恒例『八月納涼歌舞伎』開幕レポート
 玉三郎、幸四郎、猿之助、七之助、
中車、彌十郎、扇雀らが夏の歌舞伎座
を盛り上げる

東京・歌舞伎座で『八月納涼歌舞伎』が、8月9日(金)より27日(火)まで開催される。平成2年に、十八世中村勘三郎(当時勘九郎)、十世坂東三津五郎の働きかけで復活した『納涼歌舞伎』。より気軽に観られるように、と三部制が取り入れられ、異なる趣きと熱意に溢れた舞台が上演されている。第一部が午前11時、第二部が午後3時、第三部が午後6時30分に開演。各部の見どころをレポートする。
古典の名作が並ぶ第一部
一、「伽羅先代萩」御殿 床下
『伽羅先代萩』は、江戸時代におきた伊達騒動をモチーフに、設定を鎌倉時代や室町時代の頃に置き換えて創作されたもの。2歳で家督を継いだ鶴千代は、御家のっとりを企む一派から命を狙われることとなる。
鶴千代(長三郎)を守る立場にあるのが、乳人政岡(七之助)と政岡の息子の千松(勘太郎)。3人は広い御殿の奥で身を寄せ暮らしている。食事には毒が盛られている可能性があり、手を付けられない。そこで政岡は、自分たちの食べるものは、自分で用意する。
御殿の中にいながら、限られたお米しかないため、鶴千代も千松も満足に食事ができていない。空腹を抱えながらも、政岡に褒められたいがため「小さくても侍」と強がり、ひもじさに耐える。
前半の見どころは「飯炊き(ままたき)」。政岡は、台所の代わりに茶道の道具を用いて、お茶を点てる時の作法で米を炊く。柄杓で湯を汲んだり、茶筅で米を研いだりする。作法と演技、両方に意識を配らなくてはならない難しい場面だ。
米が炊けるまでの間、観客は3人の置かれた状況や命を狙われているという緊張感、鶴千代と千松の健気さ、かわいらしさ、政岡と千松の忠義心と親子の情愛を共有する。
物語が大きく動き出すのが、栄御前(扇雀)の来訪だ。八汐(幸四郎)と沖の井(児太郎)も登場する。栄御前は鶴千代に手土産として毒入りのお菓子を差し出すのだが……。
『伽羅先代萩』前列左から、八汐=松本幸四郎、一子千松=中村勘太郎、後列左から、乳人政岡=中村七之助、鶴千代=中村長三郎、栄御前=中村扇雀 提供 松竹(株)
長三郎は、幼君鶴千代を伸びやかな声で演じ、勘太郎は、あくまで鶴千代に仕える立場であることを、一つひとつの動きの中で示す。七之助は、坂東玉三郎の指導を受け、初役で政岡を勤める。幼君の命を守るためならば、息子が目の前で嬲り殺されても表情一つ変えない強い忠義心を持ちつつ、それだけではない愛情深さが随所に溢れていた。
当時の主従関係の感覚が身近ではない現在、観る人によっては、政岡を「自分の子を身替りにさせるひどい母」と感じることもあるかもしれない。しかし、七之助の政岡は、そんな人をも「当時はそうするしかなかったのかも」と思わせる説得力を感じられた。
劇中で悪役として爪痕を残すのが、仁木弾正と妹の八汐。御家のっとり派の二役を幸四郎が勤める。仁木弾正は、五代目松本幸四郎が生み出した歌舞伎の中でも有名な悪役。当代幸四郎は『伊達の十役』やフィギュアスケートとのコラボ公演『氷艶-破沙羅-』で弾正を演じることはあったが、本作では初役となる。
八汐は第一声から、禍々しさが滲み出ていた。荒獅子男之助(巳之助)の活躍で本性を現すのが妖術使いの仁木弾正。花道のスッポンから登場すると大きな拍手が起きたが、弾正の妖しい雰囲気に制され、まもなく観客は静まりかえった。弾正の一挙手一投足に注目が集まり、引っ込むまでの間「高麗屋!」の大向うが劇場内に響き、万雷の拍手が贈られた。
二、闇梅百物語
百物語は、怪談話をする会のこと。100の行燈を灯し、100の怪談話をし、1話終わるごとに火を1つ消す。100の灯りを消して真っ暗になった時、妖怪が現れると伝えられていたことから、99話で終えるのが習わし。江戸時代には武家を中心にブームとなり、葛飾北斎も『百物語』というシリーズの浮世絵を残している。
『闇梅百物語』は、ある大名屋敷での百物語から始まる。怖いもの見たさで100本目の行燈を消すことになり、その役を押し付けられたのが小姓白梅(新悟)だった。100本目の火を消し、暗闇が訪れると……。
『闇梅百物語』左から、河童=中村種之助、傘一本足=中村歌昇、狸=坂東彌十郎 提供 松竹(株)
シーンはめくるめく転換し、場面ごとに個性豊かな妖怪たちが登場する。大きな体の狸(彌十郎)と躍動感ある河童(種之助)が、一本足でも自在に踊る傘一本足(歌昇)を行司に相撲をとってみせたかと思えば、続く雪景色の中では雪女郎(扇雀)が外八文字を取り入れた舞踊で、廓での苦楽を新造(虎之介)に語って聞かせ、劇場を幻想的な雰囲気で包む。さらに骸骨(幸四郎)が枯野原でトリッキーな踊りをみせ、鮮やかな場面転換で、読売(幸四郎)と籬姫(鶴松)らが集う花盛りの庭へ。読売はかっぽれ(人ならざるもののアレンジver.)をご機嫌に踊る。そこへ裃姿の大内義弘(彌十郎)が颯爽と現れて……。
『闇梅百物語』左から、新造=中村虎之介、雪女郎=中村扇雀 提供 松竹(株)
『闇梅百物語』左から、読売=松本幸四郎、籬姫=中村鶴松 提供 松竹(株)
長唄と浄瑠璃がメリハリを生み、華やかに盛り上げ、妖怪のキャラクターをまといながらユーモラスな舞踊が披露される。あっというまの60分だった。
YJKT珍道中の第4弾!
