【ライブレポート】上野耕平サクソフ
ォン・リサイタル~詩うサクソフォン

全国的な梅雨入りが発表された2019年6月7日(金)浜離宮朝日ホールにて、クラシック音楽界の新時代を担う若手サクソフォン奏者、上野耕平のサクソフォン・リサイタル~詩うサクソフォン~が開催された。ピアノは山中惇史。プログラムは次の通り。
01 シューマン:3つのロマンス 作品 94
02 デュクリュック:ソナタ 嬰ハ調
03 マルタン:バラード
04 フランク:ヴァイオリンソナタ イ長調
つややかに響くサクソフォンの<詩声~うたごえ~>
「上野耕平のサックス道」シリーズの vol.4となる今回は、シューマンの「3つのロマンス 作品94」から始まった。この作品は元々、オーボエとピアノのために書かれたものである。ロマン派らしいクラシカルな構成で、クラシックビギナーにも馴染みやすく人気の楽曲。ソプラノサックスを携えて登場した上野耕平に期待が高まる中、ベーゼンドルファーの柔らかなピアノのタッチと、繊細なソプラノサックスの音色が、物悲しい第1楽章を歌い上げる。リサイタルタイトルに「詩うサクソフォン」とある通り、声なき歌声をサクソフォンという楽器にのせて、存分に表現するための選曲となっていることに気がつく。ロマン派の代表作ともいえる本作で、器楽で表現することの新たな可能性を感じさせる、情感豊かなトップバッターだ。
続いてアルトサックスに持ち替え、デュクリュックのソナタ。サクソフォン奏者にとっては演奏会はもちろんのこと、実技課題としても頻繁に取り上げられる楽曲である。プログラムをよく見ると「ソナタ 嬰ハ調」となっており、「嬰ハ短調」ではないことがわかる。英語表記でもIn C Sharpであり、minorとかmajorという記述がされていない。この表記があえて調性を曖昧にする意図なのかは不明だが、ミステリアスなピアノのイントロから始まり、アルトサックスが無調性を醸し出しながら無尽蔵に音階を駆け抜けていく。寄せては返す波のようなピアノとの掛け合いは、どこかドビュッシーを彷彿とさせる。ちなみにデュクリュック1896-1954、ドビュッシー1862-1918と、生誕歴も近い。20世紀後半においての楽曲は、機能和声を否定したドビュッシーや独自の路線を歩んだスクリャービンなど、調性が曖昧なことが特徴でもある。演奏ではアルトサックス特有のスモーキーな低音域、そして静かに静かに減衰していくディミヌエンドに、「音の処理」への並々ならぬ集中力を感じる。第3楽章のFileuse(=ミシン/糸紡ぎ)では高速6連符も圧巻ながら、ブレス間隔(ブレスから次のブレスまでの間)の長さも驚異的だ。
休憩を挟んでマルタンのバラード。マルタンはシェーンベルクの十二音技法を独自に発展させたとされるが、無調性を奨励していたわけではない。洗練された和声を持つ、フランス独特のスタイルの範囲内での音列技法が特徴だ。その点、前半のデュクリュックに比べると、聴き入りやすい楽曲である。演奏では一定の音圧を保ったロングトーンも印象的だった。終盤では「アルトサックスの音域はこんなにも広かったのだろうか?」と驚愕し、「ひとつの音をcrescendo→decrescendoで極限まで彩ることができる」という事実を目の当たりにした。
ラストはフランクのヴァイオリンソナタ。幾つかの動機(モチーフ)を元にして楽曲を構成する「循環形式」のソナタ作品である。第4楽章ではまるでピアノとサクソフォンが会話しているかのような、カノン風の掛け合いが特徴だ。ここでも流れるような、それでいて一粒一粒がはっきりと聞き取れる高速パッセージと、驚異的なブレス間隔に圧倒される。
ロマン派に始まり、中盤では20世紀独特の瀟洒な雰囲気を醸し出す楽曲がリサイタルを彩り、ラストはロマン派で終了したプログラム。人間の体とサクソフォンが一体となり、「サクソフォンの詩」を堪能した一夜となった。最後のMCタイムでの「今日は曲の世界に浸かっていただきたかったので、僕のコンサートにしては珍しく、途中で喋りませんでした(笑)」という言葉通り、終始息をもつかせぬ展開、目が離せない演奏で魅了。アンコールでは伴奏者山中惇史作曲の「うたをうたうとき」を含む2曲を披露。プログラムで華々しくラストを飾った後の、アンコールでの穏やかに染み入る優しい曲調により、これから帰路へ着く聴衆をヒーリングに導くかのような雰囲気に会場は包まれた。
取材・文=Junko E.  写真撮影=山本れお

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