唐十郎の名作『少女仮面』を結城一糸
×天野天街×丸山厚人が紐解く~ 一
糸座が糸あやつり人形で上演

<謹告>

下記、糸あやつり人形一糸座『少女仮面』に関するインタビューは、2020年2月上旬に実施したものです。その後、新型コロナウィルスの状況が悪化、感染拡大予防のため同公演の延期がこのほど決まりました。詳細は糸あやつり人形一糸座の公式サイト https://www.isshiza.com/ をご参照ください。

結城一糸が代表を務める糸あやつり人形一糸座は、唐十郎作『少女仮面』をザ・スズナリで上演する(2020年5月に予定されていた公演は延期)。演出は『ゴーレム』『泣いた赤鬼』以来のタッグとなる天野天街(少年王者舘)。この人形芝居に“人間”として出演するのは、『ゴーレム』『おんにょろ盛衰記』で主役を演じた丸山厚人、そして夕沈(少年王者舘)、中川晴樹(ヨーロッパ企画)、田村泰二郎、大久保鷹。このうち、丸山厚人は劇団唐組で、大久保鷹、田村泰二郎は唐組の前身である状況劇場で、それぞれ唐の演出を直接に受けていた面々だ。
戯曲『少女仮面』は、唐が早稲田小劇場(演出:鈴木忠志)に書き下し、1969年10月初演、翌70年に岸田戯曲賞受賞、71年には唐自身の演出で状況劇場でも上演された。74年には一糸座のルーツ、結城座により人形芝居として上演された(演出:佐藤信)。76年、81年と再演を重ねた。久々の糸あやつり人形版となる一糸座『少女仮面』では、次のとおり配役が決定している。
<人形群>
春日野八千代 結城一糸
貝 結城敬太
老婆 結城民子
<役者群>
ボーイ主任 丸山厚人
腹話術人形 夕沈(少年王者舘)
腹話術師 中川晴樹(ヨーロッパ企画)
水飲み男 田村泰二郎
甘粕大尉 大久保鷹

糸あやつり人形と人形遣いと役者が、同じ舞台に上がり、どのような『少女仮面』をみせるのか。十代目結城孫三郎の三男であり一糸座の代表である、人形遣いの結城一糸、そして天野天街と丸山厚人にインタビューを行った。聞き手は、SPICE「舞台」編集長の安藤光夫。
一糸座『少女仮面』公演チラシ(2020年5月27日~31日)
■結城座から一糸座、唐十郎との出会い
── 一糸さんは1974年4月、当時長兄さんが座長だった結城座で『少女仮面』に参加されたそうですね。
一糸 26、7歳の時ですね。ボーイ主任を人形でやりました。親父(十代目結城孫三郎)が春日野八千代をやり、その台詞は劇団黒テントの女優さん方が担当されました。
──それ以前は、唐十郎のことはよくご存じだったのでしょうか。
一糸 ええ。10代の終わりに三鷹の本屋の店先で、うず高く積まれた『ジョン・シルバー』(初演:1965年、出版:1969年)を手にとったのが最初です。結城座は長らく古典の演目をやってきましたが、1967、8年から六本木の自由劇場で芝居もやるようになりました。それで自由劇場の方々から名前だけは聞いていたんです。「唐十郎という男がいる。馬鹿か天才のどっちかだ」って。結果、天才でしたね。日本にこれほど面白い作家がいるのかと驚き、その後、状況劇場の『少女都市』を観ました。アートシアター新宿文化という映画館で、映画がはねた後の夜9時半からやっていた『愛のリサイタル』というコンサートにも足を運ぶようになり。麿赤児さんや四谷シモンさんがいて、その中で土方巽さんが踊っていた時代です。
天野 羨ましいよね(ため息)。
丸山 はい(大きく頷く)。
一糸 そんな折に、自由劇場から発展して生まれた黒テント(演劇センター68/71)の佐藤信さんから、結城座に「一緒にやらないか」と提案されたのが『少女仮面』でした。嬉しかったですね。
