イアン・カーティス
亡き後にリリースされた
ジョイ・ディヴィジョンの
重要作『クローサー』

イアン・カーティスとその死

イアン・カーティスは、デビッド・ボウイ、ルー・リード、ジム・モリソンに憧れ、セックス・ピストルズのライヴを観てロックの世界に飛び込んでいる。彼の声質は低く、装飾的なテクニックは使わない。ルー・リードやジム・モリソンを範にし、等身大の自分をそのまま提示しているようなヴォーカリストである。彼の生み出す歌詞は抽象的かつ暗鬱で、のちに彼の妻のデボラ・カーティスはイアンがサルトルやカフカ、ニーチェらの本を読んでいたと回想しているように、読書好きであったがために文学的表現が身についていたのだろう。歌詞は抽象的でどんな解釈もできるというのがイアンの自論で、ジョイ・ディヴィジョンのオリジナルアルバムに歌詞を載せないのもイアンのこだわりのひとつであった。

イアンは死ぬまで鬱病とてんかんに悩まされ続けた。てんかんの発作は『アンノウン・プレジャーズ』の成功によるツアーなどで、不規則な生活が続いたことがきっかけで頻発するようになっていた。1980年1月のヨーロッパツアーでは数回のてんかん発作を起こし、聴衆はそれを彼のパフォーマンスだと勘違いし熱狂する者もいたのだが、イアン自身は発作が起きるたびに自己嫌悪に苛まれていたようである。

グループのメンバーはイアンの身体のことを心配していたものの、ツアーのスケジュール等もあり、どうすることもできずにいた。80年4月、てんかんの薬を過剰摂取してイアンは自殺を図っている。そんなこともあって、この月は何回かツアーをキャンセルすることになった。デビュー前の19歳で結婚した高校の同級生デボラとの関係もうまくいかなくなっており、口論は絶えなかった。そのストレスや病気の苦しみもあったのだろうが、5月18日の早朝に自宅で首を吊ってイアン・カーティスは23歳の生涯を閉じた。

*イアン・カーティスについては、ウィキペディアに詳しく紹介されているので、興味のある人はぜひ読んでみてほしい。素晴らしい内容である。
彼の死後、6月にはシングル「ラヴ・ウィル・テア・アス・アパート」がリリースされるのだが、この曲はジョイ・ディヴィジョンの最大のヒット曲となっただけでなく、ロック史上に残る名曲のひとつとしても知られ、多くのカバーを生んでいる。なお、この曲にはミュージックビデオが残っており、イアンの死の3週間前の4月25日に録画されている。ビデオを撮影したのはバンド自身であり、イアン在籍時のジョイ・ディヴィジョンとしては最後の映像作品となった(当時、まだMTVは存在していない)。

本作『クローサー』について

そして、同年7月にリリースされたのが、イアンの遺作となる本作『クローサー』だ。録音は1月のヨーロッパツアーの後の3月に行なわれた(前掲の「ラヴ・ウィル・テア・アス・アパート」も同様)。この時期、すでにイアンの体調はすぐれず、重度のてんかんに加え鬱病も進行していたので、その心情がアルバム全編を貫くサウンドに大きな影を落としている。

収録曲は全部で9曲。前作同様、ハネットがプロデューサーを務めている。サウンドは前作と比べるとよりシンプルになり、その分イアンのヴォーカルが際立っている。パンクロックが外への怒りを表現したものだとするなら、ポストパンクとしての本作は自分自身の内面と対峙したものであり、暗鬱で儚げだ。パンクロッカーを自負していた彼らにとって、このアルバムのある種の静謐さに違和感を持ったかもしれない。しかし、ドアーズの「ジ・エンド」がジム・モリソンというアーティストを描き切ったように、本作『クローサー』はイアン・カーティスという人物を見事に浮かび上がらせている。パンクであろうがサイケデリックであろうが、そんなことは関係なく、若者の普遍的な心情を炙り出した本作の哀感は、時代を超えて聴く者に訴え掛けるのである。本作はジャケットデザインも含め、流行に左右されないロック史上に残る傑作のひとつである。

TEXT:河崎直人

アルバム『Closer』1980年発表作品
    • <収録曲>
    • 1. アトロシティ・エクシビション/Atrocity Exhibition
    • 2. アイソレーション/Isolation
    • 3. パスオーヴァー/Passover
    • 4. コロニー/Colony
    • 5. エイ・ミーンズ・トゥ・アン・エンド/A Means to an End
    • 6. ハート・アンド・ソウル/Heart and Soul
    • 7. 24時間/Twenty Four Hours
    • 8. ジ・エターナル/The Eternal
    • 9. デケイズ/Decades
『Closer』(’80)/Joy Division

OKMusic編集部

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