バレエピアニストの蛭崎あゆみ×滝澤
志野が語る、誰にも負けない“バレエ
愛”と華麗なる舞台のウラ側

バレエピアニストという職業をご存じだろうか。華やかなバレエ公演を陰で支える重要な仕事だ。毎朝のクラスレッスンで伴奏し、リハーサルでもダンサーに寄り添って弾き、時には公演で演奏することも。ここでは新国立劇場バレエ団専属ピアニストで、フランス・メディアフォリ社より発売されたバレエレッスンCD「Music for Ballet Class」1~6巻が国内外で絶賛発売中の蛭崎あゆみ、世界の至宝マニュエル・ルグリが芸術監督を務めるウィーン国立バレエ団(ウィーン国立歌劇場)専属ピアニストとして活躍し、レッスンCD「ドラマティック・ミュージック・フォー・バレエ・クラス」1~3(新書館)がヒットしている滝澤志野の対談が実現。バレエピアニストという仕事の魅力やバレエへの熱い思い、今後の展望を本音で存分に語らってもらった。
■出会いを振り返って
――お二人が出会われたのはいつですか?
蛭崎あゆみ(以下、蛭崎) 滝澤さんが新国立劇場バレエ団でリハーサルを弾くようになった時です。
滝澤志野(以下、滝澤) 私がウィーンに行く1年前くらい前ですね。
――蛭崎さんが新国立劇場でお仕事を始められたのはいつですか?
蛭崎 契約で入ったのは20年くらい前です。
滝澤 私は2004年から週に1回朝のクラスを弾くようになりました。
蛭崎 私はその時パリにいたと思います。そうか、滝澤さんは長くいたんですね。
滝澤 初めてリハーサルを弾いたのが牧阿佐美先生の『椿姫』(再演)です。それが2010年。(デヴィッド・)ビントレーさんがその秋から芸術監督になりました。一番楽しかったのは『ペンギン・カフェ』(ビントレー振付)で、一人がピアノ、もう一人が打楽器で笛とかも吹いたりして…。
蛭崎 楽しかったね(笑)。
滝澤 そんなことをやっているバレエピアニストは他にいない(笑)。
蛭崎あゆみ
――当時のお互いの印象はいかがでしたか?
蛭崎 滝澤さんに最初に会った時はキラキラしたものを感じました。凄く上手だし、これからの可能性に満ちているのが伝わってきましたね。
滝澤 今や疲れ果てています(笑)。クラスに加え、通し稽古それに舞台でのソロを一気に弾くと歳を感じる…。
蛭崎 若い時はいくらでも弾きたい。今でも滝澤さんみたいに海外で活躍したいと考えている20代半ばの子はキラキラしています。
――蛭崎さんは2006年に文化庁の新進芸術家海外研修制度に応募・採択され、滝澤さんよりも先にウィーン国立歌劇場で研修されていますね。
蛭崎 バレエピアニストを派遣するという認識はなかったはずです。面接時に「ダンスと音楽が総合芸術として高め合っていくために私たちの仕事は必要なんです!」と訴えました。
滝澤 私にとってあゆみさんは憧れの存在でした!
蛭崎 鳥肌が立ってきた。痒いですね(笑)。
滝澤 年もさほど変わらないはずなのに物凄く先を歩かれていて、前例がないというか、道を切り拓いていくエネルギーを感じました。伝手もないのにパリに行かれて、ピエトロ・ガリ(フランスの著名なバレエピアニスト、2012年死去)に出会って…。
蛭崎 ワーキングビザの関係もあってちゃんと仕事できたのは1年間です。パリ・オペラ座のピアニストのコンクールを受けて入賞しましたが、ポストの空きを待つよりも日本に帰ろうと。