本作は市川猿之助と松本幸四郎が『東海道中膝栗毛』の弥次さん喜多さんを勤めるシリーズ。大胆にアレンジされた珍道中を、4年連続で納涼歌舞伎で上演している。今作がその第4弾だ。市川染五郎と市川團子の共演と成長も注目ポイント。
弥次喜多の2人は、借金の取り立てから逃げ長屋を飛び出し、成り行きから伊勢を目指すことになる。道中では個性的な面々を仲間に加えていくのだが……。
『東海道中膝栗毛』左から、雲助團市=市川團子、弥次郎兵衛=松本幸四郎、喜多八=市川猿之助、雲助染松=市川染五郎 提供 松竹(株)
※一部ネタバレを含みます。ご注意ください。
中車は今年も、カマキリにちなんだ役名で登場。安定した演技で笑いをさらっていた。猿之助と幸四郎は早替りで、弥次喜多とは別に重要な役も勤める。息のあった掛け合いで、楽屋落ちのネタも時事ネタもこれでもかというほど放り込む。
冒頭は、過去3回の弥次喜多を振り返るダイジェストムービー(BGMはパッヘルベルの「カノン」)。開幕直後から客席を笑わせ、ラストまで途切れることなくネタが続く。真面目なお芝居が始まったかと思えば、別の狂言のパロディであったり、舞台上手で何かが起こっていたりと油断ならない。劇中の人物が歌舞伎のルールに配慮して、メタ的な行動や発言をしたり、渡り台詞がごちゃついたり、花道をキャストが全力疾走したりと、笑いの種類も様々だ。
『東海道中膝栗毛』左から喜多八=市川猿之助、弥次郎兵衛=松本幸四郎 提供 松竹(株)
今年の特色は、パロディの多さだろう。鈴ヶ森のセットに白浪五人男のセリフ、名作世話物のミックスなど、有名どころが分かれば楽しめ、一つも知らなくても十分に面白い。
幸四郎、猿之助を筆頭に、令和の歌舞伎界をけん引していくであろうメンバーたちが、演じどころはきっちりと、ふざけるところは(あくまでも芝居として)徹底的にふざける。その潔さとエネルギーに押し切られ笑いっぱなしの第2部だった。
納涼歌舞伎初登場の玉三郎が『雪之丞変化』を
第三部『新版雪之丞変化』は、三上於菟吉の小説「雪之丞変化」を原作にしたもの。納涼歌舞伎初出演となる玉三郎は、女方役者・中村雪之丞を演じる。七之助は、雪之丞と同じ一座の役者・秋空星三郎を演じ、中車は師匠の中村菊之丞、盗賊闇太郎他、合計5役を演じる。
雪之丞は、子どもの頃に長崎で、あるつらい経験をしている。父が陰謀に巻き込まれ命を失い、母もその後を追うように他界したのだ。雪之丞は復讐の思いを胸に秘めながら役者となり、剣術の腕も磨くようになるのだった……。
『新版雪之丞変化』左から、中村雪之丞=坂東玉三郎、孤軒老師=市川中車 提供 松竹(株)
冒頭では「まさかこれを?!」という作品の、劇中劇が繰り広げられる。映像による演出が取り入れられ、予想の斜め上をいく手法に驚かされた。たとえばある場面では、カメラがリアルタイムで役者の表情を舞台いっぱいの巨大スクリーンに映し出す。手持ちカメラだからこその臨場感が、観るものを不思議な感覚に包む。
玉三郎、七之助、中車と、狂言回しの立ち位置となる鈴虫(尾上音之助と坂東やゑ六。Wキャスト)の4人だけにフォーカスが定まるよう、工夫も凝らされているので、4人の演技力なしには成立しない作品だ。多くの要素を排した分だけ、満点の星空や、ラストの「元禄花見踊」の華やかさ、そして台詞の一つひとつが強く印象に残る。
劇中では、玉三郎の過去の作品の映像が流されるほか、贅沢にも名作舞踊の一部が実際に披露された。現在の女方の最高位、人間国宝の坂東玉三郎の『新版雪之丞変化』は、アバンギャルドな格好良さを感じ、役者が演じる意味を問いかけるような時間だった。
『新版雪之丞変化』中村雪之丞=坂東玉三郎 提供 松竹(株)
伝統の中で研鑽されてきた絵面の見得、夢の中のような、あるいは夏祭りのような賑やかな風景、見たことのないような幻想的な星空など、いずれの部でも、この夏の忘れられない景色に出会えるはず。『八月納涼歌舞伎』は27日(火)まで、歌舞伎座で上演。
取材・文=塚田 史香 舞台写真=提供 松竹(株)無断転載禁止 

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