ハマスホイ鑑賞のキーワードとデンマ
ークの"ヒュゲ"を実感 『ハマスホイ
とデンマーク絵画』記者発表会レポー

2020年1月21日(火)から3月26日(木)までの期間、東京都美術館で『ハマスホイとデンマーク絵画』が開催予定だ。

ハマスホイの展示は、2008年に国立西洋美術館にて『ヴィルヘルム・ハンマースホイ 静かなる詩情』というタイトルで開催されてから10年以上が経過している。2008年の展示はその質の高さから口コミで評判になり、予想をはるかに上回る入場者数を記録した。以下、展示に先立って行われた記者発表会の様子をレポートする。
ヴィルヘルム・ハマスホイ 《室内》 1898年 スウェーデン国立美術館蔵 Nationalmuseum, Stockholm / Photo: Nationalmuseum
静けさの画家・ハマスホイとは?
ミステリアスな室内画を描き続けたアーティストの姿
室内であるにも関わらず人がおらず、もしくは人がいても後ろ姿で顔が見えない。静まりかえった唯一無二の作品世界で多くの人を魅了する画家・ハマスホイ。ミステリアスな雰囲気が漂う室内風景を多数描いたハマスホイとは、どのような人物だったのだろうか。
ヴィルヘルム・ハマスホイ 《画家と妻の肖像、パリ》 1892年 デーヴィズ・コレクション蔵 The David Collection, Copenhagen
彼は8歳で素描を開始、15歳でコペンハーゲンの国立美術アカデミーに入学し、1985年に妹アナの肖像画でデビュー、画家として順調なスタートを切る。
ハマスホイは室内画の画家として知られているが、建築画や肖像画、風景画も描いている。
彼が室内画を描くようになったきっかけは、コペンハーゲン旧市街、ストランゲーゼ30番地のアパートに引っ越したことだった。ハマスホイがアパート内部を描いた一連の作品は高く評価されるようになり、その後別の家に移ってからも、やはり主に室内を描いていたという。

ヴィルヘルム・ハマスホイ 《室内―開いた扉、ストランゲーゼ30番地》 1905年 デーヴィズ・コレクション蔵 The David Collection, Copenhagen

ハマスホイはローマの国際美術展で第一席を取得するなど、生前から高い評価を受けていたが、没後はデンマークでも忘れられていた。1980年辺りから再評価が始まり、1981年にコペンハーゲンで個展が開催、1997年~1998年にはフランスのオルセー美術館やアメリカのグッゲンハイム美術館で展覧会が催され、大きな驚きと高い評判を呼んだ。
静けさ・色調・ノスタルジー……
ハマスホイ絵画鑑賞のためのキーワード
本展企画者で、日本におけるデンマーク絵画・ハマスホイ研究の第一人者である山口県立美術館・萬屋健司氏によると、ハマスホイの絵画におけるキーワードは五つあるという。

山口県立美術館 学芸員 萬屋健司氏

一つ目は「静けさ」だ。ハマスホイの室内画において、後ろ姿の人物としてしばしば登場するのは妻のイーダだが、彼女は抑えられた色調で描かれており、どこか修道女のような静寂さを醸している。ハマスホイが描いたアパート内部は、彼と家族が住んでいるはずであるにも関わらず生活感がなく、人が去った後のような静けさが漂っている。
続いて挙げられたキーワードは「ミニマルな色彩・構成」である。ハマスホイの絵画は概ね同系統の色で描かれている。構成に関しては、女性の後姿とロイヤル・コペンハーゲンの器、壁に掛けられた絵の一部が描かれた『背を向けた若い女性のいる室内』においてハマスホイ絵画の特徴を見出すことができる。この作品では、ボードや額縁の垂直な線に対して人の持つ皿の斜めの線がアクセントとして働いている。直線を意識した幾何学的な構成は絵に安定感をもたらし、「静けさ」という要素を強めている。
ヴィルヘルム・ハマスホイ 《背を向けた若い女性のいる室内》 1903-04年 ラナス美術館蔵 (c) Photo: Randers Kunstmuseum

