【THE MUSICAL LOVERS】Season3『ミ
ス・サイゴン』 ~第三章:「舞台芸
術としての偉大さにひれ伏す」戦法の
ススメ~

【THE MUSICAL LOVERS】Season3『ミス・サイゴン』

~第三章:「舞台芸術としての偉大さにひれ伏す」戦法のススメ~

長すぎるプロローグ(でした)を経て、ようやく本題に入る。重くてつらくてやりきれなくて戦争が改めて憎くなる物語を、こんなにも重くてつらくてやりきれなくて戦争が改めて憎くなるように語れるなんて――! 最近の筆者の楽しみ方は、もっぱらこれ。戦争ものは大体が泣けるものだが、それにしてもここまで、もはや下剤のように確実に涙を搾り取る作品を他に知らない。何度も観て展開は全部分かっているのに、それでも毎回毎回肩が震えるほど、涙と鼻水で頬と口まわりがカピカピになるほど泣けるって、相当すごいことではないだろうか。ミュージカルという表現形式の利点を最大限に活用し、物語のポテンシャルを120パーセント生かしていることの偉大さに、毎回毎回触れ伏すしかない筆者である。
涙腺を刺激するアジアの音階
分かっている展開に何度だって泣けてしまう大きな要因は、やはり音楽だ。アラン・ブーブリル&クロード=ミッシェル・シェーンベルクの楽曲がズルいほど雄弁で周到であることは、『レミゼ』連載の第二回でも暑苦しく語った通り。そのズルさは『サイゴン』でも、遺憾なく発揮されているどころか、アジアが舞台になったことでいや増している。ミュージカルの音楽は、美しかったりキャッチーだったりすることに加え、どこか“ザワつく感じ”があるとよりドラマチック、というのが筆者の最近の持論。その感じを作り出すのは不協和音だったり変拍子だったりすると思うのだが、『サイゴン』の場合、アジアの音階や打楽器が醸す異国情緒がその役割を果たし、聴く者の心をザワつかせ涙腺を刺激するのだ。
アジアの音階と打楽器が使われているのが『サイゴン』の特徴、という情報は、本作の日本版音楽監督である山口琇也氏からのもの。このインタビュー、非常に興味深いのでもしお手元に2016年版パンフがあったらぜひお読みいただきたいのだが、アジアの音階が効果的に使われている好例がキムがトゥイを殺すシーンだと知り、激しく納得したことだけはここでも述べておきたい。キムが銃を構え、「触らないで この子は 残された 生きがいよ」と歌うシーンはいつでもどこでも思い出すだけで、なんなら今こうして歌詞を打っているだけで本当に涙が滲んできてしまったほど鉄板の泣かせ歌。子どもを守るために人を殺してしまう極限状態を、音楽の力で余すところなく伝えていることに驚嘆と敬服を禁じ得ない。
ロンドン初演盤と日本初演ハイライト盤のCD
ついでに言うと、件のシーンの原詞は「You will not touch him. Don’ t touch my boy. He’ s what I live for. He’ s my only joy.(あなたは彼に触れない。私の息子に触らないで。彼は私が今生きている理由。私の唯一の喜び)」。これだけの内容を、同じ音数の中で完璧に訳し切った岩谷時子氏の偉業にもやはり、驚嘆と敬服を禁じ得ない。そしてもう一つついでに言うと、山口氏は同じインタビューで、全体のキーが高いことも特徴として挙げておられた。言われてみると、泣かせ歌の泣かせどころはことごとく高音で、役者が頑張らないと歌えないことが涙腺を刺激していることが分かる。シェーンベルク、マジ周到…と思った次第である。
オーバーチュアとヘリにひれ伏す
とはいえもちろん、音楽が素晴らしいだけでは、ミュージカルという表現形式の利点を最大限に活用していることにはならない。筆者がひれ伏すのは、それがセット、照明、衣裳、振付などと有機的に溶け合い、渾然一体となって物語を伝えていること。これについては、オーバーチュアを例に出すのが最も手っ取り早い。客電が落ち、まず聞こえてくるのはアジア感満載のザワつく音楽、そしてヘリの音。やがて明かりが入った舞台上では自転車が行き交い、雑踏の中でキムとエンジニアが出会う――。ここまで、通常何かの状況を説明する際に必要な“言葉”の要素は皆無。戦時下のベトナムの不穏な空気と、これから始まる物語の中心人物のプロフィールを、音楽とセットと照明と動きだけでビシっと伝えてしまうのだ。
そしてもう一つ、ヘリのシーンも好例だ。ともすると、舞台上に実物大のヘリコプターが登場する、ということばかり話題になりがちな本作だが、舞台を一度でも観れば、ただの話題作りのためのヘリでないことは一目瞭然。巨大なヘリがけたたましく飛び立つあのシーンは、舞台をスペクタクルに盛り上げるためではなくむしろ、喧噪が去ったあとの虚無感を強調するためにあるのだと、誰もが納得することだろう。このシーンに関してはまた、入る位置もひれ伏すに値する。結婚を約束したキムとクリスが引き離される、時系列で言えば一幕前半にあたるシーンであるにもかかわらず、キムが見る悪夢として二幕に入れられているのだ。この巧みな構成により、『サイゴン』は一幕にも二幕にも均等な緊張感が漂っている。
UKツアーのトレーラー

ミュージカルは、華やかな歌と踊りが繰り広げられるエンターテインメントであると同時に、様々な要素を駆使して物語をこれ以上ないほど豊かに伝える芸術でもある、と教えてくれる『サイゴン』。伝えている物語は確かに、日頃のストレスを発散できて、明日も頑張ろうと思えるような内容ではないかもしれない。だが確実に“涙活”にはなるのでストレスは別の意味で解消されるし、人間ってこんなにもすごい芸術を作り出せるんだ!と思ったら、明日も頑張ろうという気持ちにもなろうというもの。ゆえに、重くてすぐにリピートする気にはなれないと言われがちな『サイゴン』だが、何なら毎日でも観たい筆者なのだった。
(つづく)

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