── その時は、伝統芸能と現代劇に風穴をあける、という気持ちもあったのでしょうか。
一糸 「風穴を」という意識よりは、周りから「結城座はいつも古典をやる」と認識されていることにひっかかりを感じていたんです。古典は古典で、知れば知るほどに面白かった。でも頭の片隅には「俺たちは今を生きてるんだから今の芝居もやってみたい」「自分たちで考えて作ることもしてみたい」という思いも。これは2人の兄(長男・田中純=11代目孫三郎、次男・当代孫三郎)も、同じだったと思います。
──遡ればお父さまやお祖父さまも、人形芝居の世界に新しいことを持ち込まれています。
一糸 たしかに。もともとは浄瑠璃の語りに頼っていた人形の台詞を、人形遣いが言うようにしたり、エノケン(榎本健一)さんが「人形と『金色夜叉』をやりたい」という提案をきっかけに、人形と人形遣いと人間による芝居を成り立たせたりとね。江戸時代には、糸あやつり人形の一座が他にもありました。しかし明治以降、結城座だけが残った。それも親父やお祖父さんが、古典を守りながらも新しいことを積み重ねてきた結果だと思っています。そう考えると色々やりたくなるのは、うちのDNAかもしれません(笑)。
結城一糸
■丸山、天野、それぞれの唐十郎体験
──唐さんは1940年生まれで、一糸さんは1948年生まれ。後進の世代となる天野さん(1960年生まれ)と丸山さん(1980年生まれ)は、初めての唐十郎体験はどのように?
丸山 僕は小学5年生の頃です。NHKの教育テレビで放映された状況劇場『ジャガーの眼』(1985年)と唐組旗揚げ公演『電子城 背中だけの騎士』(1989年)を父がビデオに録っており、それを見たのが最初でした。「小太りで早口で台詞をいう、"寺山修司のサンダル"にのって登場した面白いおじさん」が唐十郎だと認識したのは、ずいぶん後のことです。生の唐十郎体験は、大学入学後です。
──丸山さんは好きなだけにおさまらず、唐組に入団されました。
丸山 ええ。大学卒業後は親しいメンバーと劇団を立ち上げるつもりでしたが、やりたいことと言えば唐十郎しか浮かばない。真似事をするくらいなら、まずオリジナルを勉強しようと思い、唐組の試験を受けました。ずっと関西に住んでいたので、大学を辞めて上京し、なんとか唐組に入ることができました。そこから20代のほとんどすべてをつぎ込み唐十郎の下で演劇を叩きこまれることになるわけですが、ここからは何時間でも話せます。どうしましょうか(笑)。
天野 よければこの続きは、『ジャガーの眼』※の時に取材してあげてください(笑)。
※丸山は自身のプロデュースで、11月に唐十郎作『ジャガーの眼』を上演する予定(天野天街・丸山厚人 共同演出)。会場は『少女仮面』と同じく、ザ・スズナリ。
──天野さんの、初めての唐十郎体験は?
天野 初めて生の舞台を観たのは、1982年に名古屋の白川公園でやった『新・二都物語』です。それ以前からテレビで見て存在は知っていました。NHK大河ドラマ『黄金の日日』(1978年)の、人買いみたいな役で。
── 貿易商・原田喜右衛門ですね。主演の松本白鸚(当時・六代目市川染五郎)演じる呂宋助左衛門を邪魔する役ですね。
天野 そうです。アナクロニズムの禁を犯したような、あの時代にいちゃいけない異物が混ざったような存在感。
──天野さんは、そんな唐十郎から特別に影響を受けたという意識はありますか?
天野 唐さんは天才だと思いますし影響はいっぱい受けたと思います。でも自分ではよく分からないですね。
天野天街
■一糸からみた天野と丸山
──一糸さんは、演出家天野天街について、どのような印象を抱いてますか?