三つ目のキーワードは「豊かな色調」だ。ハマスホイの色調は複雑で繊細である。彼の知人によれば、ハマスホイのパレットは白色と、濃さの異なる灰色しかなかったとのことだ。この逸話には誇張もあるだろうが、色彩を抑制することで絵には禁欲的な空気が漂う。
また、四つ目のキーワード「17世紀オランダ絵画」は、ハマスホイが17世紀のオランダ風俗画からの影響を受けていることを示す。ハマスホイは静謐な室内を描いたことより「北欧のフェルメール」とも称されている。
五番目に挙げられたキーワードは「ノスタルジー」だ。ハマスホイの描いたモチーフは、彼の生きた19世紀から見ても古いもので、彼と同時代の人は、ハマスホイは昔の風景を描いていると思っただろうとのことだ。ハマスホイの古いものへの傾倒は、当時のコペンハーゲンにおいては近代化によって古い建物がさかんに取り壊されており、過去のものがなくなることへの悲しみに由来しているものと思われる。ハマスホイの絵から溢れ出る郷愁は、昔のコペンハーゲンの風景を知らない人間にも伝わってくる。それは懐かしさや喪失への悲しみといった、過去への慈しみにも似た感情は、国境を越えて共有される感覚だからだろう。

ヴィルヘルム・ハマスホイ 《カード・テーブルと鉢植えのある室内、ブレズゲーゼ25番地》 1910-11年 マルムー美術館蔵 Malmö Art Museum, Sweden

4章からなる展示構成
ハマスホイとデンマークの同時代のアーティストを広く紹介
本展は以下、4章での構成を予定している。
第1章 日常礼賛‐デンマーク絵画の黄金期
第2章 スケーイン派と北欧の光
第3章 19世紀末のデンマーク絵画‐国際化と室内画の隆盛
第4章 ヴィルヘルム・ハマスホイ‐首都の静寂のなかで
第1章はデンマーク絵画の黄金期の素朴な洗練を、第2章は印象派の光の描写を採り入れたスケーイン派による独特の美しい世界を紹介するものだ。
ピーザ・スィヴェリーン・クロイア 《スケーイン南海岸の夏の夕べ-アナ・アンガとマリーイ・クロイア》 1893年 ヒアシュプロング・コレクション蔵 (c) The Hirschsprung Collection

第3章では印象派から手ほどきを受けた画家たちや、デンマークで隆盛した室内画に着目する。出来事を描かないために物語がなく、落ち着いた雰囲気をたたえる室内画は当時のデンマークで広く流行した。

ピーダ・イルステズ 《ピアノに向かう少女》 1897年 アロス・オーフース美術館蔵 ARoS Arhus Kunstmuseum / (c) Photo: Ole Hein Pedersen

第4章のハマスホイを紹介するセクションでは37点の絵画が公開されるが、そのうちの21点は2008年のハマスホイの展覧会にはなかった作品だ。デビューする前に描かれためずらしい絵や、ハマスホイの作品の中でも紹介されることの少ない風景画や肖像画、建築画のほか、妻のイーダを描いた作品も含まれる。

ヴィルヘルム・ハマスホイ 《農場の家屋、レスネス》 1900年 デーヴィズ・コレクション蔵 The David Collection, Copenhagen

デンマークを知るためのキーワード
"ヒュゲ"を感じさせる絵画も紹介
記者発表会当日は、編集者・著述家であるイェンス・イェンセン氏によるミニトーク「デンマーク絵画のなかの『ヒュゲ』」が行われた。イェンセン氏によれば"ヒュゲ"とは、くつろいだ心地よい、家族の団らんなどの時間を指す。日本においては、皆で鍋やすき焼きをつつく時や、親しい人との花見などにヒュゲな時間があるとのことだ。
右:編集者・著述家 イェンス・イェンセン氏
本展においては、ピーザ・スィヴェリーン・クロイアの『昼食一画家とその妻マリーイ、作家のオト・ベンソン』や、ヴィゴ・ヨハンスンの『きよしこの夜』などにヒュゲを感じるという。人、とりわけ子供がいて、食べ物もある光景が描かれた絵画は確かに、観ているこちらにまで温かさや心地よさを感じさせる。
ヴィゴ・ヨハンスン 《きよしこの夜》 1891年 ヒアシュプロング・コレクション蔵 (c) The Hirschsprung Collection
本展は、本邦初公開作品を多数含むハマスホイの絵画約40点と、デンマークのユトランド半島北端のスケーインに集まった芸術家「スケーイン派」の作品や、ハマスホイと同時代のデンマークの画家の名品などが一堂に会する。ハマスホイと、彼と同時代の作家の作品を、世紀末のコペンハーゲンで室内画が流行していた文脈も含めて紹介する本展の構成は今までにないもので、非常に貴重な機会である。
ハマスホイの静謐でどこか不穏で、じっくり見るほどに魅了される作品世界と、彼が生きた時代のデンマークの絵画をたっぷりと味わうことができる『ハマスホイとデンマーク絵画』、この冬見逃すことなく足を運びたい。

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