示す通り、実は喜劇の要素が取り入れられており、帽子を交換し続けるシーンをはじめ漫才的な面白さが随所に見られる。
英語版は、1957年にサンクエンティン刑務所で上演された『ゴドー』に深い感銘を受けた受刑者のリック・クルーチーが、出所後の1966年に創設したサンクエンティン・プレイヤーズという劇団によるもの。クルーチーの息子ルイスが少年役を演じており、彼のミドルネームが「ベケット」であることからも、長年ベケットと交流していたクルーチーの思いの深さがうかがえる。
フランス語版では、ラッキー役を当時50代半ばで既に監督として名を挙げていたロマン・ポランスキーが演じていることにも注目だ。
改めて『ゴドー』を鑑賞すると、あまりにも今の世界に対する示唆に富んでいることに驚かされる。人間が「今この場所に存在すること」「この瞬間を生きること」に特化して描かれており、先の見えない不安、確かなものなど何一つないという恐怖、それでも同じ繰り返しの毎日を生き続けるウラジミールとエストラゴンの姿は、目に見えない敵=ウィルスにおびえ、状況の変化に一喜一憂する今の私たちと重なる部分もある。そもそもこの作品に最初につけられたタイトルは『待つ』だったということからも、ベケットが描きたかったのは、ギリギリの状況、何も変わらない日々の繰り返しの中で、それでも何か変わることを「待つ」ということなのだとわかる。
発表以降、世界中の演劇界に多大な影響を及ぼした『ゴドー』だが、一般的には「難解」「つまらない」「退屈」と言われがちである。そうした評判を耳にしてしまい、『ゴドー』を食わず嫌いのまま避けている人も少なくないと思う。
昨年(2019年)6月、KAAT神奈川芸術劇場にて多田淳之介演出により『ゴドー』が上演されたが、これが素晴らしく面白かった。《昭和・平成ver.》と《令和ver.》の2つのバージョンが同時上演され、両方を観劇することで時代を超えた『ゴドー』の普遍性がよりはっきりと浮かび上がってきたのが特に印象的だった。より多くの人に『ゴドー』の面白さを伝えるためにも、ぜひまた再演して欲しい。
別役実(2020年3月に他界)の『やってきたゴドー』、いとうせいこうの『ゴドーは待たれながら』など、『ゴドー』に影響を受けて生まれた作品は数多くあるが、先述の多田版『ゴドー』に関連して一つだけ言及しておきたい。劇団「第三舞台」の旗揚げ公演『朝日のような夕日をつれて』(鴻上尚史作・演出)は、おもちゃ会社と『ゴドー』の世界が交錯しながら、人がいかにして「自分」として生きるのかを描いており、時代に寄り添いながら現在まで上演され続けている演劇史に残る名作だ。多田版『ゴドー』の《昭和・平成ver.》にウラジミール役で出演した大高洋夫は、初演の1981年以降、2014年までの間計7回『朝日~』に出演している。ベケットは『ゴドー』において、観客にフィクションを見せるのではなく、演技している俳優自身を見せることでここが劇場であることを意識させようとしており、大高が多田版『ゴドー』に出演した際、『朝日~』を思わせるセリフや動きを見せていたことはまさにベケットの意図したところで、作品として非常に大きな意味があったと言えるだろう。
『朝日~』は出演者も豪華だ。再演の1983年以降は小須田康人が大高と共にレギュラー出演しているし、ソフト化されている中だと、筧利夫、勝村政信、松重豊といった第三舞台を支えた俳優たちの当時の姿を映像で見られるのは貴重だろう。現在の小劇場の礎ともいうべき作品を今改めて振り返り、日本の演劇界の歴史に思いを馳せるのもまた一興だ。
三種類の第三舞台「朝日のような夕日をつれて」DVDジャケット
★『朝日のような夕日をつれて』87年版、91年版、97年版、2014年版DVDがそれぞれサードステージオンラインショップ等で購入可能

※参照元:
堀真理子著『改訂を重ねる『ゴドーを待ちながら』――演出家としてのベケット』
岡室美奈子訳『新訳ベケット戯曲全集1 ゴドーを待ちながら/エンドゲーム』
安堂信也・高橋康也訳『ベスト・オブ・ベケット1 ゴドーを待ちながら』
鴻上尚史作『朝日のような夕日をつれて 21世紀版』
文=久田絢子

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