国際演劇祭への大きな手応え──「第
0回豊岡演劇祭」観劇&観光レポート

演劇やダンスが本格的に学べる、日本初の国公立大学「国際観光芸術専門職大学(仮称)」設立や、自らの劇団「青年団」ごと拠点を移す平田オリザを始め、様々なアーティストたちの移住が相次いでいるという、兵庫県北部の豊岡市。今後演劇・ダンスの盛んな街として、注目度が上がること間違いなしなこの地で、2019年9月6~8日に「第0回豊岡演劇祭」が開催された。前述の平田オリザをフェスティバル・ディレクターに、来年から始まる予定の「豊岡国際演劇祭」の、その試運転的な意味合いで企画されたものだ。「青年団」「柿喰う客」の新作世界初演の確認と、来年度以降の視察も兼ねて、7日から1泊2日で豊岡まで行ってきた。
城崎温泉の玄関となるJR城崎温泉駅。 [撮影]吉永美和子
ちょうど「青春18きっぷ」が2回分余っていたので、大阪から鈍行で豊岡に向かった筆者。大阪から豊岡は鈍行だとほぼ3時間半、特急利用なら2時間半程度だ。ちなみに飛行機利用なら[大阪国際空港(伊丹空港)]乗継で[コウノトリ但馬空港]を目指すというルートがある。まずは豊岡市の中心・豊岡駅で下車し、今夜のホテルに荷物預かり。豊岡駅と、ここから2駅南下した江原駅(青年団の本拠地となる場所でもある)の周辺は、意外なほど手頃なビジネスホテルが多いので、特に一人旅派の人は重宝することになりそうだ。
再び電車に乗って、10分程度で城崎温泉駅に到着。ここから今回のメイン会場[城崎国際アートセンター]へは歩いて向かう。駅から会場までは徒歩20分程度と結構な距離だが、道中は川沿いに柳が揺れる風流な風景が楽しめる上に、足湯や飲泉場、地場産の食材を生かした様々なお店などがあり、ぶらぶら歩くのにはちょうどいい。今の時期は観光の閑散期ということで、以前冬場に訪れた時よりも、確かに街はのんびりとした印象だ。ただ通り沿いには、宣伝ポスターなどの演劇祭のムードを感じさせるものがあまり確認できず、一瞬「本当に今日開催だっけ?」と不安になるほどだった。
城崎温泉の中心を流れる大谿川。奥に見える黒い建物が[城崎国際アートセンター]。 [撮影]吉永美和子
「ホエイ」の山田百次一人芝居『或るめぐらの話』開演30分ほど前に、会場に到着。さすがにここまで来ると、演劇ファンらしき人たちが大勢集まっている。タイムテーブル的に、間もなく入場が始まるかと思いきや「(この前に上演されている)青年団の公演が遅れているので、開演が遅れます」と知らされた。どうやら青年団の開演時間が大幅に押したようだ。とはいえ会場内は、一休みできる椅子が多数設置されている上に、ロビーには地元カフェの日替わりの出店も出ていて、ストレスなく待つことができる工夫がされていた。
やがて開場が始まり、客席が満席になった所で、スタッフが「携帯電話をお切りください……」という開演前の前説を始める。が、それが終わらないうちに着物姿の男がヨロヨロと登場。すでに「めぐら」に転じた山田百次が舞台上の椅子に座ると、そのままシームレスに芝居の時間へと移った。
ホエイ『或るめぐらの話』 [撮影]三浦雨林
『或るめぐらの話』は、青森の詩人・高木恭造の長編詩を元に、メチルアルコール中毒で全盲となった男が、死を思うほどの絶望の淵から、生きる喜びを取り戻していく様を、ひとり語りの形式で見せていく。しかしこの語りが強烈な津軽弁で、聞き取るのも困難なだけでなく、聞き取れても「それどういう意味?」となる単語もあり、英語の字幕でその意味を理解する……というレベルだ。しかし魂と直結するような熱のこもった語りは、言葉の理解などゆうゆうと越えて、気迫だけでも観る者をグイグイ惹きつける。満場の拍手が送られたカーテンコールで、それまでの「めぐら」の時とは一転して、強い視線を投げる山田の表情が心に残った。
