新国立劇場バレエ団の配信「巣ごもり
シアター」~名演『マノン』と懐かし
さ満載『ドン・キホーテ』の見どころ
を紹介

新国立劇場では新コロナウイルスによる劇場の上演自粛にともない、2020年4月からオペラやバレエなどを無料で配信する「巣ごもりシアター」を実施。5月1日からはバレエ作品『マノン』、8日からは『ドン・キホーテ』がお目見えする。
『マノン』は大原永子芸術監督が柱とする「ロマンティック・バレエ」の最高峰の一つといえる作品で、今回配信するのは去る2月に英国ロイヤルバレエ団のプリンシパル、ワディム・ムンタギロフをゲストに迎えて8年振りに上演した際の映像だ。『ドン・キホーテ』もまた、コロナ禍がなければまさに5月のゴールデンウィークに上演していた演目。ベテランからフレッシャーズまで、5人のキトリと6人のバジルが配役されていたという、日本では例のない取り組みがなされており、これもまた「ダンサーのレベルアップ」を掲げてきた大原芸術監督の総まとめの一つともなる公演だった。今回は2016年に上演された同演目の映像を配信する。それぞれの見どころをご紹介しよう。(文章中敬称略)

■米沢&ムンタギロフ、魂のぶつかり合いが生み出すドラマに注目

『マノン』は英国を代表する振付家、ケネス・マクミランによる作品で、1974年に英国ロイヤルバレエ団で初演されて以来、パリ・オペラ座など、世界の名だたるバレエ団がレパートリーとして取り入れている。原作はフランスのファム・ファタル文学の先駆けとされるアヴェ・プレヴォの小説『マノン・レスコー』で、美少女マノンと、彼女への愛ゆえに破滅していく神学生デ・グリューを中心に、人間の抱く愛や欲の姿が赤裸々に描かれる。バレエとは「蝶よ花よ」といった、おとぎ話やファンタジーの世界だと、そう思っている人達にとっては認識が180度変わるであろう作品で、またダンサーには演技力……というよりは舞台となる18世紀フランスで「生きる」ことが要求される難物だ。だからこそそこに描き出されるドラマは生々しく深く重く、観る者の心に深い印象を刻みつける。
今回の配信でマノンを踊る米沢唯はこれが初役だが、実にナチュラルで、無邪気に気ままに、心が命ずるままに「マノン」を生きている。デ・グリュー役のムンタギロフとは同じくマクミラン作品の『ロメオとジュリエット』(2016年)やイーグリング振付『くるみ割り人形』(2017年)などでしばしば共演し、その相性の良さは定評のあるところだが、3年振りの顔合わせとなる今回の『マノン』は、2人の清い思いが絡み合うなかで、互いに研鑽を積み成長してきた芸術家同士の、「魂がぶつかり合い」ともいえる凄みも感じられる。(当たり前だが)ほかではまず見られない、米沢&ムンタギロフが醸し出す、2人ならではの世界にぜひ注目していただきたい。またムンタギロフが英国ロイヤルバレエ団で演じたデ・グリューの映像を目にした方は、その違いも楽しめるだろう。
このほか金のために妹を売るシニカルな、でもどこか憎めないマノンの兄レスコー(木下嘉人)や、その愛人ミストレス(木村優里)、金ですべてを手に入れようとする好色なムッシューGM(中家正博)のギラギラっぷり、娼館を仕切るマダム(本島美和)の存在感など、一癖も二癖もある登場人物も随所で輝きを放つ。マクミラン作品には「舞台上に無駄な人物は1人もいない」という言葉通り、バレエ団のダンサー一人ひとりが様々な場所で、それぞれの役を生きている。何度も見返してチェックができるのも、配信ならではの醍醐味だ。
撮影:瀬戸秀美

