『秋元松代の世界』朗読劇シリーズが
スタート~石丸さち子「秋元松代さん
の宇宙観、世界観に人生をかけて触れ
ていく」

「蜷川幸雄の演出助手」。そんな枕詞を自ら拭い去るほど、数多くの、バラエティに富んだ作品を手がけている演出家・石丸さち子。その中には自身で書き下ろす新作もあれば、俳優教室で手がけるものもある。そしてまた新たなプロジェクトを開始するという。それは『近松心中物語』『元禄港歌』『常陸坊海尊』などで知られる劇作家、秋元松代の作品を朗読劇として上演するシリーズだ。そのダイナミックで繊細で奥深い戯曲を手がける演出家は今なかなかいない。神奈川芸術劇場で長塚圭史が『常陸坊海尊』を演出したのもずいぶんと久しぶりのことだったのではないだろうか。石丸は全作にチャレンジするような勢いだが、それも師匠の影響なのだろう。その思いを聞いた。
「秋元松代の世界」 Vol.1 出演者の皆さん
――お忙しい石丸さんがまた生き急ぐような企画を考えられているという噂が届いてきました。
石丸 ふふ(笑)山本健一さんがお書きになった「劇作家 秋元松代―荒地にひとり火を燃やす」(岩波書店)を拝読して、非常に感銘を受けたんです。屹として荒野に立ち、孤独を選び、人と好んでコミュニケーションを取るわけでもなく、ただ老境の言葉と向き合って過ごされた姿に。私も歳を重ねて将来を考えると、生と死、家族、孤独ということが作品におけるテーマとしてあるんです。私はメイ・サートンという作家がすごく好きで、彼女の孤独との向き合い方をつづったエッセイをよく読んでいました。彼女の場合は、作家と連絡を取るくらいの外界とのつながりを持ちながら、動物や植物と会話をして一人で暮らしている。それに対して秋元さんには後悔を繰り返しながら、言葉を紡ぐことで希望をつないでいるような印象を受けました。それが鮮烈で、なんて強くたくましいのだろうと。そのたくましさは消しても消しても消えない後悔という弱さのもとに成り立っているような気がして、その戦い続ける姿勢がとても美しく感じられたんです。私も後悔だらけですから(笑)。
――石丸さんは実際に作品を通して秋元さんと接点はあったわけですよね?
石丸 後年、『近松心中物語』の楽屋で、誰と話すこともなく、車椅子に座ってたたずんでいらっしゃる秋元さんが印象に残っています。でも私の想像力では、表情もほとんど変えない秋元さんの中で何かが動いているのかはわからなかった。でも山本さんがインタビューを踏まえて書かれた伝記を読むと、なんて可愛らしく、弱く、たくさんの人間らしいものが、人を寄せ付けないような深いシワを刻んだ動かない表情の中に生き生きとあったんだろうと。そう思うと、あの時に何か話しかけてみたらよかった、もっとお話ししておけばよかったと思うんです。
――厳しい方だったと伺ったことがあります。
石丸 怖かった。とても話しかけられなかったです。噂で聞く逸話も恐ろしいものばかりでした。時には烈火のごとく怒るようなこともあったと伺っています。また山本さんのご本からは、『近松』『元禄』とどんどん自分の作品を実現してくれた女優・太地喜和子さんへの強い思いも印象的でした。演出家としてはわかるんですよ。私も常に俳優に入れ込んでしまうんです。彼らがほかの素敵な作品に出ると嫉妬しながら観にいくんですよ。また私はみんなの姉のようなつもりでもいるんです。最近はお母さんになってきたけど(笑)。演出家として作品を生み出すと同時に、俳優と正面から向き合って、俳優が開いていく、何かを見つけていく途上に出会えることを喜びとするタイプなんです。演出家は別に俳優を育てなくてもいいんだけど、私はそれ込みでいつも演出をしています。
石丸さち子
――それは蜷川さんの影響もあるんですか?