一糸 僕の中で「人形を知る演出家」は、福田善之さん、佐藤信さん、そして天野さんの3人。福田さんは、人形と人間の在り方も含め構造の部分を演出されるところがある。佐藤さんは稽古をしながら、閃きで作る。人形遣いのように人形を理解し、人形遣いに近い目線で演出をされます。
その二人と天野さんは、善し悪しではなく全然違う。『ゴーレム』や『泣いた赤鬼』、ITOプロジェクトさんとの人形芝居『平太郎化物日記』や『高丘親王航海記』など、天野さんの人形へのアプローチをみていると、天野さんには、いまだ人形の限界がみえていないのだろうなと思わされます。
──人形の限界をどう突破してやろうか、と考えているようにも見えます。
天野 実際まだまだできるだろうなと思っています。
一糸 それに応えていきたいですね。
──続いて俳優・丸山厚人さんの印象はいかがでしょうか。一糸座との共演は今度で三作目ですね。
一糸 ちゃんと人形と向き合ってくれる役者です。人間と同じようにという意味とは少し異なるのですが、人形遣いとして役者と向き合った時に、人形を通してこちらの身体に響いてくる。はぐらかさない強さを感じます。
──天野さんは演出家の目線で、丸山さんをどうご覧になっていますか?
天野 『ゴーレム』の時の感覚ですが、厚人は人形への嫉妬を隠しません。さらに人形への憧れを、嫉妬と同期させて強く反射したものを自分の中に入れようとする。けれどもどうしても入らない。それに悶え苦しむようなところがあり、そうやって格闘した結果、人形を尊敬しているんじゃないかな。
糸あやつり人形一糸座 過去公演『ゴーレム』より(中央・丸山厚人)
■不文律を面白がり、一言一句そのまま誤読する
──丸山さんは、今公演のオファーをどのような気持ちで受け止めましたか?
丸山 キザな言い方ですが、一糸さんにとって45年の沈黙を破っての『少女仮面』です。そこにボーイ主任という重要な役で呼んでいただいたのですから、プレイヤーとしてこれほど嬉しいことはありません。
──天野さんは、演出の依頼を受けていかがでしたか?
天野 面白いものにできるという感覚はありました。ただ唐十郎の戯曲を演出するのは初めてです。僕はいつも作者の方に悪いことをしてきたんです。全部……。
一糸 書きかえちゃうんですよね、全部(一同、笑)。
丸山 でも唐十郎には、上演にあたり一言一句変えてはいけないという不文律がある。
天野 そう! だから今回、僕は一言一句変えずにできるんです。縛られないと書きかえてしまうけれど、今回はそれに縛られることで「この中」でできる。その不自由さを面白がれたらいいですね。
──天野さんの作品には同じシーンや台詞をくり返す手法があります。今回はそれも封印されるのでしょうか。
天野 くり返しはします。
──え!(笑)
天野 くり返しは、変えるのではなくコピペですから「一言一句変えない」には抵触していません……よね?
丸山 はい!
丸山厚人
──ジャッジは丸山さんが?
丸山 僕は、唐十郎原理主義者ですから(笑)。
天野 秘密警察みたいでしょう?(笑)
丸山 実際、他の劇団が唐さんの作品を上演するときに、台詞を変えたり削ったりするのを観ることはあります。やりにくいからとか笑いをとれないからとか。それは違うと思うんです。一方で、誤読はいいんです。意図を変えようという意図はないんですから。ドンドン演じてドンドン誤読したらいい。
天野 唐警察もこう言ってますので、戯曲は一字一句変えないし意図も変えない。けれど誤読はする。誤読は変換作業だから、それをずっとくり返して行くイメージで。
一糸 せっかくそう言ってくださってる中であれですが、初演の台本を引っ張り出してみると、カットしたり書き加えたりしているところもチラホラあったんですよね。
天野 そんな卑劣な行為を?!(笑)
一糸 でも僕覚えてるんです。この台本で上演した時に唐さんが観にこられ、観た後はゴキゲンに皆でお酒を飲み、最後は親父の手をとり「この手か!」ってペロペロ舐めていましたよ(一同、笑)。
結城一糸
■それよりもまずダンディズムだろ
──丸山さんが演じる、ボーイ主任についてお聞きかせください。
