新国立劇場《エウゲニ・オネーギン》
~チャイコフスキーの傑作オペラでシ
ーズン開幕

大野和士芸術監督の就任2年目を迎える新国立劇場。チャイコフスキー作曲《エウゲニ・オネーギン》の新制作で2019/20シーズンが、2019年10月1日に開幕した。
チャイコフスキーは交響曲第4番、バレエ《白鳥の湖》などを作曲していた、創作力が横溢していた1877~78年にこのオペラを書いた。ロシアの国民的詩人プーシキンの韻文小説が原作で、若い男女の愛のすれ違いをこの上なく美しい旋律で描いている。先日行われた最終舞台稽古(ゲネプロ)の様子を取材した。
(c) Naoko Nagasawa
今回の注目は、伝統ある美しい舞台美術に、現代的な視点を持ち込んだ演出だ。モスクワで、演劇性を重視する新しい音楽劇場として注目されているヘリコン・オペラの創設者・芸術監督であるドミトリー・ベルトマンによるニュー・プロダクション。有名な演技メソッド、スタニスラフスキー・システムを作ったコンスタンチン・スタニスラフスキーが、1922年に演出した伝説の《エフゲニ・オネーギン》の舞台美術や演出法などをモチーフとして使い、それを現代演劇の切り口で見せる。
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幕が開くと、ロシアの田舎にある貴族ラーリン家の屋敷。古代ギリシャ風の柱が並ぶ正面玄関はスタニスラフスキー演出の《エウゲニ・オネーギン》が初演されたモスクワのオネーギン・ホールにあるイオニア式の柱とファサードを模したもので、この部分は全幕に共通した美術セットとして使われる。
(c) Naoko Nagasawa
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ラーリン家当主で未亡人のラーリナ、読書好きな長女タチヤーナ、明るい妹オリガ、そして乳母のフィリッピエヴナの四人がいるところに、オリガの婚約者レンスキーが友人のオネーギンを連れてあらわれ、タチヤーナはオネーギンに一目で恋に落ちる。通常の演出では引っ込み思案の姉タチヤーナと活発な妹オリガの対比が描かれる程度なのだが、ベルトマン演出では、二人の母があきらかにオリガを贔屓にしたり、タチヤーナもただメランコリックなだけではなく慌てた時の動きがかなり滑稽だったり、オリガが周りの人を引っ掻き回すような性格だったりと、各自の個性が突っ込んで描かれているのが特徴だ。
(c) Naoko Nagasawa
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演出の個性は、第2幕のタチヤーナの命名日を祝う祝宴の場面で、合唱が加わった時にさらに際立つ。誇張された表情や動きで、招待客たちの凡庸さや下世話な好奇心などを浮き彫りにするのだ。そこで起こるレンスキーとオネーギンの決闘騒ぎも馬鹿馬鹿しい行き違いから、友人の死に至るという、日常性がかえって悲しみを倍増させる。
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そして数年が経過した後のサンクトペテルブルクの舞踏会。ここでは美術と衣裳が豪華で美しく、田舎の貴族生活とは別世界であることを実感させる。不思議な動きの踊りも貴族たちの冷たさとオネーギンの孤独を感じさせて興味深い。そしてグレーミン公爵と結婚し洗練された女になったタチヤーナに再会したオネーギンの恋は、報われずに終わるのだ。
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このプロダクションは、モスクワのヘリコン・オペラから来た演出チームに加え、音楽面でもロシア・オペラの旬のアーティストたちが参加している。指揮のアンドリー・ユルケヴィチはウクライナ出身、ポーランド国立歌劇場の元音楽監督で世界各地で多くのオペラを指揮している。軽快なテンポで歌を導き、東京フィルハーモニー交響楽団の情熱的なサウンドを引き出していた。
(c) Naoko Nagasawa
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歌手陣の仕上がりもよく、タチヤーナ役のムラーヴェワは役に良くあった美貌と豊かな声、オネーギンのラデュークも理想的な美声で特に終幕は圧倒的な存在感を見せた。レンスキーのコルガーティンは叙情的なテノールで好演、グレーミン公爵のティホミーロフは深みのある声と長身の体躯、生真面目そうな役作りで際立つ。日本人のキャストでは、オリガの鳥木弥生が巧みな歌と演技で注目を集めたほか、フィリッピエヴナの竹本節子の豊かな声、升島唯博の演じたフランス人トリケ(と介添人ギヨー)のキャラクターなどが印象に残った。
三澤洋史指揮の新国立劇場合唱団は、それぞれの登場人物になりきりながら、いつもながらの質の高い歌唱で舞台を支えている。
演出の情報量が多く、一度観ると、また観たくなってしまう公演だ。チャイコフスキーの名作《エウゲニ・オネーギン》をお見逃しなく!
(c) Naoko Nagasawa
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取材・文=井内美香  写真撮影=長澤直子

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