石丸 大きいと思います。蜷川さんも忙しいので「石丸、やっておいてくれ」とおっしゃれば稽古前、稽古後にたくさんの俳優と一緒に稽古をしました。それが経験値として今に生きているんだと思います。蜷川さんは俳優の人生を根底から揺り動かした。蜷川さんのエネルギーを受け取るだけのパワーのある俳優たちが大きく成長していきました。今は時代が違うからそのエネルギーを受け取りたいかどうかは見極めますけど、「何でも来てください」とキラキラしている人には私もズカズカ行きます。そして今のところ成果を出していると思っています。
秋元松代さんの墓前でご挨拶もした
――話を戻しましょう。
石丸 秋元さんの戯曲を紹介していくことをしたいなと。私がこんなに心を動かされているのだから、これを求めている人がきっといるんじゃないかと思ったんです。そして去年の8月に『婚期』という作品をテキストに俳優のワークショップを行いました。すると私が自分の目と頭で読んでいたときより、ワークショップで勉強しようという段階の俳優たちとでも、私が読んでいたときには見えなかったものが見えてきて面白かった。戯曲ってやっぱり俳優と一緒に体で読み解かないとダメなんだと改めて驚いたんです。そのときにぜひとも秋元さんの有名な作品だけではなく、初期の作品から読み込んでみたいと思いました。ちゃんと上演しようと思ったら、この先の私の人生では2、3本しかできないと思うんです。ほかにもやりたいことあるから(笑)。だったら足取り軽く、1本ずつ声に出していくことで触れていきたいなあと。それでも忙しくて実現までに2年が過ぎてしまったんですけど。
――思いを溜めていたんですね。
石丸 そう! やりたい、やりたいと思っていたら、仕事が一つ飛んで時間ができたんです。そしてシアター風姿花伝も空いていた。風姿花伝は劇団の『ボクが死んだ日はハレ』という、再演もでき、これからも育てていきたいと考えているミュージカルが生まれた劇場。そういう意味で劇場に呼ばれていると思ったんです。またある時、女優活動を再開された月影瞳さんとばったり会って、飲みながらまた何かやりたいねと話したんです。それから月影さんが私の芝居を見にきてくださるたびにお話をするようになって、「石丸さんとならどんな企画でもやるよ」とおっしゃってくださったから、つい調子に乗って連絡してみたら即答してくださったんです。月影さんとできるというのが私が最終的に決めた理由です。
 もう一つのきっかけは、先ほどお話ししたワークショップに参加してくれた山本直寛くんが、ハマり役だった。俳優ってすべての役が素敵にできるわけではないけれど、これをやらせたら急に輝きを増すということがあるんです。彼とはワークショップが終わったときから「これやるといいよ、やろうよ、ぴったりだよ」と話してたんです。すごくいい役なので、トリプルキャストにして一色洋平くん、百名ヒロキくんも呼びました。足取りは軽く、でもそのかわり短い時間に濃密に言葉と出会おうと決めています。最終的には20代のころにディープに付き合った人、蜷川カンパニーを辞めてから出会った人、俳優塾で育てた人、出会ったばかりの人もいる。気がついたら私の歴史ですか、というような状況です。
「秋元松代の世界」 Vol.1 戦後を生きる庶民たち〜朗読上演、稽古の様子
――秋元さんの作品にチャレンジする演出家がなかなかいませんよね。文学としてだけ残ることよりも演劇として後世につながっていってほしいという思いがあります。
石丸 もちろん私だってどこまでできるかわかりません。でもきっと始めると、これは舞台化して上演したいとストレスが溜まることもあるだろうし、今のお客様がどう思うのかを感じてみたいんです。たくさん好きな作家はいますけど、こんなふうに思う人は少ない。秋元作品の著作権者の方によれば、秋元先生は女性演出家に自分の作品をやらせたがらなかったらしいんです。でもその方は「石丸さんだったら」と言ってくださった。なぜ女性にやらせたがらなかったのかもやってみないとわからない。第1弾は名のある方が出てくださっているけれど、今後は無名の人ばかりになるかもしれない。もっと小さな会場になるかもしれない。でも始めてみないとわからないことがあるから。そのくらいに人生かけてやろうと思っています。どうしても上演がやりたくなればやればいい。まずは歩き出してみたいんです。
「秋元松代の世界」 Vol.1 戦後を生きる庶民たち〜朗読上演、稽古の様子
「秋元松代の世界」 Vol.1 戦後を生きる庶民たち〜朗読上演、稽古の様子
――秋元作品と言えば蜷川さんのイメージがありますが、石丸さんがやってみたいと思うのも必然な気がします。
石丸 実は蜷川さんに「『常陸坊海尊』のような作品は、お前みたいにルサンチマンが強い奴がやればいいんだ」と言われたことがあるんです。その言葉がずっと心に残っていた。『常陸坊』は秋元さんのいろんな要素が結集されていて、どなたに聞いても最高傑作と言われる。女性ということで抑圧されているということ、そして抑圧されていることを捻じ曲げて、いろんな恨みをエネルギーに変えていく。そうでなければ古くからの日本のしきたりの中にいる女性ですよね。時代の中では従順であり、その流れに自分を押し込んでいくるにもかかわらず、そこからあふれ出てくるものがある。その屈折したエネルギーが秋元松代さんの宇宙観、世界観の一部になっていったという気がしているんです。三好十郎さんに戯曲の書き方を教わり始めたころの秋元さんの戯曲にも、すでに烈火の如き女性が登場します。戦後の庶民の実感が秋元作品ならではの視点で描かれ、そこには厳しさと優しさが同居しています。稽古から何が感じ取れるのだろうかと、初期作品から立ち上げていくのが楽しみです。
取材・文:いまいこういち

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