佐藤健主演の問題作『ひとよ』ーー「
いま一番仕事がしたい」と俳優たちか
ら熱望される映画監督・白石和彌に話
を訊く

佐藤健、田中裕子、鈴木亮平、松岡茉優が出演する公開中の映画『ひとよ』。子どもたちを助けるため、家庭内で暴力をふるう夫を殺してしまった妻。しかし「自由」を与えたつもりが、「夫殺しの妻」を母親に持つ子どもたちという世間の目に苦しむことになり、苦しみながら生きていた。出所をして15年ぶりに帰ってきた母親と再会した子どもたち。その間には、大きなわだかまりが生じていた。メガホンをとったのは、多くの俳優から「出演したい」とラブコールを送られている白石和彌監督。家族とは何か、自由とは何か。『凶悪』『日本で一番悪い奴ら』などハードな暴力描写で知られる白石監督が、家族の内面がずたぼろに傷つく様を描いていく。今回、同作について白石監督に話を訊いた。
――人間ドラマとして全く隙のない作品だと思いました。でもシリアスになりすぎていなくて、終盤の感情のぶつかり合いにしても、笑える部分がありますよね。観ている人は「ここは笑っていいの?」と戸惑うはずですが。あと、詳しくは言えませんが例の成人雑誌とか!
結局、この映画の落としどころの一つは「デラべっぴん」ですから(笑)。ただ、すべらない話に出てくるような「オカンの話」って、こういう内容に近いですよね。滑稽ではあるけど母の偉大さも感じられる。
――これも終盤に出てきますけど、ポン・ジュノ映画ばりのドロップキックとか。これも笑えました!
あっ、ありますね。あと、帰ってきた母親・こはる(田中裕子)が車を運転して、次男の雄二(佐藤健)をひきそうになって「ごめーん、またやっちゃうとこだった」と言うところとか。原作の舞台も笑えるんですよ。舞台の方は、そもそも母親が謎の外国人と一緒に帰ってくるという設定もあるんです(笑)。でも、映画にしたとき、2時間にはめることが難しかったのでそこは省き、舞台版で謎の外国人が担っていたところと違う部分でユーモアを補填しました。
(c)2019「ひとよ」製作委員会
――原作者・桑原裕子さんは、東日本大震災のときの現象をキッカケにこの話を書かれたんですよね。当時の「復興、再生、絆」というワードに対する考えから物語を膨らませていった。直接的には、震災に関係したストーリーにはなっていないけど、それらが家族の姿に落とし込まれています。白石監督は当時、そういったワードをどのように受け止めていらっしゃいましたか。
当時はその言葉以外、見当たらなかったことは理解できます。だけど正直なところ、うんざりしていました。「映画を作る」という意味においては、それらの言葉によって、「向きあわなきゃ」という気が薄らいだのは事実です。「復興、再生、絆」という言葉だけでは片付けられないから。前作『凪待ち』(2019)で震災を背景にしましたが、それくらい時間が経ってようやく描けるものだという実感です。すぐには無理でした。
――映画の作り手たちは震災後、すぐ作品に取り入れていきましたよね。
それぞれの考え方なので決して否定はしませんが、ただ本音を言わせていただくと、みんなこぞってカメラを持ち出して被災地へ行き、ご遺体を撮ったりして、それで「これが現実だ」という伝え方をして、そういうやり方や作品に対して憤りがありました。もちろん、そこで何があったのかを伝えることは大事です。あと「自分は、今は何もできない」という気持ちもありましたし。それでも、そういうふうな作品を撮る人たちに対して「少なくとも俺は、君たちのようにはなりたくない」という思いはありました。
――ようやく映画作品として向き合えたわけですね。
それと、個人的なことなのですが、震災直前に母親を事故で亡くしているんです。当時、弟と連絡が全然繋がらなかったんです。というか長年、連絡をとっていなかった。それでもしつこく連絡をして、いざ久しぶりに会ったら、いつの間にか結婚して子どももいたんです。
(c)2019「ひとよ」製作委員会
――この映画でも、兄妹が雄二に連絡するけど全然繋がらないし、長男・大樹(鈴木亮平)が結婚していて子どもまでいることを、母親はしばらく知らされなかった。この映画の状況と似ていますね。
そうなんですよ。僕も弟と会ったとき、さすがにびっくりしましたね。震災とその前後は、自分にとって生々しすぎたんです。そういった出来事も含めて、振り返る時間が必要でした。今ようやく、思い返すことができる余裕が生まれました。
――父親を殺すことで子どもたちを暴力から救ったはずの母親が、雄二、大樹に「あんなことをしなければ」と抵抗感を示される部分も印象的です。救済したはずだったのに、彼らに苦痛をもたらすことになった。そういう側面を描いたことが、物語をより強固にしています。
親の期待通りに子どもが生きていけるかというと、実際はそうじゃないことの方が多い。それでも、僕も親の立場で見てみると、やっぱり子どもには大きな期待を寄せてしまう。親と子の間に生まれる溝は、なかなか埋まらない。この延々とおさまらない螺旋の階段から、人間は降りることができないんです。
