金属恵比須・高木大地の<青少年のた
めのプログレ入門> 第18回 「月澹荘
綺譚」綺譚! 「月澹荘綺譚」綺譚!
~フロイド-薬師丸-三島を巡る旅

「月澹荘綺譚」は、三島由紀夫の同名小説にインスパイアされた金属恵比須の曲である。2017年4月に初演、2018年8月にアルバム『武田家滅亡』に収録している。そして2019年8月12日、髙嶋政宏(スターレス髙嶋)氏と金属恵比須のジョイント・ライヴにおいて、ラストに披露した。
【動画】 金属恵比須「月澹荘奇譚」 @ 楽屋 中目黒 12th Aug. 2019

その日の客席には、なんとキーボーディスト・難波弘之氏(山下達郎バンド、センス・オブ・ワンダーほか)の姿。中学から憧れ続けた難波さんが「月澹荘綺譚」を聴いて、「君のギターは、プログレじゃなくてブルースだね! デイヴ・ギルモアだね!」と終演後、満面の笑みで褒めていただいた。筆者にとっては「プログレ・バンド」をやっている自覚は十二分にあるけれども、「プログレ・ギタリスト」という意識を持ったことがない。加えて、ピンク・フロイドを大きく意識し、デイヴ・ギルモアの手癖を参考に完成させた経緯もあり、それをステージにおいて理解していただいたことに無上の喜びを覚えたのだった。
髙嶋政宏氏・難波弘之氏と
ということで今回は金属恵比須「月澹荘奇譚」に関して筆を進めていきたいと思う。
■仮タイトルは「狂った薬師丸ひろ子」だった
2016年1月、来たるニュー・アルバム発表に向け新曲をつくらなければならない時期。にもかかわらず純粋たる新曲は「罪つくりなひと」1曲しか完成していなかった。
【動画】金属恵比須「罪つくりなひと」PV

