松本白鸚の圧巻のドン・キホーテが、
帝国劇場を感動に包む ミュージカル
『ラ・マンチャの男』帝国劇場開幕レ
ポート

2019年10月4日(金)、日本初演50周年記念公演、松本白鸚 in ミュージカル『ラ・マンチャの男』が、東京公演の初日を迎えた。演出・主演は、松本白鸚。共演は瀬奈じゅん、駒田一、上條恒彦ほか。
本作の日本初演は、1969年4月の帝国劇場だった。そして主演は、当時六代目市川染五郎を名のっていた、松本白鸚。この記事では、日本初演50周年記念の東京公演初日の模様を、物語のあらすじとともに紹介する。
※ネタバレ含まれますので、ご留意​ください。

スペイン、セビリアの監獄から
帝国劇場のロビーは、過去の舞台写真やドン・キホーテの扮装をした白鸚の大きなパネルの前で写真を撮る人、公演限定グッズを選ぶ人など、詰め掛けた来場者で大いに賑わっていた。
場内に入ると幕は上がった状態。薄暗い舞台には、無駄をそぎ落とした舞台美術が配置されている。特徴的な点は、オーケストラピットの位置だろう。ステージと客席の間ではなく、ステージの上手と下手に配置されているのだ。左右をオーケストラに挟まれる形で、円形に近い(実際には円ではない)舞台が設けられている。
まもなく下手から、ギターを携えた男(奏者:ICCOU)が登場、舞台の端に腰をおろした。この時点では、まだ観客の話し声があちこちから聞こえていた。しかし、素早いストロークでフラメンコギターがかき鳴らされると、客席の空気は一転。さらに上手で、ダンサーがフラメンコのステップを刻みはじめると、長い手脚にはためく衣装が、スペイン南部の風を感じさせる。
フラメンコは次第にコンテンポラリーダンスへと変わり、オーケストラがオーバーチュアとして本作を代表する楽曲をメドレー形式で演奏すると、薄暗い舞台に一人また一人と、足を引きずるように人が登場した。
ここは16世紀末のスペイン、フラメンコの本場セビリアにある監獄で、陰鬱な様子の人影は囚人たち。詩人で『ドン・キホーテ』作者のセルバンテス(白鸚)が、宗教裁判所の隊長(鈴木良一)に連れられ、牢への階段を降りてきたところから物語がはじまる。
写真提供/東宝演劇部
セルバンテスは、他の囚人たちと一線を画す身なりと佇まい。しかしここでは「新入り」。一緒に捕えられた従僕(駒田)とともに皆に挨拶をするも、小突き回されたり、持ち物を奪われたりと大騒ぎに発展する。その中で、セルバンテスが守ろうとしたのが『ドン・キホーテ』の原稿だった。騒ぎをおさめるため、セルバンテスは囚人全員に役を与えドン・キホーテの即興劇をしたいと提案する。
セルバンテスからキホーテ、そして老人キハーナへ
白鸚は本作で、3人の人物を演じる。劇中劇に登場するキハーナ老人、キハーナの妄想の中の姿であるドン・キホーテ、そしてキハーナやキホーテの物語を語って聞かせるセルバンテスの3人だ。やや複雑に思える三重構造だが、白鸚は、3人をそれぞれをがらりと変えて演じるので、観ていて混乱することはない。
ただ、あまりに鮮やかな変身ぶりに、おそろしさを感じてしまうことはあった。キャラクターによって、眼光から面持ちが変わるのだ。たとえば即興劇を提案したセルバンテスが、ドン・キホーテにかわる瞬間の鮮やかさは、名シーンのひとつと言えるだろう。
写真提供/東宝演劇部
セルバンテスは、囚人(そして観客)たちに向けてキハーナ老人が気を違えドン・キホーテになった経緯を語り聞かせる。田舎のご隠居キハーナは騎士道物語を読み、いまの世の中に愛想をつかし、考えすぎて脳みそが干上がってしまったのだとか……。同時進行で、芝居のメイクをはじめる。皆の前でヒゲをつけ、髪の毛を逆立て……。おさえめのオーケストラ音楽に厚みが出たかと思えば、疾走感が加わり、セルバンテスの台詞回しにグルーヴが生まれ、いよいよ音楽も語りも最高潮へ。そして声高らかに、腕を振り上げる。
「人呼んで、ラ・マンチャのドン・キホーテ!!」
セルバンテスが立ち上がると暗転、一瞬の後に照らし出されたのは、シルバーの甲冑に身を包んだドン・キホーテだった。帝国劇場が大きな拍手に揺れる中、ドン・キホーテ(白鸚)は、長台詞から休むことなく名曲「我こそはドン・キホーテ」へ。喜寿を迎えたとは思えない声量と抑揚の効いた深みのある歌唱は、圧巻の表現力。50年を迎えた今、ここに立つドン・キホーテこそがドン・キホーテだと思わせる力が漲っていた。はやくも目頭を押さえる観客の数は、一人二人ではない。
写真提供/東宝演劇部
写真提供/東宝演劇部
さらにお供のサンチョ(駒田)の陽気な歌声が加わり、キレッキレの足さばきの馬(美濃良)とロバ(山本真裕)も仲間入り。劇中劇の2人は、乾いた大地、ラ・マンチャへの旅に駆け出していくのだった。
写真提供/東宝演劇部
旅のはじまり、旅先の出会い
ドン・キホーテには風車が巨人に、宿屋がお城に見える。そんな妄想はあるものの、この世の悪を正し、自らは騎士道精神にのっとって生きようという判断力には、ブレがない。サンチョとともにたどり着くのが、荒くれ者のラバ追いたちが出入りする旗籠(宿屋)だ。宿屋の主人(上條恒彦)は、ドン・キホーテが見る世界をバカにすることなく、適当に話をあわせて対応する。押し付けがましくない優しさは、頓珍漢な会話から生まれる笑いの質を変え、優しい気持ちさせてくれる。
写真提供/東宝演劇部
写真提供/東宝演劇部
そしてドン・キホーテは、宿屋で運命的な出会いを果たす。それがアルドンザ(瀬奈じゅん)だ。お金で体を許すあばずれ女と言われているが、ドン・キホーテの目には、彼女が麗しの思い姫ドルシネアに見えるらしい。
アルドンザは、娼婦同然の自分に恭しく接しするドン・キホーテに驚き、「自分はドルネシアではない!」と怒り、うんざりする。しかしサンチョが「旦那(キハーナ=ドン・キホーテ)が好きなのさ」と言い切り、ドン・キホーテがめげずに姫として語りかけてくるにつれ、その心と行動に変化が訪れる……。
写真提供/東宝演劇部
アルドンザを演じる瀬奈は、荒くれ男たちの中で生き抜くために身に着けた粗野な一面と、ドン・キホーテの言葉に耳を傾ける繊細な一面を、演技と歌唱で表現する。心を開きかけるシーンには少女のような笑顔を、目をおおいたくなるようなシーンには美しさと物語性を添え、稽古場を取材したとき以上に、ふり幅の大きなアルドンザを創り上げていた。
写真提供/東宝演劇部
駒田が演じるサンチョからは、自分の意志で、旦那が好きだから全てを飲み込み、お供をしている雰囲気が、歌声や距離感からしっかりと伝わってくる。2人の確固たる信頼関係性は、観る者の心のよりどころとなるだろう。駒田は、本作に24年前より参加し、ラバ追い役、床屋役を経て、10年前からサンチョ役を勤めている。実際に長年積み上げてきたからこその、「旦那とサンチョ」なのだろう。
写真提供/東宝演劇部
さらが祖父江進は床屋役とムーア人役で笑いのスパイスを聞かせ、荒井洸子(家政婦)による個性強めのキャラクターは登場のたびに笑いをさらう。初参加の松原凜子(姪アントニア)は歌唱と演技による正攻法で観客を笑わせる。荒くれものや自分勝手なキャラクターたちの中で、「現実」という地に足をつけた役どころを演じたのが、石鍋多加史(神父役)と大塚雅夫(ペドロ)。がっちりと脇を支え、物語の輪郭を際立てていた。
夢は語らず、あるべき姿のために
白鸚は、東京公演初日の会見で「夢とは、胸にグッと秘めておくもの」であると同時に「しかし、ただ見るだけのものではない」と語った。劇中に流れる代表曲『見果てぬ夢』には、「夢は稔り難く、敵は数多なりとも、胸に悲しみを秘めて、我は勇みて行かん」という歌詞があるせいだろうか。セルバンテスと白鸚が、幾度も重なって見えた。

