角松敏生との邂逅で
中山美穂がアイドルから完全脱皮!
『CATCH THE NITE』は
女性シンガー史上屈指の名盤
角松プロデュースで本格ブレイク
さて、前置きが長くなってしまった。肝心の『CATCH THE NITE』の内容について記そう。いきなり個人的な感想で恐縮だが、本作は女性アイドルのアルバムの中でもトップクラスの完成度と断言してもいい作品だと思う。また、もし本作を日本のポップス、ロック史上でかなり上位にランクする人がいたとしてもそれに異論はないし、1980年代に限定したら、自分も上位に置くかもしれないと思うほどに(?)、これはかなりいいアルバムだ。収録曲の基本はダンスミュージックと言っていいだろう。ジャンルで言えば、ファンク、ディスコ、ソウルと分類されるナンバーである。ただ、そうは言ってもアップチューンだけではなく、ミッド~スローも織り交ぜており、アイドルのアルバムを大きく超えたドラスティックな作品になりすぎず、従前のアイドル作とは明らかに異なる、絶妙なバランスのもとに成り立っている。アルバムとしてしっかりとトータリティーが図られているというか、統一感があるのだ。この辺はプロデューサーを配して、しかもそのプロデューサーがほとんどの楽曲のコンポーズとアレンジを行なっているところが大きいのだろう(作詞6曲、作曲7曲、編曲8曲が角松の手によるもの)。それゆえに無理矢理、統一感を図った感じはなく、筋の通り方がナチュラルな印象なのだ。
分かりやすいところで言えば、楽曲間がシームレスにつながっているところだろうか。M1「OVERTURE」からM2「MISTY LOVE」、M4「SHERRY」からM5「スノー・ホワイトの街」が、ほぼタイムラグなく続く。そもそも1曲目がインストというスタイルが彼女のみならず、当時のアイドルには珍しいものであっただろうが、スペイシーな雰囲気のインストM1「OVERTURE」から始まって、アーバンな匂いのするファンクチューンM2「MISTY LOVE」へと連なっていく仕様は、リスナーにこの作品がこれまでの中山美穂作品とは一味違うことを印象付けると同時に、アルバムの世界観に誘うに十分な仕様であったと思う。M4「SHERRY」とM5「スノー・ホワイトの街」はいずれもミドルテンポな上に、前者が角松、後者が佐藤 博の作曲と作者が異なるため、世界観を区切らないための工夫だったように思う。この辺は優れたDJのような仕事と言っていいだろうが、1980年代前半からニューヨークに渡って本場のダンスミュージックに触れ、自らの作品にもいち早くヒップホップの要素を取り入れていた角松敏生ならではのことだったであろう。
当たり前のことだが、歌の主旋律は角松敏生としか言いようがないものばかりで、M4「SHERRY」、M7「JUST MY LOVER」、M8「FAR AWAY FROM SUMMER DAYS」辺りは、筆者のような熱心な角松リスナーと言えない者でも“これは角松だなぁ”と納得できるメロディーであって、本作のプロデュースに際しての彼の力の入り具合もうかがえるところだ。それはM10「花瓶」をのちに彼がセルフカバーしたことでも分かるだろう。力が入っていると言えば、アレンジも本当に力が入っていることがよく分かる。一切手を抜いた感じがしないのは当然としても──こう言っちゃアレだが、当時のアイドル楽曲としては、いい意味でやや過剰とも思える豪華なサウンドが聴ける。全曲が注目と言えるが、個人的にオススメは後半(アナログ盤で言えばB面)。とりわけM7「JUST MY LOVER」のパーカッションの響きやソウルフルなコーラスは完全にアイドルソングとは一線を画しているし、この曲のサビに重なるモノローグ(ていうか、囁き?)はあまり他では聴けないものだ。M9「GET YOUR LOVE TONIGHT」もいい。ブラスが配されて、間奏はゴスペル調のコーラス。ソウルっぽいアレンジとかではなく、完全にソウルミュージックである。また、これはアルバム全体の話になるが、本作は全体的にヴォーカルのバランスが小さい。アイドル楽曲…というだけでなく、ソロシンガーの楽曲としても異例と思えるほど歌が前に出ていない。ディレイが深めな箇所も多々ある。この辺と、件のアレンジの豪華さを考えると、角松はアイドル歌手やソロ女性シンガーのプロデュースというよりも、優れたロック、ポップス作品を創り出そうとしていたのではないかと気すらしてくる。