――暴力を振るう父親は、子どもたちに会社を継いでもらって、タクシー運転手になってほしいという願いを与えます。母親は、夫を殺すことで子どもたちに自由を与える。タクシー会社の従業員・堂下(佐々木蔵之介)は、疎遠だった息子と再会して、別れ際に現金を渡す。この映画には、親が子どもたちに何かを与えたり、託したりします。
まさにそうなんです。それが僕も一番描きたかったところ。象徴的なのが冒頭、母親が子どもたちにおにぎりを与える場面。子どもたちはまだ幼いから、無自覚にそれを受け取っていく。そして、そこで「あなたたちはこれで自由なんだ」と告げられる。しかし、無自覚に受け取ったものに対してどこかに戸惑いがあり、やがて人生における障害物になっていく。じゃあそこで誰を恨むのか、と。父親なのか、それとも母親なのか。気持ちの行き先のなさ、そして悲しみに直面します。
(c)2019「ひとよ」製作委員会
――園子(松岡茉優)は何があっても母親を擁護しますよね。同じ女性として、母親の気持ちに近いものがあるのかなと。園子が元カレについて、「あの人はやさしかったんだよ。顔は殴らないから」と話すところがあるじゃないですか。彼女自身も、歴代の彼氏は暴力男ばかりだったと想起できますし。
園子の場合、幼すぎる頃に母親が捕まってしまった。だから、幼いままで止まってしまって、大人になれるタイミングがなくなってしまった。帰ってきた母親との添い寝シーンをいれたのは、それを表現するためなんです。
――そういうやりとり演じきった役者陣が見事でした。全員にとって、キャリアにおけるベストアクトの一つかもしれませんね。田中裕子さんの冒頭の「夫殺し」の芝居は途轍もなかった。
僕が驚いたのは、あのときの田中裕子さんのネクタイの曲がり方なんです。現場で、一連の流れのテストを終えたとき、ふと裕子さんの方を見たら、いかにも「人を殺してきて、いろんな段取りを済ませて、そこで息があがって……そりゃ、ネクタイもこういうふうになるよ!」という曲がり方をしていた。で、衣装さんに「この曲がり方がすごく良いので、キープできるようにしておきましょう」とお願いしたんです。そうしたら裕子さんが、「監督、実はこういうふうに縫い付けてもらったんです」と。あの曲がりは、裕子さんが仕込んできたものなんですよね。びっくりして、「あっ、参りました」となりました(笑)。
――それはすごいですね。そんな田中裕子さんに対して、佐藤健さん、鈴木亮平さん、松岡茉優さんが芝居として一歩も引かない。受けの芝居にまわるわけではなく、ちゃんと攻めるんですよね。
みんな、キャラクターもぴったりとハマった。健くんなんかは、オラオラ感を持っているけど、一枚めくれば想いが剥き出しになる雄二という役が、ぴったりだった。それぞれに細かい指示はだしましたが、「今の芝居は違います」ということにはまったくならなかった。本当に見事な現場でした。
(c)2019「ひとよ」製作委員会
――最後に伺いたいのが、白石監督の映画には必要不可欠な暴力性について。今作は、精神面や社会的制裁という意味での暴力性があります。『サニー/32』でもそういった面での暴力は描いていましたが。
『孤狼の血』(2018)、『凶悪』(2013)はある種、観ている人に、映画として暴力を楽しんでもらうために撮っている。でも『サニー/32』や今作に関しては、暴力に苦しむ人たちの代弁でもある。もはやイジメでしかないようなものだったり、それを楽しそうに撮ることはできない。そもそも僕自身、『孤狼の血』とか撮っていますけど、暴力は反対ですから。
――雄二は記者を職業にしていますが、マスコミによるいわゆる「ペンの暴力」、あとその情報を受け取る側がおかす暴力も出てきます。白石監督も、『麻雀放浪記2020』(2019)の公開に際して不条理なバッシングを受けたりもしましたよね。
いろいろ言われたりして、確かにきついところもあったけど、僕の場合はまだマシでした。それこそタレントさんなど人の前に立つ人たちを見ていると、普通だったら耐えられないことばかりなはず。
――あること、ないこと、好き勝手言われますもんね。
だから、炎上を繰り返しているタレントさんを見ていると、「この人はもう、何も感じなくなっているのかな」と思うんです。そういう方のTwitterのリプ欄とか、地獄ですよね。「親が悲しんでいるぞ」とか言われていたり。匿名だからって、よくそういうことが書けるなって思います。一方でタレント側も、この狂った状況に関して、もはや何も感じないように見えたりして。「世の中って一体なんなんだろう」と考え込んじゃいます。『ひとよ』もそうだけど、僕の映画にはそういう状況が映し出されているのかもしれない。これからも、そんな社会に生きる人間たちを題材にしていくんだと思います。
取材・文・撮影=田辺ユウキ

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