日本初のダンスハウス“DaBY”アーテ
ィスティックディレクター・唐津絵理
に聞く~「ダンスのための総合デパー
ト、情報が集まり、新たなクリエイシ
ョンが起こる場に」

「横浜ダンスコレクション」「Dance Dance Dance @ YOKOHAMA」など数々のイベントや公演により“コンテンポラリーダンスの街”というイメージが定着している横浜市。ここにまた「Dance Base Yokohama」(愛称DaBY=デイビー)という新たなダンス・スポットが2020年6月25日にオープンした。「創る・育てる・集まる・結ぶ」をキーコンセプトにした、プロフェッショナルなダンス環境の整備、そしてダンスに関連するあらゆるクリエイター育成に特化した事業を企画・運営する、日本では珍しい「ダンスハウス」なのだそう。さまざまな企画を用意して4月下旬からの稼働を予定していたものの、新型コロナ感染症の影響で叶わず。新たな思いを抱く、アーティスティックディレクターの唐津絵理氏に聞いた。
エントランス

――オープンおめでとうございます。今の心境から教えていただけますか。
とにかく長い時間をかけて準備をしてきたので、まずはほっとしています。DaBYはダンスの創作を中心に、ダンスにまつわるあらゆることをサポートしていくダンスハウスです。たとえばヨーロッパのダンスハウス・ネットワークには42の施設が加盟しています。芸術文化が根づいた都市ではダンス専用の劇場のみならず、それと補完し合うクリエイションの場としてダンスハウスがあるのです。しかし日本は海外とは文化的な基盤が異なるので、それを模倣しても意味がありません。そこで日本の状況に合わせたダンスハウスを模索するために、海外のダンスハウスをリサーチするのみならず、日本の海外経験者や日本で活動しているクリエイターやスタッフなどへのヒアリングを重ね、独自のコンセプトと手法をもつダンスハウスの創設を目指しました。
私は愛知県芸術劇場という行政の立場で長く仕事をしてきました(今後も同劇場シニアプロデューサーは兼務されるそう)。日本では総合、複合芸術としてのダンスの世界でもさまざまなアーティストが活躍していますが、プロフェッショナルな活動を支えるための声を集約するという意味では手つかずの状況にありました。そういったダンスにかかわる皆さんの思い、いろんな情報、経験などが集まるような場所、そこから大きな力を生み出していけるような拠点として準備してきたのがDaBYです。ダンスのための総合デパートというか、ダンスに関する情報は、ここにいけばあるという状況にできればと思っています。

――しかし、新型コロナウイルスのためにオープンが延期になってしまったわけですよね。
はい。ダンサーや振付家だけでなく、あらゆるジャンルのアーティスト、クリエイターが交流できるプラットホームを目指していましたが、そもそも集まれないという、考えてきたことと真反対の状況になってしまいました。でもこんな状況だからこそ新たな課題が見えてくるというか、芸術活動をする上での手法などを考え直さないといけないのかもしれないという思いになりました。また自分のミッションについても考え直す機会になったんです。
これまで舞台芸術の業界は公演だけを目指していろいろな取り組みをしてきたのかもしれません。公演ができなくなったときに、何ができるのか、日常的に一般の方々とある関係が築けているかをすごく問われているような思いになりました。ピンチではありましたが、新しいものを生み出すエネルギー、発想の転換からさまざまな挑戦につなげていきたいと思っています。
アクティングエリア
アクティングエリア