滝澤志野

■バレエピアニストを志した頃
――滝澤さんがバレエピアニストを志した理由は?
滝澤 幼い頃から舞台芸術が好きで、ピアノと作曲もその頃からやっていました。そうするうちに先生ではなく演奏家になろうと思ったんです。自分の興味とピアノが重なりました。
蛭崎 天職だね!
――蛭崎さんはお母様にピアノを学びながらバレエも習い、音大に進まれました。その頃、ある新しくできるバレエ学校がピアニストを募集していて、バレエピアニストという存在を知られたそうですね。
蛭崎 最初は自分の弾くピアノでダンサーが踊るのはなんて素敵なことかと思いました。
滝澤 私はなかなかその境地に至れなくて…。
蛭崎 えっ、どういう意味?
滝澤 舞台に憧れていたので新国立劇場のZ席(公演当日に販売される廉価な見切れ席)を朝から並んで買って見ていました。だから憧れのダンサーたちが私なんぞのピアノに合わせて踊ってくれるなんてと思っていました。不安な気持ちが取れたのは、ここ2年くらいですね。
蛭崎 そうなんだ!
滝澤 日本にいた頃は自信がなかったしウィーンに行ってからはスランプになりました。このまま進んでもいいのかなと思うようになれたのは、ここ2、3年です。

(左より)滝澤志野 蛭崎あゆみ

■バレエピアニストの醍醐味とは
――バレエピアニストでよかったと思われることや辛かったことは何ですか?
蛭崎 クラスの時にダンサーが「今日は体が軽かった!」「楽しかった!」と言ってくれるのはうれしいですね。
滝澤 ウィーンでは「今の曲、最高!」とその場で皆が拍手してくれたりしますね。反応が素直!
蛭崎 ヨーロッパらしいよね。日本はみんなシャイだから後で言いに来てくれたりします。
滝澤 ウィーンに来た最初の頃は辛い気持ちでした。(マニュエル・)ルグリ監督がやっているフランス・バレエが分からなかったんですよ。(ピエール・)ラコット版の『ラ・シルフィード』なんて簡単だと思っていたのですが、パ(ステップ)が見えないというか脚で何をやっているのかが分からない。フランス・バレエは曲が始まる前から始まっているんです。そこにササっと入らなければいけないのですが、それをなかなか理解できない。私は日本で1、2年しかリハーサルを弾いていなかったのでキャリアが圧倒的に足りていませんでした。だからオロオロしてしまい簡単な曲も弾けなくなりました。ダンサーから一定のテンポで弾いてと言われても、それが弾けているのかどうかも分からない…。
蛭崎 彼らの言う「一定」って全然一定じゃなかったりする(笑)。
滝澤 一部の気の強いダンサーにも苦労しました。彼らはそういうコミュニケーションに慣れているのでしょうが、私はうまく対応できず引きずってしまう。そこを自分で乗り越えたり、周りの人に助けられたりしました。ウィーンでは深い芸術のなかに存在できているという気持ちがします。でも、たまに本番で弾いていて寂しくなるんです。この瞬間がすぐに過去になっていく――。残らないこの瞬間を私はいつまで覚えていられるのだろうかなと。
蛭崎 それが舞台芸術の切なくも楽しいところでもあるんだよね。
蛭崎あゆみ
――ご苦労が多い。まさに縁の下の力持ちですね。
蛭崎 リハーサルではダンサーが「こう踊りたい」「ここはゆっくり、ここは速く」と言ってきます。でも、それを全部鵜呑みにしていると音楽は崩壊します。なので、その人の要求も満たしつつ、どうすれば音楽としてまとまるのかを考えます。上手くいった時はいい仕事ができたと思いますね。指揮者に渡して恥ずかしくないものになったし、ダンサーも踊りやすいし。長年やっているとダンサーたちとの信頼関係も生まれるので「私にはちょっと速い(遅い)テンポだけど、このピアニストについて行ってみよう」という雰囲気も出てきます。
滝澤 新人ピアニストだと不安なのでしょうね…。
蛭崎 現場での苦労とは異なりますが「バレエピアニストはメトロノームみたいにつまらない音楽を弾いている」と思っている人がたくさんいます。そうじゃないんだよと言いたい。制約や守らなければいけないことはありますが、そのなかでどうやって良い音楽を作れるか考えるのが、この仕事の醍醐味。それをもう少し多くの人に分かってもらいたいですね。
滝澤志野
■いま明かされるスターたちの横顔
――滝澤さんはルグリやマリアネラ・ヌニェス(英国ロイヤル・バレエ団プリンシパル)、ワディム・ムンタギロフ(同)、セミョーン・チュージン(ボリショイ・バレエ プリンシパル)のようなスターともお仕事されています。彼らに接して感じることは?
滝澤 彼らは人間性が素晴らしくて、それが舞台にも表れていると思います。
蛭崎 日本でもそうですが謙虚な人が多いですね。
滝澤 皆ハートが強くてもっと成長しようという気持ちがあります。ワディムやセミョーンがウィーンに来て踊るヌレエフ版の古典全幕は振付が難しいじゃないですか。それをルグリが熱血指導します。セミョーンなんて必死にくらいついていくんです。私なんかは心が折れてしまうことがあるので、彼らのハートの強さに教えられることが多いです。
蛭崎 日本でも厳しい指導者が来ると、主役級もコテンパンにやられるくらい指導されます。でも、それを自分のものにして舞台上で堂々と出し切るのを見ていると「強いな」と思いますね。日本のダンサーは割と謙虚です。今の子たちだけでなく上の世代もそうですね。
滝澤 酒井はなさんは素敵でしたね。新国立劇場にいても凄く自由に振舞われていて「アーティスト」という感じでした。

