「ポップスには種も仕掛けもある」 
マキタスポーツが語る“ヒット曲の法
則”

 同著では、過去のヒット曲たちに共通している楽曲の構造や歌詞などを分析し、彼独自の視点から言語化しているマキタ氏。今回は「印象批評」と「構造分析」をミックスさせた視点から、"ヒット曲の法則”をユーモラスに語っていただいた。
・なぜ、カノン進行は一発屋を生むのか?

――まずは同著で一番重要なキーワードでもある「カノン進行は一発屋を生む」という言葉について

マキタスポーツ(以下、マキタ):カノン進行は300年ほど前、バロック音楽の時代から存在するコード進行で、ヨハン・パッヘルベルという、バッハの師匠筋にあたる方が作ったものです。この「カノン進行」という言葉自体はもとからあったのですが、僕がこの本で「カノン進行は一発屋を生む」っていう強い言葉を使って言いたかったのは、「カノン進行を応用した曲はヒット曲の中に結構あるぞ」ということ。一発屋を生むという部分は、リップサービスとして考えてください(笑)。都市伝説ではないですが、そんな切り口で考えてみることも出来なくはないよという意味で、あえて文章上そう書きました。

カノン進行というのは、規則性があって、ベースラインが「ド・シ・ラ・ソ・ファ・ミ・レ」「ソ」を経過して「ド」に戻るというのを繰り返しているコード進行です。これを聴けば誰しもが心地いい気分になることを約束されるコード進行というもので、安心、安全、安定した音楽を作るための仕組みともいえます。

 もっとわかりやすくすると、例えば「ド」の音が家だとすると、どこかに遊びに行っても、必ず家である「ド」に戻ってくるということですね。寄り道をしたとしても、決まったコースを辿り、必ず家に戻る。聴き手もそれをわかって聴けるので、安心して聴ける曲になるルーティン的なコード進行で、「大逆循環コード」という呼び方もあります。

――この魔法のような要素が、ポップスのヒット曲にはたくさん入っていると。

マキタ:商用の音楽には、コード進行っていう面にのみ光を当ててやると、使われがちなコード進行というのが、他にもいくつか存在します。「ドラマティックマイナー」もそうですね。これは自分で勝手に名づけたものですが、「Am→F→G→C」という90年代以降のヒット曲で多用されたコード進行のことです。あと、この本にはないですが、「未練コード」という、日本人の情緒をくすぐられるようなコード進行もあります。

――マキタさんはこれらの曲に対し、同著内で「置きに行った」という表現をされてます。

マキタ:僕は、ポップスって「大いなる予定調和」的なものだと思うんです。すごく安心というか、安全というか、「範囲内からはみ出さない」ということが、不文律じゃないけどあるように思えて。で、ある程度自分で曲を作ったり、ポピュラーミュージックの中身を分析していくと、曲というのは、その範囲からはみ出さないように、骨子を作っていることがわかってきたんです。そこからはみ出して突飛なことをやってしまうと、多くの人がその曲を聴きたいという気持ちになりづらいから、範囲の中で作るんだと。つまり、そうしないと売れないからなんだと気づきました。

――マキタさんがそのような目線で楽曲を分析し始めたきっかけは?
マキタ:小さいころより、そういう聴き方をしていたからかもしれません。歌詞よりも曲、アレンジを聞いて、レコードのジャケットに書いてある作曲家や編曲者を覚えたりしていたんです。聴きながら、「作った人は、『ここの展開だったら、メジャーからマイナーに転調して、印象をガラっと変えたい』って意図があるのかな」とか考えていました。

 コードの響きに関しても、コードがわからない時代からも、なんとなく色味とかで考えていて。曲を聴いていて、なんとなく「色味が変わったな』って感じたりするんですよね。後から、コードがメジャーからマイナーに移行した時にそうなるんだと気づきました。

・音楽を服や物と同じ様に考えている

――歌詞は全く見ない?

マキタ:歌詞は最後に見る派なんですよ。興味がないわけではなくて、基本的に詞ではなく曲を聴くところから始まるというわけです。で、引っかかりのある言葉と、全体的な、コード進行とかの感じがピタっと合っていると思うような曲だと感じたときに、そこで初めて詞を見るんですよね。その詞が曲と連動したものになっていると、コード進行やコーラス、アレンジ面という総合評価的に「なんかすごい良い感じ」って思えます。

 自分はギターしか弾けないけど、弾いているときに「あ、なるほどな」って思うようなことは何度もありました。悲しいことをマイナー調で歌うよりも、明るいメジャー調のコード進行にして、メロディも明るめだけど、歌ってることが悲しい方が、なんかすごくいいなって思ったんです。そういう構造的なとらえ方を、おのずとしていたんでしょうね。

ーーあくまで興味から先に生まれたと。

マキタ:印象論って、分析する人からすると真っ先に嫌われるんですけど、僕は、最初の印象が一番大事だと思うんですよ。「何故この曲が自分にとってかっこいいのか?」って思った瞬間、最初にそのインパクトをキャッチした瞬間が重要ではないでしょうか。

