世界的に有名な覆面アーティストの軌
跡を目撃 『バンクシー展 天才か反
逆者か』内覧会レポート

2020年3月15日(日)~9月27日(日)の期間、横浜・アソビルで『BANKSYGENIUS OR VANDAL?(バンクシー展 天才か反逆者か)』が開催中だ。今や世界で最も知られるアーティストのひとりと言っても過言ではないバンクシーだが、日本でまとめて作品を見る機会は少なかった。2018年以降、世界各国を巡回し、100万人以上の来場者を誇る本展では、バンクシーのアートワークや限定プリントなど、70点以上もの作品を鑑賞することができる。以下、内覧会の様子と見どころをレポートする。
キュレーター兼プロデューサーのアレクサンダー・ナチケビア氏。 「バンクシーへの理解が深い日本にこの巡回展を持ってくることができて嬉しい」とのこと。
世間を賑わした《GIRL WITH BALLOON》や“ラット(ネズミ)”、話題作の限定プリントなどが多数集結
本展では、バンクシーの名をさらに広く世に知らしめた《GIRL WITHBALLOON》や、彼の作品にしばしば登場する“ラット(ネズミ)”(以下、ネズミ)の作品を見ることができる。
《GIRL WITH BALLOON》SCREEN PRINT
《GIRL WITHBALLOON》はもともとロンドンのウォータールー橋の階段に描かれた壁画で、カンバスに改作として描かれたものがロンドンのオークションハウス・サザビーズに出品。落札されると絵が自動的に動き出し、額に仕掛けられたシュレッダーで裁断されるという事件が起きたことは、ニュースなどを見てご存じの方も多いだろう。バンクシーは《GIRL WITHBALLOON》の最初のステンシル作品を一晩で15点制作したが、今回展示されているのはその15点の中のものではなく、バンクシーが限定版として制作した貴重なものである。

会場では《GIRL WITH BALLOON》がオークションにかけられた際の映像を見ることができる。
2019年、バンクシーが描いた可能性のあるネズミのグラフィティが東京都港区の防潮扉で発見された出来事は記憶に新しい。バンクシー作品でおなじみの“ネズミ”は、フランスのグラフィティのアーティストで、「ステンシルグラフィティの父」と呼ばれるブレック・ル・ラットが描いていたものにインスパイアされたもの。本展ではプラカードを持つものやペイント中のものなど、さまざまなバリエーションのネズミを見ることができる。