滝澤志野「Stars in Blue」2019年3月にて

■日本のバレエピアニスト事情
――バレエピアニスト志望者は結構いるんですよね?
蛭崎 凄く多いです。
――蛭崎さんは講習会もされていますね。
蛭崎 間違った情報を元にバレエピアノの勉強をして欲しくないので、数年に一度やることがあります。「バレエピアニストの仕事はつまらない」と思われたくないのと若い人たちに正しい知識を持ってほしかった。いま東京はバレエピアニストが飽和状態です。いろいろな先生方からお聞きするのですが、売り込みの電話がしょっちゅうかかってくるそうです。
滝澤 昔はそんなことなかったのに。
蛭崎 バレエピアニストが脚光を浴びるようになってきたのは良いことですね。滝澤さんのご活躍も大きいと思います。
Ayumi HIRUSAKI x Ayako Ono Music for Ballet Class 6

――お二人ともレッスンCDを出されていますね。
滝澤 皆出していますね。
蛭崎 名刺代わりにね。踊る側にとってもいろいろチョイスできるのは良いと思います。
――滝澤さんの「ドラマティック・ミュージック・フォー・バレエ・クラス3」(2019年12月新書館より発売)は永橋あゆみさん(谷桃子バレエ団プリンシパル)の監修です。
滝澤 日本の現場で教えている先生の意見も聞きたいと思って。
蛭崎 普段弾いているものを弾かないの?
滝澤 今は海外でプロ相手に弾いているのでテンポの問題があります。でも選曲や音の厚みは変えていないのでドラマティックな感じは伝わってるんじゃないかな。
蛭崎 そういえば私は年に1回くらいバレエ・クラスを受けに行くのですが、そこの先生が使われたCDの曲のなかに魅力的だと感じる曲があったんです。後で先生に聞いてみると滝澤さんの演奏でした。

