藤岡正明&木村花代が挑む、日本初演
のミュージカル『Hundred Days』稽古
場レポート

2020年2月20日(木)から3月8日(日)まで、新宿シアターモリエールと中野ザ・ポケットで、日本初演のオフブロードウェイ・ミュージカル『Hundred Days』が上演される。シンガーソングライターで俳優の藤岡正明と、元劇団四季のミュージカル女優・木村花代の2人によるロック・ミュージカル。日本語上演台本・訳詞・演出を板垣恭一が、音楽監督を桑原まこが務める。
本作は100日を100年のように生きようとした夫婦、ショーンとアビゲイルの回想録で、シンプルなセットと、6人編成のロックバンドがライブハウスでコンサートを行うような形式で劇が進行していく。冒頭から畳み掛けるようなリズムと音の洪水の中で、「他人を愛して生き抜く」ことについてのあらゆる思索を旋律に乗せて投げかけてくる。死に関する話ではなく、他人と人生を歩むこと=「愛」について描かれる物語だ。
自らギターを握って「ベンソンズ」というバンドを率いるリーダー・ショーンに扮するのは、シンガーソングライターとしても活動している藤岡。伸びやかな歌声と可憐なイメージの木村は自身初となるロックミュージカルのヒロイン・アビゲイルとして力強くも奔放な女性役に挑む。
稽古場を見学するライターやカメラマンに話しかける、アビゲイル役の木村花代
開幕までおよそ2週間に迫った2月上旬、都内で行われている稽古場が公開された。この日、公開されたのは、冒頭のシーンからM4までと、テーマ曲とも言える『100日の奇跡/100days』。
アビゲイル役の木村が、公開稽古に訪れたライター陣に声をかける。「ちょっとしたアンケートをとってもいい? 生きるってことはつまり、悲しみの中にいることだと思う人、手を挙げて?」。至近距離で問われ、思わず考え込む。基本的には幸せだけど、それは悲しいこともあるし、どうなんだろう。うむむ……。そうこう考えているうちに、アビゲイルが身の上話を語り出し、藤岡が扮するショーンが紹介され、自然とセッションが始まる。
木村は「ロック魂」を炸裂させ、ソウルフルな歌い方。彼女の過去の出演作を観てきた人にとっては、意外かもしれないが、実にイキイキと歌っていた。そして、藤岡はギターを自在にかき鳴らす。ロックやフォークなどさまざまな曲調を弾きこなし、やさしく歌い上げた。
実在する夫婦のアビゲイルとショーンが、その出会いについてや、溢れ出る感情を歌い出す。2人のほか、バンドはピアノ、ドラム、ベース、チェロという編成だという(この日はバンドメンバーは揃っていなかった)。基本的にはアビゲイルとショーンが語っていくが、時々バンドも口を挟むのが、また「ライブ感」があっていい。『ヘドウィグ・アンド・アングリー・インチ』のような作品を思い浮かべていただければ、分かりやすいだろうか。ライブのようでもあり、ミュージカルでもあり、一つの芝居でもあり……。距離感の近さもあって、どんどん物語に入り込んだ。
ショーン役の藤岡正明
続いて、藤岡、木村、そして演出・板垣との質疑応答の時間が設けられた。
ーー この作品に出会った時の第一印象を教えてください。
藤岡 プロットを読ませていただいた時、プロデューサーの宋さん(※宋元燮)は何ていう作品を持って来たんだと思いました(笑)。台本を読んでいるだけだと、伝えたい思いやメッセージは分かるんですけど、それがどう伝わってほしいのか、何とも難しい作品だなと思って。この作品を活かすも殺すも、役者がどう捉えて、どう向き合って、どうお客さんを巻き込んでいけるかにかかっていると思って。かなり実験的であり、挑戦的な作品だなと思いました。
木村 私は最初読ませていただいたとき、この実在する夫婦は何て素敵な夫婦なんだろうと思いました。こんな出会いがあって、本当に運命の人と出会ったんだということが書かれていて。これは女性目線だからだと思うんですけど、そこにすごく感動してしまって。最後の方にある二人の掛け合いがあるんですけど、周りに見られたらやばいなというぐらい泣いちゃったんですね。それぐらい、すごく、愛というものに感動してしまって、羨ましいと思ったのが第一印象でした。
ーーミュージカルのような、コンサートのような、非常に即興性がある舞台だと思うのですが、そのあたりの難しさや面白さは感じられているのでしょうか?
