楽しみながらも、時代の危機感を切実
に感じる~MONO『その鉄塔に男たちは
いるという+』兵庫公演レポート

2019年に劇団創立30周年を迎えたことを記念して、昨年春から記念興行を打ち続けてきた京都の劇団「MONO」。そのシリーズの最後を飾るのが、1998年初演の『その鉄塔に男たちはいるという』の、劇団名義では22年ぶりとなる再演だ。主宰で作・演出の土田英生は、この作品で「第6回OMS戯曲賞」の大賞を受賞。国内のカンパニーはもちろん、海外でも上演された実績を持つ、名実ともにMONOを代表する作品の一つである。
今回は『その鉄塔に……』に新作パートを加えて、『その鉄塔に男たちはいるという+(プラス)』としてリニューアル。10年以上前の戯曲が再演された時に「今の時代を予測したようだ」と言われるケースは多いが、本作はその中でも飛び抜けて、その事実を痛感する好舞台に生まれ変わった。5都市ツアーのキックスタートとなる伊丹公演の様子を、本作の会見の時の土田英生の声を交えながらレポートする。
MONO主宰で作・演出の土田英生。公演記者会見より。 [撮影]吉永美和子(人物すべて)
土田は本作の着想を「最初は“鉄塔の上という不安定な場所で、芝居をしたら面白そう”という、単純な発想だったんですけど、ちょうどその頃テポドン(※北朝鮮の弾道ミサイル)が落ちて“戦争をすればいい”と発言する人が出てきたんです。それに恐怖心を抱いて、万が一戦争になったら、劇団をやっている僕らはどういう立ち位置でいられるんだろう……という不安を“鉄塔の上”という設定を使って書きました」と振り返る。
MONOは昨年から、若いメンバー4人が新たに加入したが、本作は当時からのオリジナルメンバー5人だけによる芝居。新たな登場人物を加えるにも、あまりにも構造が完成され過ぎているため、同じ鉄塔で40年前に起こったショートストーリーを、物語の前に追加することにした。土田は「今の日本の現状でオリジナルのまま上演すると、想像力のない、そのままの話になってしまうことが引っかかりまして。新たな短編を付けることで、現在ともっと地続きになるんじゃないかと思いました」と、その狙いを語る。

MONO『その鉄塔に男たちはいるという+』兵庫公演より。

舞台となるのは、朽ちた鉄塔の踊り場的なスペース。新たに加えられた前編は、旅行でこの場所を訪れた、日本人4人による会話劇だ。その何気ない会話のやり取りから、この場所が海外で、吉村充(渡辺啓太)と志穂(石丸奈菜美)の夫婦は離婚寸前であること。充の妹・円香(立川茜)が、関係修復のために同行していること。もう一人の柚月(高橋明日香)は円香の知人で、今はこの国に住んでいることなどが、次々に判明する。説明臭い台詞をまったく使わずに、シチュエーションと人間関係を短時間で理解させる会話の妙は、さすが土田と言ったところ。
物語の冒頭では、きな臭いムードが漂っていたのは吉村夫婦だけだったが、それが次第に「吉村家の居心地の悪さ」「久々に再開した友人への態度」などの争点がどんどん浮上してきて、全員にその悪い空気感が伝染。その時どきに応じて、志穂と円香が充を攻撃したり、3人がまとめて柚月に突っかかったりと、力関係がコロコロ変化していく様も愉快だ。
MONO『その鉄塔に男たちはいるという+』兵庫公演より。
土田いわく「属性で人間を分ける怖さを描きたかった」というこのパート。家族だから、同性だから、日本在住だから……などの「属性」を共有した者同士が結託し、少数派を攻撃する姿は、身近な所では学校や職場でのイジメの図式そのまま。さらに視野を広げれば、国同士の大きな戦争だって、結局はこういうことが根本的な原因だよね……ということを、ユーモラスなやり取りであざやかにカリカチュアライズしてみせた。この前編は、40分程度で終了。10分の休憩を挟んだ後、吉村夫妻の会話の中にしばしば登場してきた息子・陽乃介(奥村泰彦)の、40年後の姿が描かれる後編がスタートした。
夜の鉄塔で雑魚寝して「眠れない」「寝ろ」「でも眠れない」の、不毛なやり取りを繰り返す男たち。その会話の中から、彼らが海外に派遣された日本人兵士たちの慰問のためにやってきた、パントマイム・カンパニーのメンバーであること。出し物の内容に嫌気がさして集団脱走したこと。戦争は近々終わるという情報を信じて、ここを潜伏場所に定めたことなどが理解できる。新作の部分でも感服した、情報の与え方のナチュラルさは、22年前から健在だったことがうかがえた。
MONO『その鉄塔に男たちはいるという+』兵庫公演より。
戦意高揚のショーをやらされることを嫌がる彼らだけど、笹倉(水沼健)と小暮(尾方宣久)がTシャツの所有権を争ったり、上岡(土田英生)が提案した水汲みのルールに笹倉が反発したりと、結局は小さな戦争の連続だ。彼らの噂を聞いて鉄塔にやってきた脱走兵・城之内(金替康博)が、第三者ならではの不条理な巻き込まれ方をしていく様が、殺伐とした空気を随所でなごませてくれる。
今回の再演では、登場人物たちの年齢を全体的に上げたり、芸としてパントマイムを多様(指導したのは、同じ関西のマイム俳優・いいむろなおき)するなどの改編や補強はあったが、全体的にリライトはそれほど入れてないと言う。しかし初演では、こういった「小さな戦争」の数々を、現在と重ね合わせるなんてことはあまりなかったし、意見の違う仲間を粛清するなんてことは、何だかファンタジーのように受け止めていたと思う。しかし、日本が戦争に加担する可能性があの頃よりグッと上がり、今の日本に疑問を呈する人に対して、簡単に「売国奴」なんて言葉を使う今の社会を、なんと見事に先取りした……いや、土田もおそらくファンタジーと考えていた世界に、22年後の日本が近づきつつあることに、感嘆を通り越して恐怖心すら覚えた。
MONO『その鉄塔に男たちはいるという+』兵庫公演より。
とはいえ土田自身は、決して観客を考え込ませたいのではなく「(上演時間)2時間いかに楽しんでもらうかが、一番心を占めている」と言う。「この作品を今上演すると、どうしてもある種の危機感の表明だと受け取られると思うんです。もちろんそれは嘘じゃないけど、説教くさい芝居にはしたくない。とにかく楽しんでもらっている中で、そういうこと切実に感じてもらえればいいかなあと。基本的には、愚かでマヌケな登場人物たちがバカバカしい会話を交わす、愉快な話にしたいと思っています」。
初演を観た人なら「22年前の戯曲が、これほど今を予言していたか」と驚き、今回初めて観る人は「こんなに現在と重なる話が、22年前に書かれたのか」ということに恐れおののくことになるだろう。兵庫公演の後には、長野、三重、福岡、東京の公演が控えている。まさに今の日本の、あるいは世界の縮図のような場所で、いがみ合いながらも「楽しませること」を止めようとしなかった男たちの生き様を、この時代だからこそ目に焼き付けてほしい。
MONO主宰で作・演出の土田英生。公演記者会見より。

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