ちなみに『マノン』の舞台は18世紀のフランスで、時の王はルイ15世。彼の時代はヴェルイユ宮殿など華麗な文化を築き上げた太陽王ルイ14世と、その時代の浪費・散財が遠因となり、結果的に革命の露と消えゆくルイ16世の、その間にあたる。この時代、ルイ15世の宮廷では王侯貴族を中心に華麗なロココ文化が花開く一方、国民は明日の糧を得るため物乞いや娼婦に身をやつすなど、華麗な文化の代償ともいえる貧富の格差はいよいよ広がっていた。また3幕で登場するルイジアナはルイ14世の名にちなんで名づけられたフランスのアメリカ植民地のひとつで、流刑囚や孤児が送り込まれたほか、喰い詰めて海を渡った者もおり、また本国の目が届かぬことをいいことにやりたい放題の役人もいるなど、ここにも掃き出された人間の巣窟があった。『マノン』には、こうした明日をも知れぬ日々をなりふり構わず生き抜こうとする人々の姿が投影されているので、こうした時代背景もぜひ頭の片隅に留めておくと、より世界観が深まること請け合いである。

■登場人物が盛りだくさん! 懐かしい顔ぶれも味わい深い『ドン・キホーテ』

8日から配信される『ドン・キホーテ』はセルバンテスの同名の小説を原作としたバレエ。憧れのドルネシア姫を求めお供のサンチョ・パンサを連れて旅に出た誇り高き妄想の騎士、ドン・キホーテが、バルセロナの町で出会った町娘のキトリと床屋のバジルのカップルらと繰り広げるコメディだ。古典バレエの王道ともいえる作品で、物語は単純明快。バレエのテクニック的にも超絶技巧が次々と登場するなど、初めて古典バレエを見る人にはぜひおすすめしたい作品のひとつだ。
こちらも主演キトリは米沢。とくに3幕のグラン・パ・ド・ドゥの見どころであるグラン・フェッテ(36回転)など、涼しい顔をして超絶技巧をしれっとこなす彼女ならではの味わいが随所に炸裂している。バジル役の井澤駿はこの当時はファースト・ソリストで、王子役とは違った床屋の青年をのびのびと演じている。長身の貝川鐵夫が演じる騎士ドン・キホーテは、飄々とした彼特有の異世界感が実に味わい深い。その騎士に付き従う高橋一輝のサンチョ・パンサの甲斐甲斐しさとテキトー感が、また絶妙だ。
『ドン・キホーテ』米沢唯、井澤駿 撮影:瀬戸秀美
見どころの一つとしておすすめしたいのは、1幕のトレウバエフ演じるエスパーダ。「世界のすべてが俺にホレてるぜ」と言わんばかりのオーラは、まさに花形闘牛士の面目躍如だ。スタッカートの効いた溌溂さと安定の技術に目を見張る長田佳世の街の踊り子も、古参のファンにとっては懐かしくうれしい顔だ。
新国立劇場バレエ団で採用しているファジェーチェフ版はキトリの友人(柴山紗帆、飯野萌子)、キトリに横恋慕する金持ちのガマーシュ(菅野英男)、森の女王(細田千晶)、キューピッド(五月女遥)、酒場の美女メルセデス(本島美和)、ジプシーの頭目(小柴富久修)やジプシーたち(福田圭吾、木下嘉人)、ギターの踊り(堀口純)、結婚式で踊られるボレロ(丸尾孝子、中家正博)など、とにかく登場人物が多い。それだけたくさんのダンサーが次々と登場するので、新旧ダンサーの活躍にもぜひ注目していただきたい。
文=西原朋未

SPICE

SPICE(スパイス)は、音楽、クラシック、舞台、アニメ・ゲーム、イベント・レジャー、映画、アートのニュースやレポート、インタビューやコラム、動画などHOTなコンテンツをお届けするエンターテイメント特化型情報メディアです。

連載コラム

  • ランキングには出てこない、マジ聴き必至の5曲!
  • これだけはおさえたい邦楽名盤列伝!
  • これだけはおさえたい洋楽名盤列伝!
  • MUSIC SUPPORTERS
  • Key Person
  • Listener’s Voice 〜Power To The Music〜
  • Editor's Talk Session

ギャラリー

  • 〝美根〟 / 「映画の指輪のつくり方」
  • SUIREN / 『Sui彩の景色』
  • ももすももす / 『きゅうりか、猫か。』
  • Star T Rat RIKI / 「なんでもムキムキ化計画」
  • SUPER★DRAGON / 「Cooking★RAKU」
  • ゆいにしお / 「ゆいにしおのmid-20s的生活」

新着