丸山 主任は、劇中で「物語を作り演出してるのはボーイ主任ではなかろうか?」とも書かれている役です。俯瞰してみないといけませんし、同時に僕はこの座組で、唐十郎独特の言語感覚やリズム感を担う役割をになっているとも考えています。
──主任は、暴力性を秘めた役でもありますね。
天野 つまらない役者がやると、主任の暴力性は陰惨でヒステリックなだけになってしまうよね。でも大事なのは馬鹿馬鹿しさ。厚人にはそれができます。
丸山 僕は唐組で、稲荷卓央さんのムコウをはり、思いきり格好つけてるくせに馬鹿馬鹿しい感じが求められる役を多くつとめました。"暴力性"のやり方にも、サディスティックなりエロティックなり色々ありますが、唐さんがよく言われていたのは、「ヤクザじゃないんだ。暴れて喚いてオラァ!と殴ればいいわけじゃない」ってことです。殴るのにだって美学があるだろ、ダンディズムだよ」と。
──美学やダンディズムを体現するために、どんなことを意識していますか。
丸山 一般的に、演技に残虐さを出そうとすると、どうしてもネガティブで嫌な調子になりがちです。でも台本に書かれた字面のイメージに縛られず、素敵なことのようにやってみたら違ってくることがある。唐さんも「こいつに酷いことをしてやろう、ではなく、良いことのように殴れ」とよく言っていました。
──「馬鹿馬鹿しさ」といえば『少女仮面』には、たとえば「春日野は"かすぐの"でせい一杯さ」「ヨークシャの荒野をクシャミをしながら」といったダジャレがけっこう散りばめられていますよね。最近はこういうところが、けっこうスルーされがちなのが個人的には残念なのですが。
丸山 演出家の世代も若くなりましたし、面白さの前に一体何のことか分からないダジャレも多いと思うんです。
天野 書かれた当時から、一部のインテリ層だけに刺さる元ネタも多かったしね。
丸山 第一場に「捨てたパンツに聞いてごらん」なんて台詞があります。あれも正直意味は分かりません。もしかしたら当時、ステファンなんとかみたいな人がいて、名前をかけたダジャレだったのかもしれない。台詞によっては唐さん自身、「俺なんでこんなこと書いたのかな」なんて言うこともある(笑)。そういう台詞も全部、馬鹿馬鹿しいと思いながら一生懸命やればいいんです。「ウケるかな?」と悩んだり、誇張したりふざけたりする必要はありません。これも素敵な台詞であるように、「お父さんに聞いてごらん」と同じ調子で「捨てたパンツに聞いてごらん」って言ったらいいんじゃないかな。
丸山厚人
──そういっていただけると印象はだいぶ変わりますね。天野さんには、ぜひダジャレもスルーしない演出をお願いしたいです。数々の舞台でみせてきた言葉の魔術で。
天野 魔術でどうこうというつもりはありません。ダジャレを別の言葉に置き換えるのもつまらない。そのままで何かしたいですね。「一言一句変えない」という縛りの中で使える技は、今のところループしかないのでダジャレを……100回言うとか(笑)。
(一同、「ああ」と頷く)
天野 言語でどうこうは考えていませんが、唐十郎の言語で、リズムで、ただ光の当て方は考えます。そこに隠されてもいないものを、「ほら、これだろ?」とポンと出してみせることはあるかもしれない。あとは人間でしかできないことと人形でしかできないことを、ぶつからせたい。まだまだ色々、裏切りたいです。
丸山 このメンバーの中で「唐さんだったらこうじゃないか?」と想像力を働かせることが一番できるのは自分だと自負しています。それが道しるべになればと思います。
天野 道しるべっていいですね。そのままやるのでは、ただの復刻版になってしまうから。
天野天街
■クラっとするような捻じれを見せたい
── 一糸さんが担当する春日野八千代という役についてお聞きします。宝塚の元男役トップスターという登場人物ですが、人形の衣装も、やはり宝塚をイメージした華やかなものとなるのでしょうか。
一糸 そうですね。春日野は何度か着替えることになるのですが、人形は着替えができません。ですから、その分だけ何体も春日野を作ることになります。