――DaBYは何年くらい準備をしてきたのですか?
最初に話を始めたのは2年くらい前です。セガサミーホールディングスが文化支援をするために財団をつくることになり、新しい芸術としてダンスにフォーカスしてくれることになったったんです。これまでの支援と言えば公演に対する助成がメインでした。そこで、芸術の環境自体が変わる可能性がある、特定のカンパニーだけではなく全体としてボトムアップできるような支援をお願いできないか提案させていただきました。それが場をつくるということだったんです。場があることで可能性が広がります。けれど日本の場合はクリエイションするスペースが本当に少ないんです。ダンスに専念できる場がないために、限られた時間の中ではトライアンドエラーをすることも難しく、公演を開催しても、再演などにもつながらず、結局は作品を消費せざるを得ない状況もある。実験をしながら、今までにないものを生み出していけるようになるには、やはり場所があることが一番大きい、そういう思いが私の中にあったわけです。
――「創る・育てる・集まる・結ぶ」をキーコンセプトに掲げていらっしゃいます。そこにダンスにまつわる課題を感じていらっしゃったのかと思います。
そうですね。それがDaBYでやっていこうとしていることでもあるんです。日本ではプロフェッショナルのアーティストが活動できていない現状があります。まずはプロフェッショナルとして挑戦的な作品をつくることができ、国内外のさまざまな劇場で上演できるといった次の循環につなげることを目指したいと考えています。
また日本はダンス教室がすごくたくさんあり、ダンサーのレベルは高いのに、クリエイションする場所がないことが原因で海外に出てしまうケースが多いんです。しかも海外ではプロフェッショナルのアーティストとしてキャリアを積んでも、帰国した途端に仕事がなくなってしまう。そういう居場所のない才能のある方の困難な状況がとても増えています。彼らが日本にいるダンサーに経験を伝えていける場所、一緒にクリエイションできる場所にしたいと考えたんですね。
もちろんダンスにかかわる制作・舞台スタッフなどのクリエイターもいろんな意味でプロとして活躍できるように労働環境も整えていかなければいけません。
左から鈴木竜(アソシエイトコレオグラファー)、勝見博光(マネージングディレクター)、唐津、小㞍健太(ダンスエバンジェリスト)、田中希(アシスタントディレクター)、宮田美也子(アドミニストレーター) (c)︎Takayuki Abe

――ダンスエバンジェリストとして小㞍健太さん、アソシエイトコレオグラファーとして鈴木竜さんが就任されていますが、その役割について教えてください。
小㞍さんにはダンスの伝道師として3つの繋ぎ手としての役割を期待しています。日本語ではメンター(指導者、助言者)に近いのですが、まずは若いダンサーに自身の経験を伝えていただくこと。2つ目は、アーティストとお客様をつなぐ存在として、ダンスの客層の拡大につなげる役割。3つ目は、異ジャンルのアーティストとの繋ぎ手として、ダンス以外のジャンルの若きアーティストとの懸け橋になってほしいと思っています。またDaBYに登録してくれた若いダンサーのクラスを毎週持っていただいて身体言語を共有できるようにしてもらおうと考えています。
アソシエイトコレオグラファーは、次世代のアーティストによるコレクティブとして作品を創作していただきます。第1弾のコレオグラファーを鈴木竜さんにお願いし、すでに20代、30代の建築家、音楽家、ドラマトゥルクなどの若手が参加して、新しい取り組みをスタートさせています。いろんな業種の方々に舞台芸術に対して興味を持っていただくことで、お互いの才能が開花したり、今まで見たことがないようなクリエイションが起こることに期待を込めた取り組みです。
――リーガルアドバイザーというポジションを用意されているのも目に留まりました。
弁護士の東海千尋さんを招きました。ご自身も以前はバレエダンサーを目指していた方で、アメリカ留学時にアートマネジメントの勉強をされたことをきっかけに法律家として日本のバレエ・ダンス業界の発展に貢献したいという思いを持っていらっしゃるんです。先ほどのプロフェッショナルな活動につながる話ですが、ほとんどの日本のアーティストは契約関係で不利な状況にあります。その部分をフォローしたり、海外との契約で困ったときに相談に乗れるようなセミナーを定期的にやっていきます。
セミナーはほかにも音楽や美術、解剖学、美学などの日本では学ぶ機会の少ない多様なことを学べるような機会も開催予定で、異ジャンルの専門家とも有機的な環境をつくっていきたいと思っています。
――DaBYを使うダンサーはどのように決められるんですか?
基本的に2年目以降は公募制で考えていますが、今から始まる1年については「一緒に実験してください」とお伝えして、フィードバックをいただくということで、これまで愛知県芸術劇場でご一緒したことのある方々にお声がけしました。ここまで私の方からの想いをお伝えしましたが、いきなり制度をつくるのではなく、いろんな人にクリエイションしていただくことで、それが可能なのか試してほしいと思っているんです。実は今回のコロナでレジデンスを予定していたけれども来日できないアーティストがいたので、その期間に公募を行い、アーティストサポートとして、スタジオの無償提供を行うことになりました。短期間でしたが、多数の応募があり、調整をした結果、7月から17組のダンスアーティストの方々にDaBYを使っていただくことになっています。