美術転換のための場内入れ替えタイムをはさんで、引き続き「うさぎストライプ」の菊池佳南一人芝居『ゴールデンバット』が上演された。こちらは地下アイドルの女性と、老いてなお歌手を夢見る女性の物語を、並列して見せていく。マネージャーが見かけた老女の路上ライブをヒントに「昭和歌謡アイドル」となった梅原純子。そのライブを見た当の老女・海原瑛子は、歌手を目指しながらも挫折の連続だった半生を振り返る……。10人近い人物を演じ分ける上に、歌を歌って観客とコール&レスポンスまでするなど、先ほどの『或る……』とは実に対照的な世界だ。一歩間違うとイタい感じになりそうな地下アイドルを、明るくもたくましい演技で愛すべきキャラに仕立て上げた、菊池の演技が実に印象的だった。
うさぎストライプ『ゴールデンバット』 [撮影]三浦雨林
[城崎国際アートセンター]での催しは、本日はこれで終了。19時には「柿喰う客」の公演が、ここから車で40分ほどの所にある出石町の芝居小屋[出石永楽館]で行われる。この交通機関として、地元のバス会社「全但バス」が、演劇祭の観客用の臨時バスを運行。予想より利用者が多く10数人ほど座れない観客が出たものの、途中の豊岡駅からバスを増設し、全員が座れるように配慮するなど、かなりの全面サポートぶりだ。バスは公演前後を中心に一日数本運行され、しかもリストバンドを持ってる観客は、期間内はすべて無料で利用できる。公共交通機関が限られてるこのエリアでの移動には、かなりの助けとなった。
18時半前には[出石永楽館]に到着。ここは1901年に開館した近畿最古の芝居小屋で、一時閉館していたものの、2008年に大改修を行った上で再オープンした。特に歌舞伎役者・片岡愛之助とは縁が深く、彼が座長を勤める「永楽館歌舞伎」が毎年開催(2019年は11/4~10)されている。大正時代の内装を復元したというだけあり、場内は本当にタイムスリップしたようなムードに満ちていて、その雰囲気だけで開演前からすっかり楽しめた。
[出石永楽館]外観(昼間に撮影)。 [撮影]吉永美和子
そして始まった柿喰う客『御披楽喜(おひらき)』は、世界的アーティストだった大学教授の元で、最後に学んだ13人の元学生たちによる群像劇。恩師の十三回忌で再会した彼らが、学生生活の記憶と卒業後の活動を語っていく中で「アートとは?」「アーティストとは?」を問うていく。平田オリザが提唱した、通称「静かな演劇」の完全に逆を行く、シュールかつハイテンションなやり取り。特に台詞のスピードは、観客が聞き取れるギリギリのラインを絶妙に狙ってきた感じで、観劇の集中力が暴力的なほど要求される。そして13人が交わす言葉のやり取りは会話というより、ほぼモノローグの形で互いのエゴや怨念をぶつけ合うという、何とも凄まじい世界だ。約60分とは思えない(というかこのテンションだと、役者が60分以上保たないかも)濃厚な舞台に、客席全体が圧倒されているのが伝わってきた。
柿喰う客『御披楽喜(おひらき)』は、現在東京の[本多劇場]で上演中(~9/23)。 [撮影]igaki photo studio
この日の終演後は、劇団主宰で作・演出の中屋敷法仁と、平田オリザのトークも開催された。中屋敷と平田は、中屋敷が「第49回全国高校演劇大会」で自らの脚本作品を上演した際、審査員だった平田が彼の将来性を見込んで、最優秀脚本賞受賞を強く推薦した……という縁があったそう。中屋敷は今回の芝居について「アーティストと観客のつながりが薄くなっていることへの皮肉を込めた」と語る。また平田に芝居小屋での上演の感想を聞かれて「歌舞伎的な感じもある、僕らの芝居と相性がいいのでは」とも答えていた。その平田は、観客から演劇の未来について問われ「演劇は昔から(状況は)厳しいけど、なくなることはない。今後“ここに来なければ観られない”というものが残っていくと思うので、豊岡国際演劇祭もそのようにしたい」と力強く答えて、この日の演劇祭は幕を閉じた。