木村 今回、初めて「前説」というものをやるんですよ。まぁ台本はあるんですけど、お客様と交流をして、こういう舞台なんだよというのを分かってもらう、すごく重要な役割。今日初めてお客様(報道陣のこと)が目の前に実在して、私、こんなにテンパるんだと思ったので、ありがとうございます(笑)。これから、本当のお客様を目の前にした時も、目を見て、セリフを喋って、「これ、台本? 本当に喋っているの? アドリブ? どっち?」と言われるような感じのところまで持っていけたらいいなと思っています。 
藤岡 僕はどちらかというと前説が得意な方なのですが(笑)。普通の稽古だと、お芝居を構築して、ブラッシュアップしていくということになると思うんですけど、これから我々が課題として向き合っていかなくてはいけないことは、劇場に入ってお客さんの前に立つまでに、この空気を、このライブの生の感じを、楽しめるようにすることだと思います。他のバンドメンバーも含めて楽しむことができれば、きっとお客様にも楽しんでもらえる作品になるんじゃないかなと思います。
『Hundred Days』の稽古場の様子
ーーバンドメンバーがいるとはいえ、2人芝居ということに関してはいかがですか。
木村 私は過去にやったことあります。
板垣 通常のお芝居だと会話をするじゃないですか。だから、感情の流れでセリフを覚えていけるんですよ。でも、今ご覧いただいたように、今回はダイレクトにお客さんに喋るから、次に何を喋るか相当考えていないと、分からなくなる。
木村 そうそう、難しいですよね〜。
板垣 壮大なモノローグを二人で言っている形になるから、大変そうだな、頑張れ〜と思っています(笑)。
ーー演出の板垣さんにお伺いします。そもそもなぜショーン役に藤岡さん、アビゲイル役に木村さんをキャスティングされたのでしょう?
板垣 プロデューサーの言葉を借りると、「アビゲイルはブチギレられる人じゃないとダメだね」っていう話で。プロデューサー曰くですよ?(笑)で、花代ちゃんは多分あの人はブチ切れている人だと(笑)。
木村 まぁそうですね、隠しているけどね(笑)
板垣 藤岡くんとは『いつか〜one fine day』というお芝居でご一緒している縁もあったし、ショーン役は絶対的にギターが弾ける人がいいなと思って。『いつか』の時にキャスティングの詰めをやっていて、目の前にいるじゃんと思った(笑)。実在のショーンさんの姿はYoutubeなどで見られますけど、あなたひょっとして人と喋りませんか?というところがある人。その繊細な感じは、日本で例えるならばアキバ系の男子というか、そんな人なんじゃないかなと思って。
そのイメージと藤岡くんは違うところがまたいい。「そういうのをやって」といったらできるし、そろそろ「そういうのをやったほうがいい」とも思ったんですよね。客をざわつかせるだけではない役者に。絶対いけるという俺の思いもありました。
藤岡 ……まぁ、ギター要員です(笑)。
取材に応える、木村花代、藤岡正明、板垣恭一(左から)
ーー木村さんと藤岡さんは、お互いの役どころについてどう思われていますか。
藤岡 (木村さんは)やっぱりブチギレているからじゃないかな(笑)。僕、いい意味で、ある種アビゲイルだな、ある種ショーンだなと思うことがあります。……花代さんって引越し好きじゃない?そうでもない?