“ネズミ”の作品一覧。それぞれ手に持つプラカードやモチーフが異なる。
消費・政治・戦争…… バンクシーのテーマを浮き彫りにする会場構成
会場はバンクシー作品で頻繁に取り上げられるテーマに沿って構成されている。「消費」のセクションでは、アンディ・ウォーホルのマリリン・モンローのシルクスクリーンプリントと同じスタイルで、バンクシーがスーパーモデルのケイト・モスを作品化した《KATE MOSS》が展示されている。本作は、2011年にケイト・モスがハネムーンから帰った際に彼女の家に飾られていたという逸話があり、バンクシーがどうやって家に忍び込んだのかは不明だそうだ。スクリーンプリントの《KATE MOSS》は配色違いで6作品作られており、それぞれ20点ずつ制作されたが、展示されているのは6作品とも17番目の作品とのことである。
写真中央:《KATE MOSS》SCREEN PRINT (オフィシャル提供)
《DESTROY CAPITALISM(festival)》において、音楽のフェスの客と思しき人々が屋台で買おうとしているのはTシャツ。列をなしているのはパンクやヒッピーなどの反資本主義的な人々であるにも関わらず、「DESTROY CAPITALISM(資本主義の破壊)」と書かれたTシャツを買うために並んでいるというブラックユーモアが強烈だ。
《DESTROY CAPITALISM(festival)》SCREEN PRINT
帽子をかぶり、布で顔の下部を隠した男性が空を見上げ、何かを投げ込もうとしている。彼が手にしているのは兵器や火炎瓶ではなく花束だ。《LOVE IS IN THE AIR》が最初に登場したのは2003年で、パレスチナのベツレヘムの建物に描かれた。平和への願いが込められたこの絵は、ネズミや《GIRL WITHBALLOON》と同じくらい世に知られており、バンクシーの象徴といえよう。会場で見られるのは赤い背景のスクリーンプリントである。
《LOVE IS IN THE AIR》SCREEN PRINT
世界で最も有名なアーティスト 顔を見せない活動の軌跡
本展は、バンクシーの貴重なアートワークが紹介されるのに加え、彼の活動履歴を通じて作家自身が見えてくるのも魅力の一つ。入場してすぐ目に入るのが、バンクシーのアーティスト・スタジオだ。通常、個展を実施する際には作家のバックグラウンドを紹介するが、覆面アーティストであるバンクシーは人前に姿をさらすことはなく、日常生活を知ることができない。このスタジオはバンクシーが監督を務めた映画『イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ』の中で紹介されている「スタジオ・バンクシー」を再現したもの。たくさんの絵や画材の中で黒い服を着たバンクシーは顔が見えないが、実体がないからこそ縛られずに動き回ることができる影のようだ。
アーティスト・スタジオ
展示の終盤ではバンクシーが作った《THE WALLED OFF HOTEL》や、彼がプロデュースしたテーマパーク《Dismaland》のコーナーがある。会場には、イスラエルとパレスチナ地区を分けた防壁に面するホテルの客室の一室が再現され、枕元では兵士たちが枕投げをしており、悪夢のような現実を思い起こさずにはいられない内装になっている。
《THE WALLED OFF HOTEL》の客室を一部再現。
《THE WALLED OFF HOTEL》展示風景
《Dismaland》は、バンクシーの生まれ故郷であるブリストル近郊のウェストン=スーパー=メアに2015年8月から9月の期間限定で開園した。バンクシーのほか、ダミアン・ハーストなどの58名のアーティストが参加し、5週間という短い期間の開催だったにも関わらず、多くの人が来場したという。本展では、パパラッチに追われて横転したカボチャの馬車と瀕死のシンデレラ、難民で満員になったボートなど、《Dismaland》に設置されたオブジェやアトラクションの写真やポスターなどを見ることができる。バンクシーは、来場者に夢を提供することが期待されるテーマパークで、目を背けたい現実を突きつけたのだろう。
左:《DISMALAND BILLS》BILLS 右:《DISMALAND POSTER》POSTER
《Dismaland》展示風景
アートワークの展示とは別室にある大型スクリーンの映像は、各都市におけるバンクシーのグラフィティを紹介する。スタイリッシュなアニメーションと音楽でアレンジされた三画面の映像を見ていると、バンクシーのグラフィティがそれぞれの場所でどのように息づき、街の空気に刺激と躍動性を与えているのかが実感できる。
三画面からなる映像空間
バンクシーが覆面アーティストであるにも関わらず世界中で知られているのは、彼の作品がシンプルで胸に刺さるからだろう。街中のグラフィティは多くの人の心を捉え、思考を促し、対話を成立させる。彼の活動が支持されるのは、現実において、匿名でありながら創作や発言に一定の責任を持ち、しがらみに縛られずに批判し、自由で自立した存在でいることが難しいからだとも考えられる。バンクシーは時代を鋭く映す鏡であり、鑑賞する者は作品を通して現実を再確認させられるのだ。
一方でバンクシーのグラフィティはもう見ることができないものも多い。作品を映像や写真でまとめて参照でき、彼の手によるアートワークや限定プリントを見ることができる本展は非常に貴重な機会といえる。バンクシーの足跡とともに現代という時代を目撃し、体感することができる『BANKSYGENIUS OR VANDAL?(バンクシー展 天才か反逆者か)』、是非見逃さずに足を運んでいただきたい。

取材・文・撮影=中野昭子、写真(一部)=オフィシャル提供

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