特別展『法隆寺金堂壁画と百済観音』
レポート 人々が守り伝えた東洋仏教
絵画の傑作に触れる

世界最古の木造建築・法隆寺。その中心となる金堂には、1300年前の飛鳥時代に描かれた巨大な仏教絵画が存在していた。東洋美術の至宝と讃えられた法隆寺金堂壁画は、昭和24年(1949年)に不慮の火災によって大半が焼損する。
会場エントランス
東京国立博物館にて今春開幕予定の特別展『法隆寺金堂壁画と百済観音』(会期:〜2020年5月10日)は、焼損前に残された数々の模写や写真資料、さらに、焼損後に再現された現在の壁画を通して、在りし日の金堂壁画の姿に迫るもの。

右:重要文化財 法隆寺金堂壁画 写真ガラス原板 第11号壁 普賢菩薩像 部分 佐藤浜次郎ほか撮影 昭和10年(1935) 法隆寺蔵、 左奥:重要文化財 法隆寺金堂壁画 写真ガラス原板 第12号壁 十一面観音菩薩像 部分 佐藤浜次郎ほか撮影 昭和10年(1935) 法隆寺蔵

2020年は文化財保護法の成立から70年目の節目を迎える。東京国立博物館保存修復室長の瀬谷愛氏は「これを機に法隆寺金堂壁画に注目していただき、焼けた壁画は修理され今も法隆寺の境内にある収蔵庫で大事に保管されているということを、多くの皆さんに知っていただきたい」と、本展の企画趣旨を説明した。

展示風景

展示後半では、焼損壁画を一般に公開するための、最新の調査研究や新技術による取り組みなども紹介される。23年ぶりに東京で公開される国宝・百済観音が見守る会場より、本展覧会の見どころをお伝えしよう。
江戸時代から連綿と続く金堂壁画の模写
法隆寺金堂壁画は、阿弥陀浄土図や釈迦浄土図など、仏の群像を描いた大壁4面と、菩薩を単独で描いた小壁8面の計12面を中心とした巨大な壁画群。焼損した壁画のかつての様相を知るには、戦前の模写や複製が貴重な資料になっている。本展は、江戸時代から現代にかけて制作された各時代の模写や複製を紹介。「立場の異なる人たちが、さまざまな事業で文化財を守り広めるために取り組んだ活動の象徴となる作品が集っています」と瀬谷氏。
現存する金堂壁画の模写の中で最も古い作品は、江戸時代に描かれた《阿弥陀浄土図》。第6号壁の阿弥陀浄土図をもとに仏の姿を抜き写した本作は、線画や彩色が復元的に描かれ、記録的な模写というよりも礼拝画に近い。
阿弥陀浄土図 祐参筆 江戸時代 嘉永5年(1852) 放光寺蔵
明治時代に、画工・桜井香雲が模写した《法隆寺金堂壁画(模本)》は、壁画の傷や剥落などをそのまま写し取ったもの。「現状模写」として貴重な本作は、全12面の壁画を記録した最古の模本となっている。香雲は「上げ写し」と呼ばれる、金堂内で壁画の上に紙をのせてピンで留め、その紙を上げ下げしながら写し取る技法を使って模写を行なったという。
法隆寺金堂壁画(模本) 第1号壁 釈迦浄土図 桜井香雲模 明治17年(1884)頃 東京国立博物館蔵
昭和の火災が起きる以前、法隆寺で行われていた修理事業の一環として、日本画家のグループが4班に分かれて模本を制作した。なかでも入江波光(いりえはこう)の班は、伝統的な上げ写しの技法を採用し、原寸大写真を印刷した紙の上に和紙を重ねて、すべて手描きで模写を行った。
左:法隆寺金堂壁画(模本)第6号壁 阿弥陀浄土図 入江波光、入江酉一郎、吉田友一、川面稜一、林司馬、多田敬一模〔入江班〕 昭和15~26年(1940-51) 法隆寺蔵、 右:法隆寺金堂壁画(模本)第8号壁 文殊菩薩像 吉田義夫、吉田友一、林司馬、川面稜一、近藤千尋模〔入江班〕 昭和15~26年(1940-51) 法隆寺蔵
一方、洋画家の和田英作は壁画の色彩は日本画ではなく洋画(油絵)でなければ表せないと主張し、独力で模写に挑んだ。
左:法隆寺金堂壁画(模本) 第5号壁 菩薩半跏像 和田英作模 昭和18年(1943) 東京国立博物館蔵、 右:法隆寺金堂壁画(再現壁画) 第11号壁 普賢菩薩像  大山忠作筆〔橋本班〕 昭和43年(1968) 法隆寺蔵 
金堂壁画の被災後に制作された《法隆寺金堂壁画(再現壁画)》は、昭和の修理事業の際に模本を制作した日本画家たちが中心となり、焼損前の状態を再現した。「再現壁画」と呼ばれる本作では、和紙に原寸大写真を印刷したものに線描と彩色がおこなわれた。完成した作品は額装され、現在の金堂を荘厳している。
生涯三度、金堂壁画の模写を行った鈴木空如
「模写だからといってただのコピーや複製だと思わずに、それを写してきた人たちが何を大事だと感じ、どんな思いで写そうとしたのかということを、会場を見ながら一つひとつ味わってほしい」と、模本に対する思いを語った瀬谷氏。
秋田出身の日本画家・鈴木空如(くうにょ)は、仏画師としての己を貫き、生涯にわたり全12面の模写に3度取り組んだ。桜井香雲の模本に学び、独力で壁画の模写をはじめた画家の作品は、年代を重ねるごとに鑑賞性の高い模本に発展する。
左:法隆寺金堂壁画(模本) 第10号壁 薬師浄土図 鈴木空如模 大正11年(1922) 大仙市蔵、 右奥:法隆寺金堂壁画(模本) 第10号壁 薬師浄土図 鈴木空如模 昭和7年(1932) 平木浮世絵財団蔵
法隆寺金堂壁画(模本) 第10号壁 薬師浄土図 鈴木空如模 昭和11年(1936) 大仙市蔵

