明石家さんまが、笑いだけでは終わら
ない光る感情と希望を残す 舞台『七
転抜刀!戸塚宿』ゲネプロレポート

2020年1月10日(金)、渋谷のBunkamuraシアターコクーンで明石家さんま主演の舞台『七転抜刀!戸塚宿』が開幕した。
「お笑い怪獣」の異名をもつ、明石家さんま。その名前は、2018年放送のラジオ番組で、岡村隆史が「もうお笑い怪獣ですやん」とコメントしたことに由来するという。今公演のさんまを観て、終演後に頭に浮かんだのが、まさに「笑いの怪獣」という言葉だった。
舞台作品の、暗黙のルールでは縛りきれないボケをする。目に入るものを、ことごとく笑いの餌食にする。通り過ぎた後を振り返ると、笑いだらけでありながら、笑いだけでは終わらない。笑いの焼野原に、くすぶり光る感情と希望がある。そんな舞台『七転抜刀!戸塚宿』の、ゲネプロの模様をレポートする。
演出は、映像作品で手腕を発揮し、過去のさんまの舞台作品にも携わった水田伸生。脚本は、福原充則。共演は、中尾明慶、山西 惇、温水洋一、八十田勇一、犬飼貴丈、吉村卓也、 加瀬澤拓未、粂川鴻太、佐藤来夏、佐藤仁美。
(c)阿部章仁
激動の時代、それぞれの思い
シアターコクーンの場内に、拍子木の澄んだ音が響き、物語が始まった。時代は、1865年(慶応元年)。場所は、街道沿いの峠の茶屋。茂みに隠れて、茶屋の様子をうかがっているのが、鳥居房蔵(かねぞう・中尾明慶)だ。房蔵には、15年に渡り、追い続けている親の仇がいる。仇の名は、尾長泉之丞繁忠(しげただ・明石家さんま)。
まもなく房蔵が待ち構えるところへ、繁忠が現れる。房蔵は、繁忠に挑むが、惜しくも討ち損じてしまう。繁忠を討つまで、故郷・松前藩の土を踏めない房蔵。代々、伝令書を運ぶ係として松前藩に尽くしてきた松林貞慥(ていぞう・八十田勇一)から受け取った手紙にも鼓舞され、今一度、かたき討ちへの決意をかためるのだった。
(c)阿部章仁
(c)阿部章仁

逃げた繁忠は、惣八(吉村卓也)が営む宿場町で、飯盛り女の己久里(佐藤仁美)といい仲になっている。しかし、偶然同郷の喜多村忠三郎(山西惇)と再会し、討幕派と敵対する猪ノ者隊(ちょのものたい)の動きに巻き込まれていくのだった。宿場から宿場へ。江戸から明治へ。房蔵、繁忠、それぞれの事情と思いが明らかになっていく...。
と、ストーリーだけを紹介すると、重厚な歴史ものに感じられる人もいるかもしれない。たしかに仇討物語を軸にしながら、いくつもの物語が折り重なる、たしかなドラマが存在する。しかし「堅苦しい芝居は苦手だ」という方にも安心してほしい。この舞台には、笑いの怪獣、明石家さんまがいる。
幕末の浪人を自由自在、縦横無尽に
さんまは、一見すると色男風の、すらりとした佇まいで登場。しかしよくみれば、着物には「笑」の文字が染められ、のっけから、かなり切り込んだ時事ネタ、ゴシップネタを投下。客席だけでなく、スタッフをも笑わせ、共演者への無茶ぶり、客いじりは当然、照明や音響まで笑いにかえる大盤振る舞い。舞台面のマイクを標的にした時は、「こんなスタイルで絡む俳優がいるなんて!」「しかもシアターコクーンで!」と衝撃を受けた。

(c)阿部章仁

取材したのは、本番前の通し稽古。客席にいるのは、関係者のみだ。だからといって、さんまが笑いの追求の手を緩めることはない。むしろ、これを良い機会とばかりに、時にはさんま自らが「リハーサルやろ?」「本番はちゃんとやる!」と、ずるい笑顔でエクスキューズしながら、その場の笑いの、最大公約数を探るようにボケ倒し、いじり倒す。仮に誰かが、さんまからの笑いのパスを受け損ねたとしても、さんまはそれさえ笑いに変える。

(c)阿部章仁

もはやどこまでが台本で、どこまでがリハーサル済みで、どこから無茶ぶりなのかが分からない。あて書きであることを差し引いても、さんまは繁忠であり、繁忠はさんま。その性根には、尾長泉之丞繁忠という脱藩浪人の孤独感があった。散々笑わせているからこそ、ふとした瞬間の笑顔の中の淋しさが際立ち、観る者を引きこむ。
大怪獣に挑み支える、共演者とスタッフ
この舞台を支えるのに欠かせないのが、さんまの舞台で、お馴染みメンバーだ。中尾は、房蔵を明るく愛らしいキャラクターで演じ、さんまのどんなオーダーにも、房蔵の人となりで返す。脇を固めるのが、山西と温水と八十田。山西は、脱線に次ぐ脱線の物語にも、安定した演技で物語に厚みを持たせる。八十田は、愚直なキャラクターだからこそ、翻弄されたときのギャップが面白い。温水は柔和な語り口や、リアクションひとつで笑いを誘う。振り回されているようにみせつつも、自在に立ち回ってみえた。
初舞台となる犬飼は、思いきりの良い演技で存在感を発揮。温水の息子という意外過ぎる役の設定にも、説得力をもたせていた。宿屋の主人役をつとめる吉村は、濃いキャラクターたちの中で、清涼剤のような役回り。登場すると安心感さえ覚えた。
(c)阿部章仁
佐藤仁美もまた見どころが多い。カラっとした色っぽさと可愛らしさで、男に尽くす女を悲壮感なく演じる。さんまの奔放ぶりにも押し負けない、芯の強さを見せた。
(c)阿部章仁
脚本の福原は、BED&MAKINGS『あたらしいエクスプロージョン』で、戦後日本の動乱期の映画人たちを取り上げ、岸田戯曲賞を受賞した。今作では、幕末から明治という、時代の転換期を描いている。劇中で、キャストたちがとことん笑いを追いかけても、物語が成立するのは、福原によって堅牢に組み立てられた物語と、たった一言で心情を表し、空気を変える力のある、研ぎ澄まされた台詞のおかげだろう。舞台美術は堀尾幸男。いかにも時代劇らしいセットと、テンポ良く切り替わる場面での、ミニマルなセットで、緩急を生む。回想シーンのお屋敷では、照明による演出が効果的に使われていた。
TVの「さんまさん」だけじゃない、明石家さんまを劇場で
日本で育った人ならば、知らない人はいないであろう、稀代のエンターテイナーの明石家さんま。5年前の主演舞台『七人ぐらいの兵士』を観劇した際、「テレビでよく知る、さんまさん」が、想像の何倍もエンターテイナーであったことに驚かされた。その体験をもってしても、今作で再び「まだまだ、もっともっとエンターテイナーだった!」と圧倒された。
(c)阿部章仁
ひたすら続く笑いあり、殺陣あり、切ない運命に泣かされ、最後は美しい景色をみせてくれる。Bunkamuraシアターコクーンでの、東京公演は1月31日(金)まで。その後、2月20日(木)~2月26日(水)にかけて、COOL JAPAN PARK大阪WWホールで上演される。

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