【特別版ロングVer】滝澤志野「ドラマティック・ミュージック・フォー・バレエ・クラス3」PV
■バレエを弾くために必要なこと
――今現在、お互いの存在をどのように感じていますか?
滝澤 あゆみさんは新国立劇場でリーダー的な取りまとめもされていたりする。私はどうも人に指導したりとか取りまとめたりとかに向いていないようで。
蛭崎 パフォーマー的な感じはするよね。
滝澤 バレエ音楽の美しさや素晴らしさを演奏によって伝えていきたいです。だから自分が本当に素晴らしいと思う曲を集めてコンサートを開きたい。
蛭崎 それ、いいね!
滝澤 一緒にやりませんか?
蛭崎 私、司会しようか?
滝澤 なんで司会なんですか!(笑)。
蛭崎 そういう演奏会は面白そう。バレエの現場で一流のダンサーが実際にそれに合わせて踊っていた曲を演奏会で演奏するというのは、滝澤さんのような限られたピアニストにしかできないことだから。今の日本は世界で一番バレエが流行っていると思いますが、いい方向に流行ってほしい。質の高いものをお客様に見ていただく機会が増えてほしいですね。
滝澤 私はウィーンで得た美しい芸術経験をピアノでしか伝えられない。でも、あゆみさんはプロデュースとか自分とは違うやり方を持っていらっしゃるんだなと今日思いました。
蛭崎 滝澤さんは無我夢中でやってこられたのでしょうがウィーン国立バレエ団で定職に就いているのは凄いこと。なかなか得られない仕事です。
滝澤 ルグリさんに出会えたことが大きいです。彼のバレエと共に歩んできたからこそ。あと、他のカンパニーでも日本の方は多いですよね。
蛭崎 日本人って、この仕事に向いていると思う。
滝澤 心を込めて責任を持ってやるしテクニックもあるし。
蛭崎 場の空気を読んだり推し量ることができたりするので優秀な人が多いと思います。
蛭崎あゆみ 指揮者のマーティン・イェーツと
――バレエピアニストに一番求められるものは何でしょうか?
滝澤 バレエ愛でしょうか。
蛭崎 バレエ愛がないと無理だよね。ダンサーからのいろいろな注文に応えようとするのは、バレエが好きで共存しようと思うから。誰かと同棲するにしても他人だから違うところがありますよね。どうやったら上手く暮らせるかを話し合ったりしますが、その話し合い自体、好きじゃなければできない。それと同じだと思う。
滝澤 以前あゆみさんがインタビュー記事で「バレエピアニストに大切なことは、上手く合わないと思った時でも、その人のことを好きになることです」と話されていて、それに助けられました。ダンサーたちと折り合いが付かない時でも「好きになること」を実行してみたんです。その人の声が可愛いなと思ったり、花にたとえてみようと思ったりすると、愛おしくなって。そうやって「好き」と思うようにすると心が通じあい、そこに信頼関係が生まれるようになりました。
滝澤志野 『マルグリットとアルマン』終演後に(2017年)
■新しいことに向かって
――今後の展望をお話しください。
滝澤 ルグリ監督は2020年夏で退任します。区切りとなるシーズンなので、一つひとつのリハーサル・公演を大事にしていきたいです。その後もウィーンに残る予定です。良い街ですし、良い同僚に恵まれ素晴らしいオーケストラとも共演できる。音楽家としての幸福を味わっています。
蛭崎 次の芸術監督が来てどうなっていくのかを見るのも経験だよね。
滝澤 新国立劇場で牧監督からビントレー監督に代わった時にカンパニーの変化を見られたことは素敵な思い出でした。次期監督マーティン・シュレプファーさん(現在バレエ・アム・ライン芸術監督)との仕事も楽しみです。来シーズンの作品で頼まれていることもあって。
蛭崎 なかなか得られないポジションだからね。
滝澤 凄く恵まれていますがポジションとは考えてないかな。まだ先のことが想像できず選択肢もないですが、自分のやりたいことが新たに出てきたらそれを軸に動くかもしれないし、ルグリさんから何か手伝ってほしいと言われたら移動もあるかもしれません。

蛭崎あゆみ 指揮者のアレクセイ・バクランと

蛭崎 私は2018年に出産してから物の見方が変わりました。以前は自分中心でしたが今は何に対しても感謝なんですよ。忙しくできていること、健康であることに感謝。新国立劇場を含め働きやすい環境にいられることに感謝。バレエができる平和な世の中に感謝。毎日感謝ですね。
滝澤 あゆみさんは皆から必要とされている。
蛭崎 いやいや。ただ何が面白いかというと、ピアニストは皆個性が強いのに劇場という組織のなかで一つのチームとなって仕事をしていること。その大変さと面白さを味わっています。皆得意分野が違うので、それを生かしていきたいです。
滝澤 あゆみさんはプロデュースが得意なので、小さな催しを開いたりしませんか?
蛭崎 滝澤さんの演奏会を(笑)。
滝澤 お客様が来てくれるでしょうか(笑)。
蛭崎 新しいことに飢えているんです。バレエが盛り上がっているといっても公演では同じ演目をやりますし、コンクールや講習会をやるのも皆同じ。それもあって以前から興味を持っていたルイ14世時代のバレエ・クラスを再現したCDをプロデュースしました。日本のお客様は見る目が肥えているので、日本のバレエのクオリティもそれと一緒に上がっていかなければいけません。私はその手助けをしていきたい。バレエ業界全体のクオリティが高くなる方向性で発展していけばいいなと思います。
(左より)滝澤志野 蛭崎あゆみ
取材・文=高橋森彦
取材協力:新書館/オン・ポワント、メディアフォリジャポン

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