空如は、部分的な抜き写しによって研鑽を重ね、絵師の感情が入らないよう、同じ太さで線を描く「鉄描線」を体得しようとしていた。画家の模写に対するこだわりが感じられる部分模写は、全面模写と併せてたのしみたい。
右:法隆寺金堂壁画(模本)第11号壁 普賢菩薩像 部分 第8号壁 文殊菩薩像 部分 鈴木空如模 大正〜昭和時代(20世紀) 大仙市蔵、 左奥:法隆寺金堂壁画(模本)第2号壁 菩薩半跏像 部分 第10号壁 薬師浄土図 部分 第1号壁 釈迦浄土図 部分 鈴木空如模 大正〜昭和時代(20世紀) 大仙市蔵
飛鳥時代を代表する国宝・百済観音をぐるっと鑑賞!
本展の見どころとして、百済観音の名前で親しまれている国宝《観音菩薩立像》が23年ぶりに東京で公開される。昭和の初めまで金堂内に安置されていた本像は、1997年にルーブル美術館などで公開されて以降、門外不出とされてきた。会場では、透明度の高いガラスケース越しに、360度の角度から細部までじっくりと鑑賞することができる。約2メートルのすらりとした体躯に、しなやかな指先と柔和な笑みを浮かべる観音菩薩からは、慈悲の心がにじみ出ているようだ。
国宝 観音菩薩立像(百済観音) 飛鳥時代 7世紀 法隆寺蔵
お像の背面、光背支柱の下部には、観音菩薩が山よりも大きな存在であることを示す山岳が表されている。 国宝 観音菩薩立像(百済観音) 飛鳥時代 7世紀 法隆寺蔵(部分)
同じ展示室内には、平安時代に造られた国宝《毘沙門天立像》と国宝《吉祥天立像》が併せて出品される。金堂の本尊である釈迦三尊像の左右に安置される二像は、鮮やかな彩色や見事な模様が、当初の姿のまま残されている。
国宝 毘沙門天立像 平安時代 承暦2年(1078) 法隆寺蔵

国宝 吉祥天立像 平安時代 承暦2年(1078) 法隆寺蔵

最新の複製技術を使った研究成果も
明治から昭和の時代にかけては、焼損前の金堂壁画を忠実に模写した作品だけでなく、写真撮影による精巧な図版が残された。展示後半では、京都の美術印刷会社・便利堂が、昭和10年(1935年)に撮影した原寸大写真を、コロタイプ印刷して掛け軸に仕立てた複製が出品される。便利堂の写真印刷技術は、昭和の模写や焼損後の再現壁画の制作の際に応用された。
右:法隆寺金堂壁画 第1号壁 釈迦浄土図(複製陶板) 大塚オーミ陶業制作 令話元年(2019) 奈良県蔵、 左:法隆寺金堂壁画(複製) 第12号壁 十一面観音菩薩像 便利堂制作 昭和12年(1937) 東京国立博物館蔵
さらに本展では、焼損した法隆寺金堂壁画の複製陶板を展示。高精細写真と3D計測によって壁面の質感や凹凸まで再現した本作は、最新の技術を取り入れた、令和時代にふさわしい金堂壁画の複製と言えるだろう。
中央:法隆寺 釈迦三尊像(スーパークローン文化財) 東京芸術大学COI拠点制作 平成29年(2017) 東京藝術大学COI拠点蔵、 壁面:法隆寺金堂壁画 第1号壁 釈迦浄土図 第6号壁 阿弥陀浄土図 第10号壁 薬師浄土図(スーパークローン文化財) 東京芸術大学COI拠点制作 令話元年(2019) 東京芸術大学COI拠点蔵
展示終盤には、東京藝術大学による最新のデジタル技術と、手作業によるアナログ技術を融合した複製技術を用いて制作されたスーパークローン文化財の《法隆寺 釈迦三尊像》と《法隆寺金堂壁画》も特別出品される。
「一つの作品にこれだけ長い間、色々な立場の人たちが模本や複製に取り組んだということが、いかに金堂壁画が後世に残したいと思わせるような素晴らしい作品であるかを物語っている」と瀬谷氏。それと同時に「文化財保護の大切さを改めて実感する機会になってほしい」とコメントした。
時代に応じて、様々な手法で表現されてきた金堂壁画を通して、文化財を守り伝えてきた人々の思いが伝わる展覧会『法隆寺金堂壁画と百済観音』は、2020年5月10日まで。

取材・文・撮影=田中未来

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