太田麻衣子演出による関西二期会『フ
ィガロの結婚』~テーマは「伯爵一家
、南国に行く!」 

関西二期会が人気のオペラ、モーツァルトの『フィガロの結婚』を携えて、客席数2000席を有する兵庫県立芸術文化センター大ホールに2年ぶりに登場する。演出は、関西のオペラ団体に初お目見えとなる気鋭の演出家 太田麻衣子が務める。タイトルロールを演じる大谷圭介と西尾岳史に加え、太田麻衣子にも今回の聴きどころを聴いてみた。
――チケットもいい感じで売れているようですが、『フィガロの結婚』の人気の秘密は何だと思われますか。
西尾岳史 あのワクワクする軽快な序曲からの疾走感ではないでしょうか。何とも騒々しい1日を、1幕から4幕まででテンポ良く進め、ラストで「Corriam tuttiみんな走って行こう!」と叫んで終わる。古典ですが「渡る世間は鬼ばかり」風に、人間模様も垣間見れて…(笑)。そういう面白さもありますね。
大谷圭介 オペラは音楽とストーリーのバランスが大切だと思います。その点、フィガロの結婚はモーツァルトの音楽が何と言っても素晴らしいですし、展開が早く、お客様を飽きさせないダ・ポンテの台本もたいへん魅力的です。そして、誰も人が死なないのも、人気の原因ではないでしょうか。只々楽しいオペラです!
――お二人は、これまでもフィガロの結婚は何度かやられているのでしょうか。
西尾 ありがたいことに、8年前の関西二期会の『フィガロの結婚』でも、2014年のいずみホールの『フィガロの結婚』でも、フィガロ役をさせて頂いています。
27日のキャスト、フィガロ 萩原とスザンナ 高嶋は、前回(2011年)に続いてコンビ復活! (c)早川嘉雄
大谷 私はオペラデビューが『フィガロの結婚』でした。2004年の関西二期会『フィガロの結婚』で、伯爵役をさせて頂きました。
前々回の関西二期会「フィガロの結婚」(2004年)伯爵役でデビューした大谷圭介
――『フィガロの結婚』は歌手の立場からすると難しい曲ですか。
大谷 技術的なことで言うと、モーツァルトはすべて難しいですよ。声楽的というより器楽的に書いてあるところが多いです。第1幕最後のアリアの、ドミソ、ミソド、ソドミドのような音型は、声楽の技術的にピッチをはめるのは難しいですね。
西尾 きっちりしたソルフェージュと発声が身に付いていないと、歳を重ねるにつれモーツァルトの難しさを痛感することになります。学生の頃は勢いでやっていました。とりあえずなぞると言うか…。表現を付けて歌うという意味では、むしろプッチーニなどのほうが歌いやすいと思います。
大谷 それに、モーツァルトのレチタティーヴォ(朗唱)は、すべての調性も音の作りも、言葉もロッシーニなどと違い、全く無駄が有りません。
西尾 そうですね。台本通りに、きっちり音楽が出来上がっています。物語における人間の感情の移り変わりが、レチタティーヴォで完璧に描かれていると言えます。
今回のフィガロ役 バリトン西尾岳史(左)とバリトン大谷圭介 (c)H.isojima
そんな話をしているところに、演出を担当する太田麻衣子が登場。今回の『フィガロの結婚』の演出上の狙いなど、フィガロ役の二人と一緒に話を聞いた。
――太田さんは関西のオペラ団体には初登場だそうですね。
太田麻衣子 「お前は笑いがわかってない!」と言われるのを覚悟のうえで、笑いの修行をしに大阪に参りました(笑)。今回、知っている人が一人もいないという環境の中、ドキドキしながら顔合わせの場に臨みましたが、皆さんのフレンドリーな姿勢と、ポテンシャルの高さにびっくり。笑いも交え、ちょっとだけスパイスを強めに演出をしようと思っています。
大谷・西尾 ちょっとだけ(笑)⁉
関西オペラ団体初お目見えの演出家 太田麻衣子 (c)H.isojima
実は、取材をしたのが立ち稽古の初日。この取材の数時間前に演出の太田麻衣子から演出意図が発表されたばかりで、どことなく現場がざわついていたのだが……。
――だいぶんオリジナルとは違うのですか?
太田 いえいえ、そんなことはありませんが、今回のテーマはズバリ!「伯爵一家、南国に行く!」です。
――えっ、南国が舞台になるのですか?