写真提供/東宝演劇部
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劇中にちりばめられたドン・キホーテの名台詞もまた、白鸚本人の言葉のように響いてきた。思えばそれは、当然のこと。半世紀に渡り約1300回(稽古を含めればそれ以上に)、誰よりもセルバンテスの言葉に近い場所で生きてきたのが、松本白鸚なのだから。

セルバンテスは囚人に向け、白鸚は周囲に(会見では報道陣に向けてさえ)気の利いたジョークを飛ばし楽しませ、夢を積極的には語ることはしない。しかしセルバンテスは劇中のドン・キホーテに夢を追わせ、白鸚は『ラ・マンチャの男』という作品に夢を語らせているのだ。
冒頭で、絶望感を滲ませていた牢内の囚人たちが、ラストシーンでは『見果てぬ夢』を歌いはじめる。セルバンテスは宗教裁判に向かうため、階段をのぼっていく。ぜひ帝国劇場の客席から、白鸚セルバンテスの背中を見送ってほしい。そして最後の横顔が見据える先に、思いを馳せてほしい。
高麗屋の看板を背負い歌舞伎界で第一線を走り続けながら、日本の演劇史に名を刻む偉業を果たした松本白鸚のミュージカル『ラ・マンチャの男』は、帝国劇場で、10月27日(日)までの上演となる。10月19日夜の部では、上演回数1300回を達成する予定だ。

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