天野 そうやって作った何体もの春日野を、無駄にしないつもりです。複数の春日野を有効利用したら春日野の増幅が可能。人形にしかできないことができるだろうと。
──春日野と貝の物語を主軸としつつ、別のところで腹話術師と腹話術人形のエピソードも登場します。人形芝居なのに、腹話術人形を、あえて人間の役者がやるのですね。
天野 糸あやつり人形が腹話術人形を……みたいなことも考えはしましたが、それだと1つのネタで終わってしまいます。それよりは腹話術人形も腹話術師も生身の人間同士の方が面白いかなと。人間と人形が当たり前のように共存する世界で、人間が腹話術人形を演じ、人間の腹話術師と対話し、次第にそのアイデンティティーが逆転していく……と説明しようとすると面倒くさいのですが、実際にやってみると、ただただ馬鹿馬鹿しいものになります。そこにクラっとするような捻じれを見せたいです。
──人形遣いの方々がテクニック的に大変なのでは?と思うのが、ボーイ1とボーイ2のタップダンスです。主任が人間であるのに対し、1と2は人形なのですね。
天野 タップは絶対に人形でやりたいですね。
一糸 やりたいです。45年前の上演では、主任がタップを、ボーイ1と2は靴だけでダンスの雰囲気を出すような見せ方でした。今回、ボーイ1と2は、あくまでタップダンスとしてやりたいと考えています。フレッド・アステアとジンジャー・ロジャースのダンスをみて準備しています。
──『少女仮面』を人形芝居で上演するには、面白さと難しさがあるようですね。
天野 そうですね。だからこそ『少女仮面』はものすごく人形劇に向いている。
丸山 向いてる。
天野 ……と思われるんだけれど、実はこれほどやりようがないものもないんです。
丸山・一糸:(笑)
丸山 無数にある唐さんの芝居の中でも「『少女仮面』は人形劇でやるためにかかれたんじゃないか」とさえ思いましたよ? 僕は。
一糸 でもまあ難しいんだよね。
天野 そうなんです。肉体がない人形は喋れない。なのに長台詞が多い。これは人形劇に適していないテキストなんです。
丸山 長ゼリフが向いてないなんて言ったら、唐さんの芝居は全部向いてないじゃないですか!?!
天野 だから面白くはあるんだよ。長台詞を人形に語らせる技術や方策は限られているし、難しい。短い台詞をテンポ良くキャッチボールしている場合は、集中してくると本当に人形が会話しているように見えてくる。でも人形が一人で滔々と喋ったり歌ったりしていると、すぐにバレてしまうんです。もちろん、初めからあやつられていることはバレているのですが、裸の王様の裸が見える瞬間があるはずで、それをどう解消するかが今回我々に課せられた使命なんです。ですから……大変ですね。
(天野と丸山、同時に一糸に目を向ける)
一糸 こっちを見ないでください!(一同、笑)
──肉体がキーワードとして出てくる作品が、生身の人間と肉体をもたない人形で演じられることについてはいかがでしょうか。
天野 その部分は面白い。人形も人間も物体であるし、唐十郎の言うように「人形こそが特権的な肉体をもっている」と考えたら、勝ち負けではないけれど人形が人間を侵食することもある。劇中の腹話術師と腹話術人形の関係がまさにそれ。そこに、オリジナルの『少女仮面』にはない糸あやつり人形というものが入ることで掻きまわされて複雑な捩じれが出るよね。
■根拠や理屈は馬鹿馬鹿しくていい
──『少女仮面』には印象的な劇中歌が多くありますよね。準ミュージカルと言えるほどに、音楽も非常に重要な要素ですね。
天野 劇中歌を作曲した小室等さんをお呼びする案もあったのですが調整が難しく、頭を悩ませていました。そんな時に厚人から、園田容子さんはどうかと提案がありました。『ゴーレム』や『泣いた赤鬼』にも参加してくれた園田さんがいれば、音楽の冒険もいっぱいできます。
──代表的なナンバー「〽時はゆくゆく」は、老婆の人形を担当する結城民子さんが歌ってくださるのですね。
天野 重圧でしょうね(笑)。でも、がんばってもらいます。
──丸山さんは、唐組時代に音響にも携わっておられましたが、唐作品の音楽をどう捉えていますか?
