【SPICE独占】30年前の「三大テノー
ル」がいまもバリバリの現役 プラシ
ド・ドミンゴの七不思議

2020年1月28日(火)東京国際フォーラム ホールA、1月31日(金)サントリーホールにて『プラシド・ドミンゴ プレミアム コンサート イン ジャパン2020』が開催される。プラシド・ドミンゴが日本で初めてのコンサートを開催してから33年。コンサート開催に寄せ、オペラ評論家・香原斗志氏からの特別寄稿文をSPICE独占でお届けする。
驚異のスケジュールをこなす78歳
「世界三大テノール」は日本でも大ブームを呼び起こした。1996年、先ごろ竣工した新しい国立競技場の前にあの地にあった国立霞ヶ丘競技場でコンサートが行われたときは、最高席は7万5000円もするチケットが6万枚も、あっという間に売れてしまったのである。
ルチアーノ・パヴァロッティ、プラシド・ドミンゴ、ホセ・カレーラスの「三大テノール」が初めて集まったのは1990年7月のこと。サッカーのW杯イタリア大会の決勝前夜、ローマで一緒にコンサートを行ったのだが、これがCDになり、レーザーディスク(当時)になり、テレビでも放映され、4年後のアメリカ大会で再び行った映像と合わせれば、世界で10億人以上が視聴したというから、3人が有史以来最も多くの人が歌声を聴いたオペラ歌手であるであるのは間違いない。
だが、1990年はもう30年前。その時点で3人のテノールは功成り名を遂げており、だからこそ「三大」と銘打つことができたのだ。もはや遠い過去のできごとで、事実、パヴァロッティは2007年に亡くなり、3人の若大将だったカレーラスもオペラの舞台からはとっくに遠のいている。ところが、1990年の時点でもうすぐ50歳に手が届こうとしていたプラシド・ドミンゴ(1941‐)は、まだバリバリの現役なのだから驚くほかない。
ドミンゴといえば先ごろ、過去にセクハラを受けたという女性数人が訴え出て騒動になった。ドミンゴ側は告発内容を否定しており、ヨーロッパでは概ねドミンゴの主張が受け入れられているが、たとえばニューヨークのメトロポリタン歌劇場(MET)で予定されていた役はすべて、「共演者に迷惑がかかってはいけない」として降板した。事の真偽はともかくとして、ドミンゴはもうすぐ79歳である。世界を代表する歌劇場であるMETで何公演にも出演する予定だったという事実が、そもそも驚異的だ。
しかし、もっと驚異的なのは、アメリカの歌劇場への出演を取りやめてもすき間ができないスケジュールで、2020年のオペラへの出演予定を列挙すると――。1月にベルリン州立歌劇場で「ラ・トラヴィアータ(椿姫)」、3月~4月にハンブルク州立歌劇場で「シモン・ボッカネグラ」、4月にマドリッドのサルスエラ劇場で「ルイザ・フェルナンダ」、5月~6月にマドリッドのレアル劇場で「ラ・トラヴィアータ」、6月にウィーン国立歌劇場で「ナブッコ」、6月~7月に英国ロイヤル・オペラで「ドン・カルロ」、7月にミラノ・スカラ座とフィレンツェ5月音楽祭で「ラ・トラヴィアータ」、バイエルン州立歌劇場では「ナブッコ」、8月にザルツブルク音楽祭で「シチリアの晩鐘」、11月にスカラ座で「ラ・トラヴィアータ」……。
しかも、各公演とも主役ばかりで、1演目につき数回は歌うのが普通だ。その間に指揮もすればコンサートをこなす。78歳でこれだけの仕事をこなしたオペラ歌手は、400年を超えるオペラの歴史のなかでもほかにいないはずだ。もはや世界七不思議の領域であろう。
若い歌手を圧する歌の力と存在感
そして、スケジュールの合間を縫って、日本でも1月28日に東京国際フォーラムのホールAで、31日にはサントリーホールでコンサートを行ってくれる。相手役に、スカラ座のプリマドンナとして活躍するソプラノのサイオア・エルナンデスが選ばれたのも嬉しい。
サイオア・エルナンデス  (c)LourdesBalduque
ドミンゴは昔から「休むと腐る」をモットーに活動している旨は聞いていた。しかし、一般には歳を重ねるほど、腐らないためにも休む必要があるのが普通だろう。オペラ公演で主役を歌うのは相当な体力を必要とするし、若い歌手でも、体のほかに声を休ませるためにもスケジュールに余裕をもたせる。一方、若い歌手以上に予定をぎっしりと詰め、その間にコンサートまでやってくれるドミンゴ。ありがたいが、摩訶不思議な存在であり、高齢社会の理想でもある。
ちなみに、ドミンゴは「三大テノール」の時代から高音はあまり得意ではなく、現在ではバリトンの役ばかり歌っている。とはいえドミンゴの場合は、昔の名前で出ているかつての名歌手ではない。若い歌手と対等に渡りあうどころか、若い歌手を圧する存在感を示す現役の歌手なのだ。今年、ミラノ・スカラ座でドミンゴがジェルモン役を歌う「ラ・トラヴィアータ(椿姫)」を観たが、堅固なフォームで歌い、声量も十分で、日ごろはほかの歌劇場とくらべても冷たいスカラ座の観客が万雷の拍手を送り、終演後はカーテンコールでドミンゴを何度も呼び出した。
世界で十数億人が視聴した「三大テノール」のドミンゴ。国立競技場に集まった観客を熱狂させたドミンゴ。それがいまなお、一流の歌手として健在で、とっくに功成り名を遂げてはいたが、さらに名声を重ねている。そういう存在を目の当たりにする機会は、きわめて貴重である。
文=香原斗志(オペラ評論家)

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