木村 え? うーん、夜中の模様替えは好き。
藤岡 やっぱり。俺、逆なんですよ。引越し嫌い、新天地嫌い。別荘とか絶対にいらない。いくら金持ちになっても別荘を建てるぐらいだったら、家の隣に自分のシェルターみたいな、レコーディングスタジオが欲しい。なんならずっとそこに閉じこもって、パソコンやったり、鍵盤いじったりしたいタイプ。……何が言いたいかというと、僕はあまり冒険をしないんですよ。ビールも焼酎も決まった銘柄を飲むし、家の冷蔵庫には必ず常備しているつまみがある。毎日食べるんです、同じものを。それが飽きない。
木村 私は飽きるわ。
藤岡 そう。多分花代さんは、新しいものを求めている人で、それはアビゲイルが求めている何か渇きや苦悩みたいなものに近いと思うんですよね。それは埋めようのないものだからもがく。僕はあまりそれがないから、ショーンに近いのはそこなのかなって。僕、派手に見えて、意外と地味なんですよ。それを板さん(※板垣のこと)、よくわかっている。
板垣 ナイーブな人ではあるね。花代ちゃんに関しても、分かる気がする。
木村 そうね、同じことは嫌。新しいことにどんどん挑戦したいし、変わっていきたい。
藤岡 俺、メガネを買う時、2つ買いますからね?
木村 なんで?
藤岡 気にいるなと思ったら、ずっと使いたいから、ストック用でもう1つ買っておくの。気に入ったら、同じメーカー、同じブランドをまた買うタイプ。冒険するのではなくて。
板垣 そういう意味だとぴったりの配役だね(笑)。
ーーこの作品の中で、お好きなナンバーは?
木村 いっぱいあるなぁ。
藤岡 僕は『過ぎゆく年/ The Years Go By』(M10)。難しい曲でまだみんなと合わせられていないんですけど、みんなで合わせたら確実にこれは美しい曲になる。個人的には、秀逸なロックだなと思っている曲です。アメリカンな部分も、スイディッシュな部分もユーロピアンな部分、またブリティッシュな質感も入っていて。すごく繊細で、秀逸な曲だなと思っています。期待してほしい1曲ですね。
木村 私は『三本足の犬/Three Legged Dog』(M12)が、好きになれたらいいなぁ。超難曲なんですよ。この曲を修得できたら、私、多分変われる気がすると思うんです。まぁこの曲は、好きな曲よりチャレンジする曲。
一番メロディとして綺麗だなと思うのは、『奇跡の歌/Bells』(M14)かな。曲としてすごく綺麗で、知らない間に涙がポロっと出ているような、心温かくなる曲。ベンソンズの2人が初めて2人で作った曲らしく、すごく思い出のある曲なんだろうなというのが伝わってきて、愛に満ち溢れている曲だなと思います。
木村花代
ーー実在されている人物(夫婦)を演じられるわけですが、彼らに似せようとするのか、それともあえて変えようとするのか。役づくりについて教えてください。
木村 私はできるだけ似せたいなとは思っているんですけど、モノマネではないので、やっぱり木村花代のアビゲイルになるのかなと思っていますし、そこは恐れずに行きたいなと思っています。歌い方や、彼らが作っている音楽の声の持っていき方などは、木村花代ではダメだなと思うので、そこは音楽監督のマコちゃん(※桑原まこ)とか、まさくん(※藤岡のこと)に色々教えてもらいながら、やっています。
藤岡 板垣さんと稽古終わりに色々話すなかで、僕自身、今俳優として課題にしていかなくてはいけないなと思っている部分があって。それは、お芝居をしようとしないこと。もっというと、お芝居に見えない、そこにただ存在するということを自分が恐れないということ。つまり、この役をやるにあたって、ショーンに寄せるつもりもなければ、藤岡でいるつもりもなくて。多分板さん(※板垣のこと)とのやりとりの中で、また、花代さんとのやりとりの中で、自然とショーンに見える佇まいを自分で研究したいなと思っています。
木村 ショーン、難しいよね。ご本人がああいう感じだから。
板垣 ……暴走系な女の子・アビゲイルと、すごく地味なショーンという男の子が出会っちゃったわけですよ。生息地域は全然違うところにいる二人だけれど、真逆だからこそ惹かれあった。役に寄せるときに、テクニカル的に形態模写的に寄せるやり方もあるんだけど、気持ちの持っていき方とか、何を大切にしている人なんだろうみたいなところをちゃんと捉えてほしいと思っているんです。