ーー構造だけでなく、印象を分析するという面があるのですね。

マキタ:そうですね。「印象を分析する」というのを、僕は手立てとしてやっているのかもしれません。僕は、音楽を服や物と同じ様に考えていますし。

 ファッションで例えると、複数のアイテムを重ねてトータルコーディネートするように、音楽を全体的にスタイリングして作られているのがポップスなんじゃないかという考え方が、僕の中でもともとあったんですよね。

 例えば、ハードレザーのジャケットに対して、下はどういうものを合わせるのかと考えたとしますよね。インナーにアウター、パンツまでハードレザーにしてしまうと、それは特殊な人になってしまうじゃないですか。だから他のアイテム、要素を使わなくちゃいけない。これは日本のヒット曲でも同じことがいえます。前半は凄くハードな感じの曲調なのに、サビになると急にみんなが歌えるような、甘いメロディになるものが多い。L'Arc-en-Cielがその代表例だと思うのですが、その「甘辛感」みたいなバランスが日本人の耳にちょうどいいんじゃないかなと思ったんですよね。辛いまんまで行ってしまうと、3分の2くらいのリスナーは違和感を覚えてしまうと思うんです。より多くの人を楽しませようと思うと、甘辛感がある方が、多くの人を惹き付けやすいんじゃないかなと思うんですよね。

・ミュージシャン側の人たちに、警戒してもらいたい

――同じコード進行、同じメロディの構造と「パクリ」と概念の違いは?

マキタ:「パクリ」なのかどうかを普通の人が判断するのって、メロディと歌詞でしかないと思うんですよ。僕もカノン進行っていう言葉を知る前までは、「この、ベース音が1音ずつ下がっていくやつってみんな好きだな」って認識しているだけだったので、「みんな相当この音が好きなんだな」って思ってて。「売れている曲の多くには、なぜこの要素が使われているんだろう? これってパクリじゃないの?」って思ってたんですよ。

 そう思っていたら、当時、藤井フミヤさんがソロ活動を始めるというニュースがあったんです。ソロデビュー第一弾のシングル『TRUE LOVE』ですね。僕はこれを初めて聴いたとき、「やっぱり第一弾シングルはハズせなかったんだ」って思いました。甘い声とルックスを持っている人気者の彼が、「ベース音が1音ずつ下がっていくやつ」をやったらそりゃ売れるわと思いましたよ。

――その仕掛けを使って売れた瞬間を目の当たりにした。

マキタ:音楽には種も仕掛けもあるんだと気づいた瞬間でしたね。「ハーモナイズ」って言ったりもするんですけど、例えば普通の「C→F→G」っていう進行の間に、経過音的なベースラインを一個成分として出すだけで、聴こえ方が違って聞こえたりするんです。こういうところって、普通の人は気にしないんですが…… でも、コード進行を気にしながら聴くと、代理コードに置き換えるリハーモナイズっていう作業をそこにしてあるものだとしても、カノン進行はカノン進行なんですよ。そういうこととかはパクリだってみんな言わないんですよね。

 コード進行以外の部分で言うと、リズムとかもそう。これに関してはパクリだらけです。リズムパターンというものはある程度決まってますから。アフリカの民族音楽とか、菊地成孔さんがやってるポリリズムみたいな例外もありますが、これらは複雑なビートなのでポピュラーミュージックの中にはなかなか輸入されないです。基本的にはビートというのは、チャチャだろうがマンボだろうが、8ビートだろうが、パクリだらけですよね?でもそれに関しては何も問われない。問われるのはメロディ。特にメロディがちょっとでも似れば、「あれはパクリだ」というんですよね。

――そういう意味合いで「すべてのJ-POPはパクリである」というタイトルを付けた。

マキタ:ここまでお話してきたことから、世間一般では、部分的にしか音楽をキャッチしていないということがわかっていただけると思います。ポピュラーミュージックというのは、簡単にパクリって言ってくれるなよってくらい、色んな仕掛けが施してあって、ある種の官能性をちゃんと約束出来るだけのものを作り上げられているのではないでしょうか。僕はそこの部分を少しでも知ってもらえたら、音楽的にも楽しめるし、豊かじゃないかなって思ってるので、こういう本を出したんです。

――音楽をもう少し、より深く入って、もう一つ楽しめるための聴き方として提示していると?

マキタ:こういう、手品の種明かしのようなことをやることによって、リスナーには、ちょっと気付きを持ってもらえたら楽しいかもしれないし。あと、ミュージシャン側の人たちに、警戒してもらいたいというのもありますね。手品の種明かしが一つあったら、手品は出来るんです。マジックを掛けられるんですよ。 まぁ、このやり方を今後もずっとやっていくつもりはないですけどね。

――問題提議だという側面もあるわけですね。

マキタ:そう。いまはこれだけネットが普及しているんだし、曲を出せば、それをみんなが解体していくじゃないですか。この本を通じて、少しでも危機感みたいなものが伝わればいいなと思いますね。
(後半へ続く)

(取材・文=中村拓海)

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