サンボマスターの思いが
その音に溢れて出た傑作
『僕と君の全てを
ロックンロールと呼べ』
何かが噴き出しているメロディー
ただ、この楽曲での歌はそれを正確に追っていないことは素人でも分かる。楽譜があらかじめ用意されていたとして、そこに乗ってない感じ──誤解を恐れずに言えば、その用意された音符をあえて無視しているような感じがある。音符の枠に収まり切らないというか、ちょっと良い言い方をすれば、音符を超えていると言ってもいい。シャウトと言ってしまえば簡単かもしれないが、そういうことでもない気がする。単に叫んでいるんじゃなく、歌詞の一言一言にしっかりと感情を込めている内に、自然と一語一語にも旋律が着いたような感じと言えばいいか。《呼ぶんだぜ》にしても5つの音符にその言葉がハマっているのではなく、《よ》と《ぶ》と《ん》と《だ》と《ぜ》のそれぞれをいくつかの音符が彩っている。しかも、それらがCとかGとかB#とかE♭とか単音ではなく、その中間というか、これまた素人目にも(素人耳にも?)、“これを正確に音符に起こすのは難しいだろうな”と思うような代物である。
多くの人に耳馴染みがあるだろうとM3「世界はそれを愛と呼ぶんだぜ」を例に挙げたが、こうした音符から飛び出したメロディーは随所にある。全曲そうだと言っても過言ではなかろう。そんな部分ばかりだったので、途中から細かくチェックするのを止めたのだけど、分かりやすいところで言えば、あと、M8「愛しさと心の壁」、M10「ゲットバックサンボマスター」、M13「離れない二人」辺りが挙がるだろうか。この辺は歌詞の乗ったところ、つまり歌メロで譜面に落とし込めないと思われる箇所が多いのもそうだが、ヴォーカルのスキャットやアドリブも特徴的だ。これはM8とM10が顕著のように思う。具体的にはM8の♪ガッタ、ガッタ♪がそれ。M10にも歌詞の乗らないボーカルパートがかなり出てくるが、こちらは書き起こし不可能と思われる箇所も多い上、ひとつひとつ書き取るのも面倒なので、文字化は断念した。これも印象を語ってしまって申し訳ないけれども、感情が先走って言葉が着いていかない、あるいは思いが先走って口が着いていかないようなテンションだと思う。
誤解のないように言っておくと、歌の旋律が音符から飛び出しているようだと言うと、中には所謂“音痴”と誤解する方がいらっしゃるかもしれないが、そうでないことを強調しておく。言うまでもなく、山口の歌は“調子外れ”でも何でもない。飛び出ていると言っても音符から度を越すほどに外れているわけではないし、シャウトにしてもアドリブにしても、無論、適当にやっているわけではないことは、これまた言うまでもない。ロックやリズム&ブルースのマナーにしっかりと則っている。M8「愛しさと心の壁」の♪ガッタ、ガッタ♪はまさしくそれで、この辺りが楽曲内でシームレスに出現するというのは、山口の体内にそれらの音楽のDNAが取り込まれている何よりの証左ではなかろうか。基本はちゃんとしていると言い換えてもいい。『僕と君の全てをロックンロールと呼べ』は後半に進むにつれてリズム&ブルース~ソウルミュージックの色が濃くなっていくの印象はあるのだが、アルバムを聴きながら、山口とサンボマスターのルーツが露わになっていくようで、この辺りも一作品としてとてもいい感じである。