■ダンスハウスというコンセプトの中で、さまざまなクリエイターが交流し、新しい作品を創造していく場
――ダンスという言葉のなかで、どのくらいの幅を考えていらっしゃいますか?
ダンスといっても最近では境界のない作品が多いですものね。たとえば、現在、今年5月に開催を予定していましたが、上演が延期になったTRIAD DANCE PROJECT「ダンスの系譜学」のプログラムのひとつ、演劇作家の岡田利規さんがバレエダンサーの酒井はなさんに振り付ける『瀕死の白鳥』を、オンラインでクリエイションしています。すでに、最初のプログラムから、演劇からバレエまでと幅広いですが……「新しい、現代的な身体表現を含む」という言い方がふさわしいかもしれません。身体を拡張したサーカス的なもの、演劇的な言葉を使うもの、インスタレーションにパフォーマーの身体表現の新たなアプローチを含むものもあっていいかもしれません。ただダンスハウスですから、舞台で上演するかどうかにかかわらず、日常的な動きをも射程にいれて、常に「ダンスとは何か」を考える場にしたいですね。
かつてロシアのバレエリュスが発展したときに、ピカソ、音楽家ではストラヴィンスキーやドビュッシーなどが嬉々としてかかわっていました。ほかにもドイツのバウハウス、アメリカのブラックマウンテンカレッジ、ジャドソンチャーチ派などのようにジャンルを横断して、いろんな活動が展開されたところから新しいものが生まれてきたように、クロスジャンルが強力なパワーになってきました。だから、ダンスの複合芸術としての側面を意識的にとらえたいと思っています。舞台芸術として考えたときには音楽や照明、物語、ドラマトゥルギーなどがすごく重要。また批評家、ライター、研究者も含めて、ここで知見を共にして、いろんなものが混ざり合って新しいものが生まれていく、豊かな可能性を秘めた場所を目指したいと思います。
さらに、私が今後充実させていきたいなと思っていることにアーカイブがあります。パフォーミングアーツについては資料が残りにくいですから。存在していても個人のタンスに眠っているのでは仕方がない。どこに行けば、この資料が見られるという情報はすごく大切です。とりあえず私が30年くらいかけて集めたものの一部をDaBYで公開しようと思っています。そういう知的財産の共有もすごく重要だと思っています。
アーカイブエリア

――コロナの話のときにも出てきましたが、地域とのつながりに関しても、当初からオープンな関係づくりを考えていらっしゃいますよね。
お客様ともつながりたいと考えています。広い場所ではないのと、コロナ禍で3密を避ける必要があるので一度にたくさんの方に入場していただくことはできませんが、逆に濃いコミュニケーションが取れる環境をつくっていきます。
DaBYは街中にあり、周囲のレストラン、カフェやスーパーのような日常的な空間と地続きのままダンサーのクリエイションがのぞけます。劇場は敷居が高いと思っていた方が、劇場の一歩手前のところでダンスに興味を持っていただけるような、いろんな仕掛けをしていきたい。普通クリエイションは閉じた空間で行われるものですが、ここを使うダンサーには毎週一般の方が見学できる機会を設けていただくとか、トライアウトなどをやっていただくといったことも利用条件にできればと考えています。
――DaBYには、唐津さんが長年抱いていることがたくさん詰まっているんでしょうね。
いえいえ。今お話したこと全部をやっていくには壮大すぎますし、現在のステージではやりきれないでしょう。でも小さな実験的試みを重ねることで、周囲にインスパイアできることがあるかもしれません。たとえばリーガルの問題を例にとっても、変化のきっかけはつくれる。そんな小さな革命がいくつか起こせれば、私個人の想いを離れて、皆さんがそれを動かしていけると思うんです。学校でも劇場でもなく、もっとフラットに情報を共有できるダンスのプラットホームとして、今までより一層ダンスに集中して創作した作品があることで、ダンスをめぐる状況が少しずつでも変わっていくかもしれない。オープンだけど、ダンスへの知見や想いの凝縮した磁場を目指していきたいと思います。
取材・文:いまいこういち

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