【仲村瞳の歌謡界偉人名言集】#156
シンガーソングライター・泉谷しげる
の言葉

作詞家、作曲家、編曲家、音楽プロデューサー、バンドマン、振付師、……そして、歌手。きらびやかな日本の歌謡界を支えてきた偉人たちを紹介するとともに、その方々が発したエネルギー溢れる言葉を伝えます。常軌を逸した言動の裏に、時代を牽引したパワーが隠されているのです! このコラムで、皆様の生活に少しでも艶と潤いが生まれることを願います。

ジジイもババアも立ち上がって、最後の
ジャンプに挑め

より

当時、デビュー45周年を迎えた69歳の泉谷しげる。記事は、2017年6月24日に、EX THEATER ROPPONGIにて開催されたワンマンライブへの意気込みとライブの模様が伝えられている。事前のインタビューでは、自身が率いるバンドの天才ギタリスト・藤沼伸一に「決闘です」と対抗意識を剥き出しにし、「最後までパンク親父でいたい」と闘志をたぎらせた。今回の名言は、このライブの最後の曲「野生のバラッド」の終盤に叫んだ言葉である。会場はヒートアップし、泉谷は、全身全霊で連続ジャンプ、なぜか腕立て伏せを30回、そしてご法度のはずの客席へのなだれ込み。この記事で取材者は、泉谷を「求められる限りいつまでも“無理”を続けていく泉谷しげる」と表現している。泉谷の言葉「ファンの期待には応えますよ? その為には無理が出来るような体作りもしなきゃいけない。(中略)芸術は“無理”でしょ? 度を越えてやるところがみんな見たい訳で」からも、パンク親父の熱い心意気が感じられる。

泉谷しげる(いずみやしげる)
1948年5月11日生まれ、東京都目黒区出身。出生地は、青森県青森市だが3歳から東京都目黒区で育つ。1971年、ライブアルバム『泉谷しげる登場』(エレックレコード)でデビュー。1972年、加藤和彦のプロデュースにより、セカンドアルバム『春夏秋冬』をリリース。タイトル曲の「春夏秋冬」は、同年に発売されたオムニバスアルバム『野音唄の市』に収録されているライブバージョンからシングルカットされている。「春夏秋冬」は、1988年にもロックアレンジされ再びシングルカットされた、泉谷の代表曲の一つである。1975年、小室等井上陽水吉田拓郎らとともに、フォーライフ・レコードを設立。同年、アルバム『ライブ!! 泉谷~王様たちの夜~』をリリース。1977年、ロックアルバム『光石の巨人』のリリースを最後に、フォーライフ・レコードを脱退する。1979年、テレビドラマ『戦後最大の誘拐・吉展ちゃん事件』(テレビ朝日)で、犯人役を演じ賞賛される。それ以降、役者としても活躍。現在もライブなどでミュージシャンとしても精力的に活動する。2020年11月25日、長野県の須坂市文化会館メセナホール 大ホールにて『富澤一誠プロデュース「フォーエバーヤング2020~歌とトーク満載のフォーク・コンサート~」15th Anniversary Special まだまだやれる!』を開催予定。
仲村 瞳(なかむらひとみ)
編集者・ライター。2003年、『週刊SPA!』(扶桑社)でライターデビュー後、『TOKYO1週間』(講談社)、『Hot-Dog PRESS』(講談社)などの情報誌で雑誌制作に従事する。2009年、『のせすぎ! 中野ブロードウェイ』(辰巳出版)の制作をきっかけに中野ブロードウェイ研究家として活動を開始。ゾンビ漫画『ブロードウェイ・オブ・ザ・デッド 女ンビ~童貞SOS~』(著・すぎむらしんいち/講談社)の単行本巻末記事を担当。2012年から絵馬研究本『えまにあん』(自主制作)を発行し、絵馬研究家としても活動を続ける。2014年にライフワークでもある昭和歌謡研究をテーマとした『昭和歌謡文化継承委員会』を発足し会長として活動中。

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