出石町の中心部。中央にそびえるのが出石のシンボルの時計台「辰鼓楼」。 [撮影]吉永美和子
2日目の朝。この日筆者が観るのは、昼からの青年団1本のみなので、午前中は出石観光に当てることにした。ちなみに豊岡駅周辺も、[オーベルジュ豊岡1925]を始めとするレトロ建築が多いエリアなのだが、今回は立ち寄る余裕がなかった。少し後ろ髪を惹かれつつ、午前11時の柿喰う客公演用に出発する臨時バスに便乗して、出石に向かう。
出石の街は小さいながらも、「但馬の小京都」と称された城下町の面影を色濃く残す、隠れた人気観光地だ。幕末マニアであれば、「禁門の変」敗走後にこの地に潜伏した、桂小五郎(木戸孝允)にまつわる場所をめぐるのも一興だろう。しかし何と言っても出石で人気なのは、名物の「出石そば」。二~三口分ずつ小皿に盛り分けられたソバを、出汁だけでなくとろろや玉子などにもつけて楽しめる。また「そばかりんとう」なるものも結構見かけたが、これがカリッと甘さ控えめでなかなか美味なので、お土産にオススメだ。
出石に来たらぜひ食べておきたい「出石そば」。 [撮影]吉永美和子
青年団の開演時間に合わせた臨時バスに乗るためにバス停に向かうと、昨日の状況を読んだのか、かなり多めのバスが待機していた。とはいえ本日は関西からであれば、公共機関利用でも日帰りで全演目を観るのが可能な日だけあって、昨日を上回る観客が訪れた模様で、青年団の公演は結局10分近く押す結果となってしまった。
とはいえ青年団『東京ノート・インターナショナルバージョン』は、これをいち早く観るためだけでも、豊岡に来た甲斐があったと思えるほどの舞台だった。基本的な内容は『東京ノート』日本版にほとんど沿っているが、半分近い登場人物が日本人以外に置き換わっている。それによって、日本人とは異なる価値観が物語に広がりを与えたり、東京という一都市が世界と密接につながっていること、そして立場や国籍を越えて人を惹きつける芸術の力などの、本作がもともと内包していたテーマが、さらに際立って見えてくるようになっていた。

青年団『東京ノート・インターナショナルバージョン』 [撮影]igaki photo studio

その一方で観ていて戸惑ったのは、平田戯曲の特徴とも言える「同時多発会話」が、当然他言語で展開されていたことだ。外国語が入っても、日本語字幕付きだから大丈夫と思いきや、日本語の会話と日本語の字幕が同時だと──あくまでも筆者の場合だが、ついつい字幕の方に集中が注がれ、会話の方をちょいちょい聞き逃してしまう。日本語だけ、あるいは字幕だけの芝居とは違う脳みその使い方をせねばならないことに気が付き、そのチューニングに少し苦労させられた。
平田は本作の会見で「現在東京や大阪は、いろんな国の人が普通に歩いてるのに、日本の演劇だけは舞台上にほとんど日本人しかいない。そっちの方が異常だし、多国籍のお芝居が盛んになっていけばいい」という狙いで、今回のバージョンを発表したと言っていた。そういう意味では本作は、様々な国籍の人を一つの物語に登場させる可能性を大きく開いたというだけではなく、観客にとっても「多言語が飛び交う演劇の見方」という、演劇鑑賞の新しいルールの登場を告げることになった……と言えるかもしれない。
青年団『東京ノート・インターナショナルバージョン』 [撮影]igaki photo studio