そんな時、『モノ・マガジン』の編集長M氏より一つの原稿依頼があった。
「Bluetoothヘッドフォンのレビューしてくれる? 角川映画の主題曲を聴きながら」――最新のテクノロジーを検証するのに40年前の音を使うというなんとアンビバレントな企画。斜め上をゆく『モノマガ』編集長らしい発想だったので、新曲作りに切羽詰まっていたことも忘れ快諾。家に送られてきたCDは『40周年コンピレーション ザ・角川映画コレクション』。
ザ・角川映画スペシャル
5種類のヘッドフォンでそれぞれ1曲を聴いて音を検証するから同じ曲を5回聴かなければならない。その中で、薬師丸ひろ子の歌唱曲が「セーラー服と機関銃」「探偵物語」「メイン・テーマ」「Woman “W”の悲劇より」が4曲と、群を抜いて多く収録されていた。そうなるとあの吐息のような歌声を最低でも20回聴くことになる。聴き込むうちにだんだんと虜となり、原稿を書き終わった頃にはすっかりファンになってしまった。
そこで気づく。「セーラー服と機関銃」とピンク・フロイド「クレイジー・ダイヤモンド」って同じト短調ではないかと。であれば、二つを繋ぐことはできないか。フランケンシュタイン博士の外科手術のごとく繋ぎ合わせてデモ・テープがとりあえず完成する。仮タイトルは――「狂った薬師丸ひろ子」であればわかりやすい。
しかしイントロぐらいはヒネリを持たせようとこいうことで、『角川映画』収録のプログレ風インストゥルメンタル「野外ステージ(『Wの悲劇』より)」を参考にした。久石譲作曲の浮遊感のある和音感は、つまりそれである。結果的に『モノマガ』の仕事が作曲に結びついた。人生、何にヒントがあるかわからない。次は作詞である。コンセプトは……どうしようか。考えあぐねいでいた。
■ヒントは下田にあった
「狂った薬師丸ひろ子(仮)」が完成する4カ月ほど前の2016年10月4日、筆者の妹よりメールが届く。伊豆下田に行った際、三島由紀夫のサインの飾られた理髪店を発見したとの連絡だった。そこで三島は散髪をしていたというのである。
2017年3月、もしかしたらコンセプトを考えるのにぴったりの場所かもしれないと思い、作詞取材ということで下田に向かった。泊まったのは、三島と同じ下田東急ホテル――といいたいところだが、残念ながら改装中。
断崖上に聳え立つ下田東急ホテルと崖下の宿泊したホテル
妹に教えてもらった理髪店Aを訪ねる。散髪目的だったが、様々な貴重なお話を拝聴する。その中で、三島は下田を舞台にした唯一の小説があることを知った。それが『月澹荘綺譚』である。小説の舞台となった赤根島など舞台周辺を散策する。凄惨な殺人、大澤侯爵家の崩壊、グミの実とエロスと猟奇。情景がありありと目に浮かび、即座に歌詞にした。
「茜島」の元になった赤根島
2017年4月、「月澹荘綺譚」に“魂”が込められ、吉祥寺シルバーエレファントにて初演という運びとなった。
「月澹荘」が建っていたとされる海岸
■39歳、夏、下田に来た理由
2019年8月。筆者は実は今、この連載を下田のホテルの一室で書いている。
ホテルで執筆中
三島由紀夫は、39歳の時から死までの6年、毎年夏に家族を連れ3週間ほど下田に滞在していたそうだ。家族は妻と長女と長男。ちょうど筆者の家族構成と一緒ではないか。ならば、39歳の夏、三島の気持ちを体感するため同じことをしたい。家族とともに下田旅行を決行したのはそれが理由だった。つい先ほどまでA理髪店で散髪してきたばかりだ。
A氏に散髪してもらいながら談笑する
理容師A氏によると、三島は下田に訪れた際、下田東急ホテルに散髪をしたいと相談したところ、ホテルのボーイさんが紹介したのがA理髪店だったそうである。それから毎年下田に訪れるたびにここで散髪をしていた。
三島は下田東急ホテルの4室ほど借りていたそうだ。家族で過ごす部屋や、応接の部屋、執筆の部屋 (503号室)などがあったそうである。そこで最後の大作『豊饒の海』も書かれた。昼は子供と海水浴に興じ(もっとも本人はあまり海には入らなかったそうだが)、夜中は原稿書きに勤しむ毎日。おそらく編集者は応接室に呼ばれ、書きあがった原稿を渡されていたりしたのだろうと想像する。ちなみ三島はA氏に「夜中はジャリがうるさくてね」と原稿が進まないことを意味していたような発言をしていたという。「ジャリ」の意味はわからなかったらしいが、おそらく若者か何かを指していたのではないだろうか。
散髪後、石廊崎にて
今回筆者の泊まっているホテルは下田東急ホテルの503号室ではなく、全く違うホテルの108号室。借りているのも1室で、滞在も3週間ではなく3日間。到底、三島の足元にも及ばない。5階と1階で泊まっている地点の標高すらも足元以下だ。しかし、夜中起きていても「ジャリ」の気配はなく、寂寞を極めていることだけは唯一優っている状態だろうか。よって筆が進むはずなのだが……一向に終わらない。
朝日が見える。海水浴で泳ぎ疲れて深い眠りだった子供が起きる。
「パパ、来年もまた下田に来たい」
もちろん。三島の後を追うにはあと5回は来なければならない。
「パパが売れたら今度は3週間下田にいることにしよう」
「やったー! でも、パパは本を書いてないよね?」
鋭いツッコミ。本どころか、この連載の原稿すらまともに書けていない。
「たのむよー。お願いします!」
子供は時に無責任な発言をする。溜息が漏れる。来年の下田旅行のために粉骨砕身しなければならなくなった。
西伊豆、三島が『獣の戯れ』を執筆した宝来屋跡
■三島に白髪は?
散髪した翌日の朝、A理髪店より電話が入る。傘を置き忘れてしまっていたため、ご丁寧にそのことを知らせてくれたのだった。加えて、三島関連の資料をまとめたから取りに来てほしいとのこと。理髪店に向かう。傘を回収し、資料をいただきホテルに戻ろうとしたのだが、そういえば一つ聞きたいことがあった。最近筆者を悩ませる白髪についてである。近頃苦労が増えたためか、それともただの加齢か、こめかみあたりを中心に一気に白髪が増加した。普段黒いチューリップハットを被っているので、帽子のツバからはみ出る髪の色がゴマ塩状態、まるで老人のようだ。これで三島が実は白髪が目立っていたなどと聞けば少しは同じ地平に居られる気分になる気がする。
「三島先生って白髪はありました?」
「まったく!」
それを聞いて、また白髪が増えそうだ。
こちらからはお礼として「月澹荘綺譚」を収録した『武田家滅亡』をお渡しし、以上のような製作の経緯をお伝えしてアルバムの「特別御礼」の最初に、A理髪店の名前をクレジットさせていただいたのをお見せする。するとA氏は「ありがとうございます」と丁重に頭を下げた。何をおっしゃる、こちらこそ御礼をしなければならないのに。
「来年もまた来ます」と伝えた。3週間滞在は難しいかもしれない。しかし少なくとも来年も連載をしていることだろう。その時は『SPICE』編集部に原稿を下田まで直接取りに来てほしい。応接室は借りられないと思うけど。
『獣の戯れ』の舞台の黄金崎、文学碑にて
文=高木大地(金属恵比須)

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