丸山 唐さんはメロディや歌い方以上に、歌と前後の芝居のつながりを大事にされていました。どう劇中歌に導入し、帰結させ、どんなリズム感でつなぎ、次のシーンをどんな色あいでみせるのか。そのためには、登場人物がなぜ今歌うのか。その根拠や理屈が必要なんです。といっても、根拠や理屈なんてものも馬鹿馬鹿しいものでいい。
天野 全編が狂気めいた理屈でつながる物語だから、そうやらないとつまらないものになるよね。
丸山 そうなんです。馬鹿馬鹿しくていいけれど、それがないととってつけたようなものになってしまうんです。だって唐さんも台本を書きながら、自分の中の何か気持ちよいリズムがあり、自ずとそこを歌にしたはず。それを汲み取りこちらが体現しないとって思いますし、そこが本当に難しいところでもあると思うんです。
──舞台装置の作り方についてもお聞かせください。老婆と貝の世界と、春日野たちがいる地下の喫茶「肉体」の世界があります。そして地上では戦後の再開発が進む中、地下では戦時中へ時間が逆行するような描かれ方もあります。喫茶店の外と中のふたつの時空間、さらにそこを人間と人形が動き回るわけですが、現時点でどのような舞台空間をイメージされていますか?
天野 その捻じれのようなものは、舞台美術みたいな固定のものではなく、動きや移動で見せたいですね。人間と人形だけでなく、糸があり黒子(人形遣い)もいる。時代も距離も捻じくれている。それらの境界をあやふやにして、境界を失わせるにはどうしたらいいか。たとえば、喫茶店にあるカーテンがヨレヨレで焦げ目がついたようなものであったとして、それが新品になれば、時間が遡ったということにみえる。この一発だと「時間が戻ったんですね」というだけなので、同時に一方では、新品だったものが時間の腐食をえたりもして……。そういったトリックを、これから考えたいですね。
天野天街、丸山厚人
■今なぜ唐十郎? そしてなぜ『少女仮面』?
──令和の時代となった今、『少女仮面』を上演する意義をお聞かせください。
天野 唐十郎の作品を見ていると、どれも「絶えず今を更新し続けている」というよりは「今がない」と言い続けているように聞こえる。今がない……、から今やる。“から”やる、とかいって(笑)。よく分からない言い方でごまかしたりして(笑)。
──丸山さんはいかがでしょうか。
丸山 僕は個人的な思いが強いです。小学5年生の時に初めて唐十郎をみて感じたワクワクは、40歳になった今も同じ鮮度で保たれています。11月に個人企画を立ち上げたのも、流行り廃りではなく、「やりゃいいじゃん、こんなにかっこいいのあるんだぜ」という思いからでした。昭和が平成に、平成が令和になっても変わらない格好良さがあるんです。役者としての自分を育ててくれた唐十郎、その弟子として、次の50年に引き継ぐためにもやりたいです。天野さんがおっしゃる「今はない」にも近いですね。これからもできると思った。それが今やる意味と言えるかもしれません。
一糸 一つ言えるのは、この3人ともが、唐十郎を天才だと認めて愛してるということ。45年前に、親父が春日野を演じた『少女仮面』は名舞台でした。それを知るだけに「自分にできるだろうか」と不安があり、これまで避けていた。でも自分自身のタイムリミットを意識する年齢になり、「知っているうちに」という思いも出てきたんです。やるとなれば親父のやったままをなぞるのではなく、新たな兆しのようなものを見つけたい。これからの子たちに繋ぎたい。ただ、いくらやりたくても天野さんと丸山さんなしには『少女仮面』はやりませんでした。おふたりに会えたことも含めて、今がタイミングだったと思います。
糸あやつり人形一糸座が、天野天外、丸山厚人と作る唐十郎の戯曲『少女仮面』は、2020年5月27日(水)〜5月31(日)まで、東京は下北沢 ザ・スズナリでの上演。
(左から)天野天街、結城一糸、丸山厚人
取材・文・撮影=塚田史香 取材(インタビュー)=安藤光夫

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