太田 はい(笑)。ヨーロッパは寒い。一層の事、たまには家財道具一切合切を持って、暖かい所へ旅行に行こう!という事で、伯爵一家が総出で南国に来たものの……暑い!非常に暑い!!と。……この物語は貴族と市民の対立、つまり、旧態依然と昔のモノにこだわり続けている人と、新しいモノの到来を待っている人との対立がベースにあります。時代的にはフランス革命前夜、貴族社会に対する感情を、召使が伯爵を遣り込めて喝采を受けるハナシにすることで、人気を博したボーマルシェの戯曲です。生まれついての身分の差などは、現在の日本では感覚的に理解するのは難しいと思い、政治的、社会的なことではなく、肉体的に我慢できない環境の変化を取り入れてみました。今までに経験したことのない暑い所にやって来ました。さあ、どうしましょう⁉ということにしてみた訳です。登場人物の身分や、全体のストーリーはオリジナルと一切変わりません。
――なるほど。服なんかも向こうで着ていたものは、きっと暑くて、脱ぎたい!ってなりますよね。
太田 なりますよね(笑)。伯爵をはじめ、皆さんしっかりした衣装を着ています。「何故こんなに暑いのに、私はこんなにいっぱい着こんでいるんだ…!」そんな感じで進んで行きます。
――太田さんは細かく演出を付けられるタイプですか?
太田 私は歌手を型にはめるやり方は好きではありません。その人が歌っているのを聴いて、動いているのを見て、一緒に作っていくというやり方です。例えば、こうしてください!と言っても、一人ひとり全然動きが違う。それぞれに違う色が有って当たり前だと思うのです。それを生かして、どう転がせていけるのか。なので、ラストは立ち稽古が始まる段階では真っ白な状態なんです。このやり方、時間がかかるので、早く決めて欲しい人にとってはイラっとするかもしれませんね。
気鋭の演出家 太田麻衣子の周りには笑顔が絶えない (c)H.isojima
――こういう作り方、歌手の皆さんとしては如何ですか?
大谷 ここまで歌手に自由度を与えてくれる演出家はとても珍しいと思います。
西尾 何小節でどう動くかまで決める演出家もあるくらいですからね。細かな動きを決めてくれた方が手っ取り早いと言えるかもしれませんが、その動きは自分の中から出てきたものではないので、自分の気持ちと動きを同化させるのは意外と苦しいものなのです。そういう意味では画期的ですね。
ーー初日と2日目でキャストが違う場合、演出が変わることも有るのですか。
太田 そうですね。今回なんかで言うと、伯爵のキャラクターが初日と2日目では全然違います。同じ演出になりようがないと思いますよ。2日とも観る価値が有りますね(笑)。
――“南国のフィガロ”について、指揮者のグィード・マリア・グィーダさんはどう仰っているのですか?
太田 私はドイツのバイエルン歌劇場でオペラのノウハウを仕込まれました。マエストロはイタリア人ですが、ドイツの歌劇場での経験もあり、芝居優先のようなオペラ作りにも慣れておられます。話をさせて頂いて、演出意図についてはOKをもらっています。
指揮は関西二期会初登場となるグイード・マリア・グイーダ
大谷 音楽稽古でマエストロは、音程やリズムの事も仰いますが、レチタティーヴォなどでは、もっとその役の人間味を出してくれ!とよく言われます。『フィガロの結婚』をよくご存じのようなので、演出と音楽がバチッと合えば最高に面白いものが出来そうです。
太田 「オペラは一緒に作っていくものだ!」とマエストロは仰っていました。あなたは演出、私は指揮者だけど、一緒に作っていくんだよと。とにかく、これから始まる素敵な皆さんとの作業が楽しみで仕方ありません。大阪の皆さまにも喜んで頂ける『フィガロの結婚』が出来上がるはずです。どうぞご期待ください!
