グラミー賞の主要部門を独占した
クリストファー・クロスの
デビューアルバム『南から来た男』

リッチー・ブラックモアの代わりを
務めたクリストファー・クロス

新人によるデビュー作であるにもかかわらず演奏者の人選を一部任せていることから、マイケル・オマーティアンはクロスの非凡な才能を知っていたのかもしれない。

クリストファー・クロスはテキサス州サン・アントニオの出身で、若い頃から素人離れしたギターの腕前は知られていた。いくつかのハードロックバンドを渡り歩き、70年にサン・アントニオで行なわれたディープ・パープルのコンサートでは、体調を崩したリッチー・ブラックモアに代わってギターを弾いたこともある(その時、なんと19歳!)。地元ではブラックモアの完コピ少年として知られ、76年には地元のレーベルからシングル「Talkin’ About Her/It’s All With You」を1枚リリースしている。地元でギターが巧いことで知られていたクロスであるが、彼が一目置くほどのギタリストがエリック・ジョンソンであった。今ではギターフリークの間でロック界最強のギタリストのひとりとして知られるジョンソンであるが、クロスは“ジョンソンを世に出したい!”という思いから、本作『南から来た男』に起用するのである。

本作『南から来た男』について

この作品の聴きどころは、類い稀なるクロスの透明感のある美声であり、彼の経歴がまったく知られていなかったリリース時には、大物アーティストが偽名で出したアルバムだと言う者も少なからずいたぐらい、素人離れしたそのヴォーカルが魅力であった。また、前述のようにJ.D サウザー、ニコレット・ラーソン、ヴァレリー・カーター、ドン・ヘンリー、マイク・マクドナルドら、西海岸の人気アーティストたちがバックヴォーカルで参加しているので、どことなくウエストコーストロックの香りがするのも人気を集めた理由のひとつだと思う。

収録曲は全部で9曲。全てクロスのオリジナルで、どの曲もキャッチーでよく練られた楽曲ばかりである。元ハードロッカーの片鱗はなく、クロスは自分の声を活かすためにはどんな作風が合うのかを試行錯誤し、出した結果がAOR系のサウンドであった。本作からは「セイリング」(全米1位)、「風立ちぬ(原題:Ride Like The Wind)」(同2位)、「もう二度と(原題:Never Be The Same)」(同15位)、「セイ・ユール・ビー・マイン」(同20位)の4曲がヒット、日本でも大いに売れた。

もうひとつ、本作の聴きどころがある。それは各曲のギタープレイで、クロス自身が優れたギタープレーヤーだけに、こだわった部分であったのかもしれない。「セイ・ユール・ビー・マイン」と「もう二度と」の2曲では、本作の翌年にデビッド・フォスターとの双頭バンド、エアプレイを結成しAORサウンドの頂点を極めたジェイ・グレイドンの一世一代の名演が収められている。「愛はまぼろし(原題:I Really Don't Know Anymore)」「ザ・ライト・イズ・オン」はラリー・カールトンが、これまた難度の高いギタープレイを披露している。「哀れなシャーリー(原題:Poor Shirley)」と「風立ちぬ」はクロス自身が間奏でソロを弾いており、LPのリリース当時はクロスのギターソロはクレジットされていなかったから気づかなかったが、今聴くと彼がギタリストとして活動できるほどの才能であることが分かる。

そして、最後のナンバー「ジゴロの芸人(原題:Minstrel Gigolo)」で、クロスの“ジョンソンを世に出したい!”という声に応えるかのようにエリック・ジョンソンが渾身のギタープレイを披露している。ジョンソンのギターソロはカールトンやグレイドンを凌駕するほどの演奏である。ジョンソンの出番を最後に持ってくるあたり、クロスのジョンソンへの信頼度がはっきり分かるし、ジョンソンはその想いに応えるだけのプレイをしているのだからすごい。本作への参加でジョンソンの実力は一気に認められ(というか、想像を遥かに超えるテクニックを持っていた)、今では世界最高のギタリストのひとりとして活躍していることを考えると、クリストファー・クロスの貢献はほとんど知られていないが、地元を愛する彼の尽力でエリック・ジョンソンは世に出たわけである。

本作の成功の後、映画『アーサー』の主題歌「ニューヨーク・シティ・セレナーデ(原題:Arthur's Theme (Best That You Can Do))」(‘81)を手掛けて全米1位の大ヒットとなり、2年連続でグラミー賞を受賞している。83年には2ndアルバム『アナザー・ページ』をリリース、このアルバムも良い仕上がりであったが、デビュー作のような大ヒットには恵まれなかった。

最後に、この4月、彼は新型コロナの陽性反応が出て歩行困難を訴えているというニュースが流れていたが、ツイッターなどで投稿も行なっているので、現在は徐々に回復しているようだ。

TEXT:河崎直人

アルバム『Christopher Cross』1979年発表作品
    • <収録曲>
    • 1. セイ・ユール・ビー・マイン/Say You'll Be Mine
    • 2. 愛はまぼろし/I Really Don't Know Anymore
    • 3. スピニング/Spinning
    • 4. もう二度と/Never Be The Same
    • 5. 哀れなシャーリー/Poor Shirley
    • 6. 風立ちぬ/Ride Like The Wind
    • 7. ライト・イズ・オン/The Light Is On
    • 8. セイリング/Sailing
    • 9. ジゴロの芸人/Minstrel Gigolo
『Christopher Cross』(’79)/Christopher Cross

OKMusic編集部

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