人間同士だから、そんなに違いはないと思っているんですよ。ショーンが大切にしていることと、藤岡正明が大切にしていること。ひょっとしたら、アビゲイルが大切にしていることも。それに対して、どういう表現をするのか。それが実はキャラクターの正体。セリフに書いてあるんです。だから、自分なりに見つけた言い方でそのセリフを喋れば、適切な演技が本当は生まれてくる。
藤岡 補足なんですけど、1回だけ若手の子たちがいっぱいいるような作品に出させてもらったことがあって。その時に、稽古場で、「その役が持っている癖とか、その役の佇まいを先に作っていったほうが楽だよ」というようなアドバイスをしているのを見たことがあって。別に悪いとは言わない。僕自身もやったことあるし。でも、なんか、誤解を恐れずにいうと、それはまだまだビギナーな俳優がやること。別に自分を過大評価しているわけではないけれど、僕がそこにいてはダメだなと思ったんです。要は、透けて見えそうなものとか、「ここらでやっておくと愛されそうだからやる」とか、そういうのはちょっともうね、若い子に任せようかな、と。何もしない。これが僕のテーマです。
板垣 何もしないことをするということだね。
藤岡 そう、そしてそれがショーンに見えたらいいなと思います。
藤岡正明
ーーたくさんの方に見に来てほしいというのが常套句だとは思うのですが、あえてどんな人に見に来て欲しいか教えてください。
板垣 ちょっとでも生きづらいなと感じたことがある人は来てほしいです。
藤岡 すごく限定的で申し訳ないんですけど、僕は年配の人に見てほしいですね。若い人にどう伝わるかなという部分もあるけど、年配の人には伝わると思うんですよ。特に50代以降に見てほしい。
木村 この作品でアビゲイルが言いたいこと、というか、アビゲイルとお客様の共通認識、似ているなと思ってもらえるところって、孤独だと思うんです。夫婦で来てもらうのもいいなと思うんですけど、結局人は一人で生まれて一人で死んでいくので、そういうところを感じられるような人の方がより感動して、希望を持って帰ってもらえるんじゃないかなと思います。
私は結構悲しみや絶望を感じることが多いタイプ。私のように、孤独感を感じる人って、若い子でも多いと思うんですよね。ちょっとでも心の中に穴を感じる人や、孤独を感じるような人にふらっと見にきてもらって、「人生ってなんなんだろう?」と思ってもらえたらすごく素敵かなと思います。
ーーでは、最後にメッセージを一言お願いします!
藤岡 作品のテーマとか色々あるんですけど、固いことを抜きにして、僕はギターをいっぱい弾いていて、ミュージシャンをやっていてよかったなと思う。逆に言ったら、ミュージカル俳優で僕が今やっていること、ショーンのギターを弾きながら歌を歌って芝居ができるやつは、俺しかいないという自信があります。
でも世界中のミュージカル俳優をみたら、こんな程度のこと、できるやつはたくさんいる。たくさんいるんですけど、日本のミュージカル界に問いたいですよ。これでいいのって。いつまで経っていても日本のミュージカル界は成長しないよと言いたい。そういったところも含めて、ぜひ監視していただきたい。この作品が、日本のミュージカルの実力の底上げには絶対なると思うので、応援していただきたいなと思います。
木村 まさくん(※藤岡のこと)が面白い例えをしてくれていて。この作品を料理に例えていました。絶対おいしいと思うんだよ、でも味見していない状態だって。映像を見ていたり、台本読んでいたり、きっと面白いだろうなと思うと思うんですけど、今まで見たことのない、食べたことのない味だと思うんです。だから、試食しにきてほしいなと思います。……試食して不味かったらごめんなさい(笑)。でもきっと美味しいと思う。音楽が良いので、それを楽しむもよし、お芝居をがっつり見るもよし。「藤岡みたいになってやる〜」でもいいし!
藤岡 ね! ミュージカルを目指している子とかにもぜひ見にきてもらって、これからのミュージカル、これぐらいできないとマジで残れないよっていうことを伝えたい。
木村 私、「木村花代がロックかよ」と一度言われて、一時期落ち込んだんですけど、それを払拭したいので、どうぞ見にきてください。得意のソプラノを封印して、下手くそは承知の上で頑張っているので、この歳になっても。新しいことに挑戦するのが好きというのもそこにあるのかなと思うので、現状に甘んじず、頑張っている姿を応援しにきてくれたら嬉しいなと思います!
藤岡正明と木村花代(左から)
取材・文=五月女菜穂

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