――今回は客席数2000席の兵庫県立芸術文化センターの大ホールが会場です。ここで『フィガロの結婚』のタイトルロールをやることについてお聞かせください。そして最後に、読者の皆さまにメッセージをお願いします。
大谷 ここで歌える機会はそう有りません。ここでフィガロ役をやらせて頂けて大変光栄です。『フィガロの結婚』は誰にとっても見応えのあるオペラ。演出も魅力的ですし、喜んで頂けるはず。一生懸命歌わせて頂きます。ぜひ会場に足をお運びください。
関西を代表するバリトン歌手 大谷圭介
西尾 前回の「魔弾の射手」ではカスパー役としてこの舞台に立たせて頂きましたが、ちゃんと歌えば、大声を出さなくても良く響き、お客さまに届く素晴らしいホールです。ここでタイトルロールをやらせて頂けて、ありがたい思いでいっぱいです。オペラと言うと、なんか畏まって委縮するイメージが有りますが、どうか気軽な気持ちで、気楽な服装でお越しください。皆さまのお越しをお待ちしています。
関西でフィガロ役と云えばこの方 西尾岳史
<今回のキャストのうち、伯爵役、伯爵夫人役、スザンナ役の出演者から、公演に向けたメッセージを頂いている。稽古のシーンと併せてご覧頂きたい。>
片桐直樹(伯爵)「女好きの浮気性! でも気品があり、どこか憎めない、そんな伯爵を演じたいと思います」
白石優子(伯爵夫人)「夫への愛、一途な愛、ちょっびり揺らぐときだってある(笑)!完璧ではないけどそれが人間。何があっても最後は笑える強さを持ってロジーナ(伯爵夫人)を生きたいと思います」
伯爵役 片桐直樹と伯爵夫人役 白石優子は、26日のキャスト (c)H.isojima
萩原寛明(伯爵)「女好きでちょっとお間抜けなアルマヴィーヴァ伯爵を自由闊達に生き生きと演じたいと思います」
木澤佐江子(伯爵夫人)「浮気者の伯爵に心乱されながらも伯爵を心から愛し、素敵な品格ある女性を演じたいと思います」
髙嶋優羽(スザンナ)「お客さまに大いに笑っていただき、見終わったあとには温かい、幸せな気持ちになっていただける。そんな公演になるように、スザンナ役として舞台中を走り回りたいと思います!」
スザンナ高島優羽を中心に、伯爵役 萩原寛明、フィガロ役 西尾岳史、伯爵夫人役 木澤佐江子。全員27日のキャスト (c)H.isojima
松浦優(スザンナ)「私の関西二期会デビュー戦です!!スザンナと共に生き抜きます!」
フィガロ役 大谷圭介とスザンナ役 松浦優は、26日のキャスト (c)H.isojima
実は、『フィガロの結婚』を観るたびに、思っていたことがある。それは、第4幕最後で、浮気性な伯爵を、伯爵夫人は本当に許したのだろうかということ。2015年、指揮者 井上道義と演出家 野田秀樹がタッグを組んで『フィガロの結婚』をやったのを観た。演劇畑の野田秀樹は、行間や言葉の裏を読むのが専門……と云うことも有ってか、舞台のラストシーンで、伯爵夫人が鉄砲をバーン!とぶっ放す。これが事故なのか故意なのか、果たして真相は…的な幕切れだったのだが、許す訳ないよねという感じの終わり方に、同意する気持ちと、ホントにそれでいいのか…。実際にこのシーンを演じている歌手はどう思っているのか。今回の『フィガロの結婚』で伯爵夫人を演じる木澤佐江子に聞いてみた。
伯爵役 萩原寛明と伯爵夫人役 木澤佐江子は、27日のキャスト (c)H.isojima
木澤「私は許したと思っています。なんだかんだ言っても、伯爵の事を愛しているし、伯爵の前では可愛い女でいたい。“許してくれ!愛している!”と言われれば、許してしまうのが女心。惚れてしまった方が負けなのでしょうか……。それと、やはりブッファのラストはハッピーエンドがいいと思います。まぁ、熟年夫婦になっても、何度も浮気を繰り返されれば、許せないと思いますけど(笑)」
前回(2011年)に続いて伯爵夫人を演じる、関西を代表するソプラノ木澤佐江子は、27日のキャスト (c)早川嘉雄
なるほど。第4幕の最後、後悔した伯爵がひざまずいて夫人に許しを乞うシーンで歌う音楽は、あまりに美しく、許しに満ちた感動の音楽。
この音楽、映画『アマデウス』でサリエリが、完全にモーツァルトの才能に打ちのめされたと呟くシーンの音楽でもあるのだが、許しの音楽であると同時に、救済の音楽でもある。この音楽のチカラで、アルマヴィーヴァ伯爵も救われたように感じた。
そして最後、音楽はスピードを増していき、疾走感の中、狂乱の1日を終える。最後の音が鳴り止むか止まないうちに、会場に溢れる拍手喝采とブラヴォーの嵐。収まることのない拍手に応え、繰り返されるカーテンコール。そんな光景が容易に目に浮かぶ。
天高く馬肥ゆる芸術の秋!素敵なオペラを楽しんで、最良の1日を過ごしてみてはいかがだろうか? 天才モーツァルトの不朽の名作『フィガロの結婚』、一度くらいは劇場で観ることを、オススメしたい。
取材・文=磯島浩彰

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