青年団終演後、大阪に帰る最後の鈍行列車までには時間があったので「ここまで来て温泉に入らないなんてバカだろう」ということで、城崎名物の7つの外湯の一つ[一の湯]へ。7つの湯にはそれぞれご利益があり、[一の湯]は「合格祈願・交通安全、開運招福の湯」だそうだ。ここには洞窟のような露天風呂があり、比較的お湯がぬるめでのんびり浸かっていられるので、筆者としてはオススメの外湯。ちなみに地元では、どれか一つだけ選ぶとしたら、規模も大きくて趣もある[御所の湯]を薦めるとのことだが、今年の8月から浴槽の修復で休業となっている。来年の演劇祭までには、復活していることを祈りたい。
堂々たる外観も魅力の、城崎温泉7つの外湯の一つ[御所の湯]。 [撮影]吉永美和子
今回の演劇祭について平田に話を聞くと「第0回にしては予想以上に人が集まり、非常に成果があった」と、かなりの手応えを感じた模様。来年以降に関しては、今回の城崎と出石に加えて、前述の豊岡と江原エリアが会場に加わる予定だという。「次からは、青年団の劇場がある江原が演劇祭の中心になります。今回の会場となった城崎と出石は(演劇祭のエリアで)一番離れた所ですが、豊岡と江原が中間に入ることで、今回よりも会場間の移動はスムーズになるはず。いろんな演目から何を選び、どう回るかを考えるという、こういう演劇祭ならではの楽しみ方を味わえるはずです」と、来年以降の期待を語った。
さて実際に一観客として、今回の演劇祭に参加した正直な感想を聞かれると「予想以上に楽しい」ということだ。めったに行けない観光名所に、温泉や地元グルメも併せて楽しむというのは、都市部の演劇祭ではなかなか経験できない。また演目自体も、今回はたった4作品とはいえ、それぞれ表現方法もテーマも対極的で、日本の演劇シーンの広がりを少しでも感じさせるものになっていたと思われる。また臨時バス増設の柔軟さなど、豊岡市及び地元企業の全面協力ぶりの心強さも、随所で感じられた。
「第0回豊岡演劇祭」会見の時の平田オリザ。 [撮影]吉永美和子
来年度以降に課題があるとすれば、まず観客用の宿泊施設の確保だろうか。今回の規模でも、一人宿泊が可能で安価なホテルは早々に満室になっていたが、来年からはここに多数の参加アーティスト&スタッフも加わることになるわけだから、その争奪戦が今から不安といえば不安だ。とはいえ平田のことだから、海外のフェスのように期間限定の民泊を設けるなど、何らかの策を講じるとは思うが。また会場間の移動がどうしても臨時バス頼りで、キャパオーバーなほど観客が集中したことが、様々な演目の開演時間が押す大きな原因となっていた。ただこの点に関しては、今回も小規模ながら実施していたトヨタ(演劇祭のスポンサーでもある)の乗用車回遊サービスなど、小回りの効く移動手段を抜かりなく考えているようなので、来年からは改善が期待できそうだ。
となるともう一つの……そして何よりも気にかかるのが、本格始動となる来年の第一回には、どれだけのアーティストがそろうのかということだ。基本的にはフリンジ型なので、最終的にどのぐらいの規模になるかは、いかに多くのアーティストが自主的に参加を申し出るかにかかっている。特に最近の若手劇団は、地方公演に消極的な傾向にあるので、そこはなかなか読めない所だろう。とはいえ──ちょっと回し者のような口調になってしまうが、多彩なスタイルの劇場がそろっている上、夜は温泉を楽しめる場所が多く、しかも海外のフェスティバル・ディレクターの眼に止まる可能性が高いなど、参加するメリットは大きいように思える。もし少しでも興味があるなら、2020年9月中に開催予定の第一回目の演劇祭に、各アーティストにはぜひエントリーをオススメしたいところだ。そして来年はさらに盛り上がって、さらにワクワクした気持ちを抱えながら豊岡から帰れたらいいな、次は前から気になっている「玄武洞」に立ち寄る時間が取れたらいいなと、夜の鈍行列車の中で考えた。
城崎温泉のメイン通り。 [撮影]吉永美和子
取材・文=吉永美和子

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